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2006年9月 8日 (金)

中世研究の原点

中世の発見
 一冊の古ぼけた小冊子を、上智大学中央図書館の片隅で見つけた。表題は「神學及中古哲學研究の必要」とあり、1910年(明治43年)2月に教学研鑽和仏協会(ドルワール・ド・レゼー神父の主宰)から発行されたものである。内容は、教学研鑽和仏協会の依頼を受けて、1909年(明治42年)、ラファエル・フォン・ケーベルが、その年の冬季に、東京帝国大学の学生たちに講義する中古(中世)哲学史についての自身の見解を述べたものである。この年は、ケーベル61歳であり、彼がカトリックになってから10年の歳月が経っていた。小冊子(宗教的な教えを述べたもので、トラクトと言われる)の翻訳は山口鹿三、野口英世にフランス語を初めて教えた人であった。
 この小冊子が日本における中世哲学研究の原点というのである。その伝統はカトリック側では岩下壮一神父によって受け継がれ、その後、吉満義彦らが続いた。また、プロテスタント側では石原謙が中世哲学への関心を抱いていたが、ケーベルに最も期待されていた波多野精一は、その領域に深入りすることを弟子には避けさせた。しかし、「近代の超克」が、今もなお課題とすれば、中世再考も、その可能性の一つであろうし、この学問の伝統は大切と思う。
 世界に目を向ければ、この学統の中には、吉満の師匠であるジャック・マリタンや、中世哲学史の碩学、エチエンヌ・ジルソン、そして英国の歴史家、クリストファー・ドーソンらがいる。この人たちは日本でもよく知られたカトリックの著名な知識人なのだが、今でもなお魅力を失っていない。
 ジルソンの『中世哲学の精神』(上・下、筑摩書房)などは、何度読み返しても、新たな発見の喜びを与えてくれる。彼らの紹介する西洋というものは、教科書的な、一般の歴史とは違った響きを持っている。学校ではルネッサンスと宗教改革によって開かれた近世というものに光が当てられて、中世は「暗黒」の時代で、批判・克服の対象のように教えられてきたが、先人たちの努力により、このような歴史観も克服されてきたと言えよう。哲学を専攻したマリタンやジルソンは中世の神髄に迫ろうとした。その成果は、理性と信仰の関係を考察するように導かれた魂には、どんな時にでも古くなることはない。
 昭和40年代の初めに、第二バチカン公会議があり、カトリック教会の姿勢ががらりと変わった。中世至上主義は捨てられ、かわりに初代教会への関心が高まり、カトリック教会の中で聖書が注目され、聖書研究がプロテスタントをも超えるかの勢いを見せるようになった。エキュメニズムの名のもとに聖書の共同訳も試みられた。かつてのような中世至上主義は姿を消した。
 しかし、問題はないのか。第二バチカン公会議のあとの教会一致運動(エキュメニズム)は、中世を避けて、カトリックとプロテスタントが共有している聖書と初代教会に帰ろうとしているようだが、それは対話の手段としての選択なのではないのか。もちろん、対話できない所から対話できる所への前進は認められるべきだろう。
 日本ではエキュメニズムに関する深刻な神学的対話は始まりそうにないが、世界では対話が進んでいる。対話の場として、初代教会への回帰が言われても、古カトリック教会であれば、そこには中世の教会の論理が見えている。あるいは、この古カトリック教会以前に帰るというのであれば、そこでは、もう一度、ヘレニズム文化との出会いと葛藤を経験しなければならなくなるであろう。日本にはヘレニズムはないと言っても、その言葉で、何か人類に普遍的なことが含意されていたのであり、その普遍性において日本も関係せざるを得ない。そして、古カトリック教会形成の是非が論じられ、それを前提とする道がカトリックでは当然の如くにして選択され、プロテスタントでは、その時に新たな決断を迫られるのではないであろうか。
 ヨーロッパ中世の意義はなくならないのではないかと思う。平成8年には、印具徹氏が『カトリックとプロテスタントとの思想的母体』(日本キリスト教団出版局)を書いて、カトリックとプロテスタントが西洋中世のスコラ思想を共有できることを指摘した。カトリックの信仰・思想について、昔は神父から教えられたが、今ではプロテスタントの学者から教えられるのだ。しかし、この書物はプロテスタントに向けたメッセージで、その関心をルター、カルヴァンを遡って中世スコラ思想に向けた。新たな視点の提示という意味では画期的であると同時に、議論を呼ぶのではないかと思われた。
 いずれにしても、キリスト教は、それ以外の宗教思想と無関係には長くおれないし、折衝が始まるのは時の問題なのである。この両者の折衝の中に、中世思想の意義というものは不変なるものとしてあり続けるのである。それは言葉を変えて言うならば、信仰と理性の関係であり、それは人類史の中では常にある課題、従って、今の日本の課題でもあるのだ。
