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2006年9月11日 (月)

天正遣欧使節

4人の天正遣欧使節については、教科書で習った。西洋を見た最初の日本人たちだった。それは、日本人側からの視点である。西洋人たちにとっては、初めて見た日本人であった。少年たちは西洋人たちに、どう映ったのか、それは余り知らされていない。少年たちが知ることは、同時に知らせることでもあった。

もう一つ、少年たちが日本に帰国して、どういう人生を送ったか、それも知らない。ただ、その一人が殉教したことは知られている。しかし、他の3人は、どうしたのだろうか。棄教した人もいる。しかし、殉教か棄教かの選択を迫られて、棄教した人たちを、われわれは責めることができるだろうか。

今、『旅する長崎学』という冊子が長崎県の企画、長崎文献社の制作で発行されている。副題は「キリシタン文化」で現在3冊出ている。その第一巻で、稲富裕和・大村市教育委員会学芸員は、こう言っている。

「キリスト教の禁教と鎖国は文明の衝突を避ける知恵だったかもしれない。すでに400年の時が流れた。そろそろ時の番人も許してくれるだろう。真実を求める旅に出ることを」

キリシタン史は今を生きるわれわれに何を語っているのか、その光と陰のすべてを解明する時が来ていると、私も思う。

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