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2006年9月29日 (金)

背後の武力

フスタ船 鎖国の因を 思う時
 背後の武力 ない時はない

フスタ船という言葉が日本史に初めて登場するのは、1587年(天正15年)、秀吉の九州征伐の時です。イエズス会のコエリヨ神父がフスタ船で博多を訪れた際、秀吉は大砲の威力に驚いて宣教師の追放を命じたのです。これがそもそものきっかけで、その後、1596年(慶長元年)にサン・フェリペ号事件が起きます。そこに宣教師がいたため、宣教師追放令に違反したものになりました。こうして26人の処刑となりました。

キリシタンの宣教が失敗したのは、もちろん、宣教活動と背後の武力が露骨に結びついていた、あるいは、そんな失言があったためでした。その意味では、鎖国も、当時としては仕方なかったかな、と思います。

しかし、異なる文明が衝突する時、武力がちらつくのは、ペリーの時もそうでしたし、マッカーサーの時は、もっと激烈でした。

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