 こうして中世思想の重要性が分かれば、日本における中世思想研究の歴史に関心が向くのも当然である。その時に、ケーベルの「神學及中古哲學研究の必要」が注目される。今では誰も見向きもしないであろう、この小冊子に注目することは、中世思想のもつ世界的意義を思う時、一つの見識ではないであろうか。

『神學及中古哲學研究の必要』を読む
『神學及中古哲學研究の必要』の内容を紹介したい(以下、引用個所は現代かなづかいに変更し、用語も分かりやすくした)。
 まず、ケーベルは冒頭、「神学」の定義を行う。それは「最も広い意味に用いたもので、実は理論的実際的基督教全体及び旧新両約全書の聖史を指す。これ一語で言い表すべき適当の語がないからである」と言っている。今で言えば、組織神学、実践神学そして教会史を指しているのであろう。
 本文は第一篇で「神学研究」、第二篇で「中世哲学研究」の必要が説かれている。
 まず「中古哲学は日本帝国大学に於ては従来全く閑却せられたりしが今日もなお閑却せられつつあるなり」という。これまでの講義の時間が少なかったことを省みて、それは、自分がこの時代の哲学を重要視せず、また興味がないためではなく、自分にとっては、最も大切で、興味のある問題であった、という。では、なぜ講義時間が少なかったのか。その理由を次のように述べている。
 一つは学生が、この問題を嫌っているので、いやなものを研究はしないであろうし、また教師としても、そんな学生の影響を受けるというもの。
 二つ目は、大部分の学生が基督教の初歩も全く知らないので、徹頭徹尾、基督教に関係している中世哲学は、その全体がなければ不可解であろうというものである。
 しかし、学生の間に、次第に、そのような傾向も少なくなって、講義を聞くのも嫌ではなくなりつつあると思う、というのである。
 そして、ケーベルは、講義の目的を、学生たちが、次第に神学と中世哲学とに対する、これまでの先入観による偏見を全く脱却することに貢献したいという。その方法として、ケーベルは、「間接の方法」を最良と考えている。その方法とは、基督教神学の知識は、すべての教育ある人々、基督教信者であろうとなかろうと、歴史、哲学、文学あるいは芸術の研究をしようとする人々にとっては必要不可欠であることを示すことにある、という。それは神学の知識のない者は、基督教国(基督教時代)の広大な文物を理解することができないから、である。「諸君の熟知せらるる如く過去二千年間の欧州文明の全体はその微細なる点に至るまで悉く基督教にその基礎を有することは歴史上明確なる真理なり」。
 このような観点は、講義のあり方にも現れることとなる。それは、講義が、しばしば本題から離れて、他の学問の領域に入ることを説明する。それは学問の有機的に一体性の指摘であり、特に「心意の学問」と呼ぶところのものにおいて、あてはまるとしている。「各個の学問は他のすべての学問によって支持せられて従って直接間接にこれに関係し相総合して一体、一機関を構成するために、その一部分、一支体を切断すれば全体に傷害を及ぼすことを免れないからである」。そして、神学こそ、この真理を明白に表明しているという。「神学は一方に於いては哲学と詩文学(例えば聖会が用いる古代の外教から採用した標号=象徴、シンボル=のようなもの)、及び数千年来の宗教、文物、教化及び歴史の全発展の総計であり、結果である。また神学は他の一方に置いては新文化、人類歴史の新時紀の揺籃であり、新学問、新哲学、新芸術、新文学の源泉である」。
 従って、この事実こそが、神学研究の興味を喚起して、それが、ただ基督教徒と宗教家にのみ必要という謬見の打破に十分だと言っている。
 ケーベルは、カンタベリーのアンセルムスにならって、信仰するところのものを理解する義務に同意しつつも、神学なくしても立派な信仰者のいることを指摘して、「神学は信仰の母ではなくて、むしろその反対に信仰が神学の母である」と言う。
 しかし、ケーベルは、宗教家として神学を説くのではなくて、哲学、文学、歴史、芸術の研究者として講義する、それは神学研究は、世俗の学問と芸術を一層よく理解し、一層よく、これを玩味するためという。そして神学は、ローマ公教会(カトリック教会)が教えるままに神学を研究するとしている。
 この神学研究にあたって、なぜローマ公教会を推薦するのかについて、ケーベルは次のような指摘をしている。
