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2006年10月25日 (水)

『憧憬の神学』

近くの図書館で、『憧憬の神学』(創文社)という本を借りた。著者は小田垣雅也氏。同氏には、『ロマンティシズムと現代神学』『ネオ・ロマンティシズムとキリスト教』という本があるのだが、そちらは読んでいない。ただ、講談社学術文庫から出た『キリスト教の歴史』は分かりやすく書かれていて面白かった。続いて同版元から出た『現代のキリスト教』も感銘を受けた。バルト神学の理解など、大いに共鳴した。

今、日本のプロテスタントの世界で、日本の思想とキリスト教を合わせ論じている人は、どれくらいいるだろうか。単なる紹介ではなく、自分の論を立てている人は、そんなに多くはないと思う。そんな人の一人が小田垣氏なのだと思う。カトリックでは井上神父とか、小野寺功氏などがいて、未踏の地を行くが如くである。そのような試みが必要とされてもいる。

『憧憬の神学』第2章の後半で、小田垣氏のカトリック思想批判もあるが、それはカトリック思想の一部なのではないだろうか。自然から超自然への道があるというのがカトリックであり、ないというのがプロテスタントという理解は事柄の単純化ではないかと思う。トマスは恩恵論に関しては、ペラギウスでも半ペラギウスでもなかった、ということを確認すればいいのではないかと思う。しかし、一般には、トマスの立場は半ペラギウスであり、それはペラギウスにつながっている、と見られているかも知れない。よく議論したらいいのである。

日本には仏教という思想が厳然と存在している。キリスト教思想家も、仏教との対話なくしては、この国では余り影響力を及ぼすことはできないかも知れない。その意味で、小田垣氏は貴重な存在といえる、と私は思うのである。

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