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2006年10月29日 (日)

『天皇のロザリオ』(下巻)

以下に、疑問点を記す。

■下巻

14頁「このスペルマン枢機卿が、日本をカトリック教国にしようとしたのである」
18頁「スペルマンは1948年6月に来日して、マッカーサーとともに、日本をカトリックにする工作に入るのである」
●スペルマン枢機卿とはニューヨーク大司教だった人物である。

「日本をカトリック教国に」ということは、著書によれば、天皇をカトリック信者にしようという計画のことである。しかし、とても、それは無理と思う。誰が天皇を洗礼を授けるのか、どの小教区に所属するのか、日曜ごとにミサに出るのか、これらは、日本国の象徴ではなく、単なる1個人であれば、何の問題もないのだけれど、日本国の象徴という「職責」を持つ人物が、個人の権利として行使しようとするならば、「職責」の面との整合性がとれなくなり、日本は逆に不安定になるだろう。それに、米国人の歴史を考えたら、日本がカトリック国になったら、逆にやりにくくなるに決まっているのである。彼らはカトリックから逃亡してきた人たちの子孫なのである。
ただ、キリスト教に理解を持つ国を造るというなら、それは当然の試みであり、憲法の精神を考えたら、既に国民は教えられているのである。しかし、それは「カトリック教国に」ということを意味しない。」

29頁「マッカーサーはスコットランド系であり、エスコペリアン派(長老会派ともいう)に属する。この派はアングリカン(英国国教派)と同様に、ローマ・カトリックと歴史的に深い関係がある。」
●「エスコペリアン派(長老会派ともいう)」の部分がよく分からない。
長老会派はプレスビテリアンという。エスコペリアンはエピスコパルの間違いではないか。それは監督教会のことであり、英国国教会と同じ立場の教会である。そうであれば、長老会派ではない。長老会派の神学は、カルビン系であるため、カトリック的な英国国教会に満足できない、それで米国移住となったのである。

71頁「この年の『聖書の智恵』(十一月号)で、内村鑑三の高弟の一人で皇居でキリスト教を講義したこともある塚本虎二博士は…」
●『聖書の智恵』ではなくて、塚本が出していた伝道雑誌「聖書知識」のことではないだろうか。また、塚本は何かの博士号を持っていたのだろうか。

85頁「マッカーサーは、日本をカトリックの国にするために、」
●こういう言い方が頻繁に出てくるのですが、私には信じられません。カトリックではなくて、キリスト教を受け入れる、理解する国という言い方なら、納得します。
日本がカトリックになって、問題を抱えるのは米国だからです。彼らの西部開拓史は、日本がカトリック国になったら、それが壁になって、そこで止まってしまうでしょう。まさか、英国に戻ることもできないでしょう。

129頁「法政大学の学長であり、政治的にも活躍した著名なクリスチャンの松下正寿は…」
●松下氏は、「法政大学の学長」ではなくて、「立教大学の総長」であった。

153頁「もし、あの別府で、天皇がキリストの像の前で跪拝していたら、賀川の伝道に賛同した決意者たちが進んで賀川のもとで大運動を展開していたにちがいないのである」
●天皇がキリストの像の前で跪拝」というのは、著者によれば、日本がカトリックの国になることを意味している。それはプロテスタントにとって必ずしも喜ぶべきことではない。この違いが著者には分からないのである。著者にとってはカトリックもプロテスタントも同じなのだが、それではヨーロッパの近世は謎であろう。米国の誕生だって謎であろう。

172頁「世界のキリスト教の頂点にあるローマ・カトリックにより、天皇はカトリック信者になるであろう。そして天皇は、日本をカトリックの国家と宣言するであろう。しかして、プロテスタント諸派はカトリック教国化された日本で実質的な指導力を発揮するであろう。アメリカではカトリックとプロテスタント諸派がともに活動しているように」
●どうしてこんな認識が生まれるのだろうか。日本がキリスト教国になるならいいが、カトリックの国家になるということは、プロテスタントにとっては不利である。
厳しくカトリック批判を継承していくならば、かつての英国であったように、新天地に移住しなければならないであろう。しかし、今、そんな新天地はない。この狭い国土にい続けるしかない。その時、プロテスタント諸派のことを考えれば、カトリック信徒も、日本がカトリック教国になることには反対するであろう。

218頁「伊藤博文は自らキリスト教徒となってきりスト教を導入し、一神教たる天皇教を作った」
●こういう言い方は誤解されるのではないかと思います。もし事実であれば、こんな重大なこと、どうして学校の教科書に記載されないのかと思います。記載されれば、検定を通らないかと思います。
伊藤博文が明治憲法の草案を作る時、西洋の宗教のようなものが日本にあればと思ったことは事実である。しかし、それを考えた時、仏教も神道も不十分で、ただ、皇室のみ、その役割を期待できると考えた。こうして、国家神道ができていった。
しかし、伊藤は、明治憲法の中にキリスト教を導入したのではない。ただ、日本にも、それに代わるものが必要と考えただけであった。その認識をもって彼をキリスト信徒とみなすことは出来ない。著者は伊藤博文をキリスト信者というのだが、そう考える人は、他にいるのだろうか。私はびっくりした。

264頁「義宮は完全なるキリスト教信者である」
●なぜか。ただ、キリスト教に好意を抱いている、それだけの理由ではないか。
それだけで信者と言えるのであれば、日本には、どれほどの信者がいるか知れない。キリスト教に好意を持つ人は、日本には少なくないからである。

294頁「私たち日本人は、宗教のことを考えないように教え込まれている。だからこそ、キリスト教は日本に狙いを定め続けているのだ」
●これは政教分離で、公立学校で宗教を教えられないという意味なのだろうか。
しかし、僧侶や作家の仏教紹介の文学活動は盛んであり、宗教に無関心な国民ではないであろう。そして、逆にキリスト教の活動がしぼんで見えるのは、そういう地盤に対する理解が少ないからかも知れない。翻訳本に頼っているからかもしれない。著者が紹介した無数の断片は、キリスト教を警戒せよ、というのが、本来の目的かも知れないが、逆に親近感を持たせるものとなっているかも知れない。
そんな感想を抱くのである。

320頁 『週刊文春』2004年6月24日号の記事の紹介がある。皇太子と親交にある鎌田勇という人が雅子妃のことを書いているという。「雅子さまは、ヨーロッパ中世に新教徒と旧教徒の間で起こった宗教戦争にずいぶんお詳しいそうですね」、と。
●ここで、どうして「中世」なのだろうか。中世には新教はいなかったはずである。中世ではなくて、近世の間違いではないのだろうか。もし、この言葉が、そのまま『週刊文春』に掲載されていたとすれば、『週刊文春』の信用は落ちるのではないだろうか。

第9章「キリスト教伝来と日本の危機」
●キリシタン批判を強烈に展開している。教会は、こういう問題に応えなければならないだろう。日本宣教の不振というものは、教会が、これらの批判に応えないからである。教会の歴史的行動の罪というものには歴史的制約というものもあったと思う。現在も、そのままと思ったら、大間違いであろう。

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