« 仏か基か | トップページ | 小泉劇場さらば »

2006年9月11日 (月)

26聖人

長崎で、キリシタン26人が処刑されたという秀吉時代の史実があります。

26人は、のち聖人にされました。どういう人たちであったのか。16人がフランシスコ会系(司祭・修道士・同宿)の人たちであって、イエズス会系(修道士)は3人に過ぎません。その他、7人はどうかというと、4人は何かの形でフランシスコ会との関係があります。

ということは、キリシタン弾圧といっても、実態は、フランシスコ会に対する弾圧であったように思います。

戦時中、日本キリスト教団の中の旧ホーリネス系教会が弾圧されました。しかし、それで、日本キリスト教団全体が弾圧されたわけではありません。同じような構図が、26人に対する弾圧・処刑にもあったのかも知れません。

日本のプロテスタントは、どちらかと言うと、イエズス会よりも、フランシスコ会に親近感を持っているのではないでしょうか。イエズス会は、対抗宗教改革の旗手であったわけで、歴史的にはプロテスタントとは対立・抗争関係にあったでしょうから。

26聖人の多くがフランシスコ会系であったという事実は、フランシスコと同会への親近感と、どうつながるのでしょうか。その親近感は、日本におけるフランシスコの弟子たちの殉教に、どう向き合えばいいのでしょうか。

キリシタン宣教史は、ザビエルとイエズス会だけが担ってきたのではなくて、26聖人殉教という形で、フランシスコ会も、深く関わっています。しかし、今、日本のフランシスコ会は、こういう重い歴史を、どう受け止めているのか、私は知りません。

|

« 仏か基か | トップページ | 小泉劇場さらば »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104898/11854288

この記事へのトラックバック一覧です: 26聖人:

« 仏か基か | トップページ | 小泉劇場さらば »