 それは自分が、その教会の信者だからではなくて、天主公教は基督教の純正な形式であるから、基督教の模範であり、根幹であるから、という。これに反して、新教及びギリシャ教(正教会)のような異端及び離教はすべて、その枝葉だから、という。しかも、そのあるものは不具不完全で、そのすべてはことごとく変質している、この変質したものについて、変質させられたもの、純正なものを研究するのは正当ではない、仮にこれを研究しても、これを理解することはできない、それは、河川の本流を離れて成形した濁った池沼を見ても、その河流の観念、その河水の色、性質及び純粋なものの観念を得ることができないようなものだ、という。これに加えて、変質させられたもの、すなわち純正なものの知識がなければ、それらの変質したものも明らかに正しく了解できないからである。仮に、それらの変質したものが原始の教えよりも一層純潔に基督教を代表したとしても、そうなのだ、と指摘する。
 また中世の哲学は神学の肩によって立っていることは我々の既に知っていることであり、中世哲学の最大の代表者は、神学上の信条を科学的に、論理的に証明したものである。それだけでなく、この歴史的基督教の教義に通じないのであれば、近代哲学の研究においても挫折するであろう。
 文学と芸術においても、基督教の神学に通じないのであれば、十分にこれを解し、これを味わうことができない。そこで、例としてダンテ、シラー、ゲーテの場合を挙げている。また音楽における基督教の影響も説明している。
 これら第一篇全体で言われていることは、西洋文明を理解するにはキリスト教理解が不可欠であるということである。
 次に第二篇においては、特に思想問題が取り上げられ、中世哲学研究の必要が説かれている。またキリスト教の受容問題も触れているが、教学研鑽和仏協会の注などを読むと、第二バチカン公会議の精神に符号する点も少なくない。
 中世については、暗黒時代、知的停滞の時代、僧侶の束縛に人類が屈服した時代と言われていて、これらが絶無とは言いがたいが、これらのことの他に、中世の歴史はまた多大の光明赫々たる点を有している。哲学及び宗教上の大人物を出したことを忘却しているか、または知らない。中世にも人類はほとんど間断なく、知的自由と光明とに向かって一般に進歩しつつあった。
 ケーベルは中世に近世の萌芽があり、二つは断絶したものでないことを言う。「私は、人がもし、中世の文明、歴史及び哲学をよく知得するなら、近代のものを尊重する、しかも往々にして過度にこれを尊重する弊害を根本的に矯正できることを確信する」。 そして、ギリシャ哲学とキリスト教との関係については、「我々はギリシャ哲学なくしては全くキリスト教を理解することができない。もちろん、そうは言っても、イエス彼自身の人物と教訓を理解できないというのではなく、イエスの後に研究されてヤソ教と関係するに至って、また次第に発展して第13世紀に至って完全な形体を具えた教義、宗教上の組織を理解できないというのである」。
 この部分には注があり、こう言っている。「イエスの後に研究されたということで、信者自らがキリスト教を組織したというように理解すれば大きな誤謬である。キリストの教訓がキリスト信者を作ったのであり、彼らはその教訓を真正の基準として継承したのだ。彼らはキリストの聖言を基礎として哲学者らの説の真偽を判定した。かの哲学者などの説の中で、東洋諸国やギリシャ、ローマに広まった説の中に含まれた真理は捨てる理由がない。これを自然に知得した真理として採用したのである。キリスト教の学者たちは、これらの哲学者たちの説いた真理とキリスト教の真理とを一致させて、キリスト教的哲学、神学という広大な事業を論理的に建設したのだ。それを知りたければ、トマス・アクィナスの神学大全を見よ」
 またケーベルは改宗による異文化の宗教内混入に触れるが、そこにも注がある。「この世には、謬説のみで満たされている宗教はない。いかに不完全の宗教であっても、多少の真と善を含んでいる。だから、人がキリスト教を信じるときも、先に信じた宗教の捨てるところは、その宗教の偽と悪の点のみである。その宗教の善良な道徳部分は採用すべきだ。またその国の不良でない習慣を採用してもよい、これまで行ってきた善徳はこれを行ってもよい。要は、その動機が違うだけ。これまでの信仰心はよいといっても、その信仰の標的が違う。信仰の形状は同一でも、信仰の内容が違う。換言すれば、信ずるところの神が同じではない」
 この第二篇ではケーベルは、ギリシャ思想の宗教的性質を指摘して、キリスト教につなぐ。そこでは当然、ケーベルのキリスト教理解が語られているが、注が多く付されている。特に、「イエス自らは我がキリスト教の信条を、そのようなものとは定めなかった。信条というものは、その後、キリスト教会の内で信徒の間に次第に発展したものである」というところでは、「その教えのすべての信条はキリスト及びその使徒たちの教訓の中にことごとくが含まれている」と言い、キリストと教会の一致と発展に区別をつけることを避けようとしている。

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