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2006年10月17日 (火)

自民党有村治子議員

大老の 暗殺参加 脱藩し
 その子孫いま 国政参加

さわやかなホームページがあります。

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コメント

ご本人が、ホームページの中で、そのことを明かしています。

投稿: | 2006年10月17日 (火) 19時06分

もう少し、ていねいに書くべきですね。大老とは井伊大老のことで、脱藩とは薩摩藩のことです。議員は、平成17年5月15日の「日記」の中で、こう書かれています。

「明治維新の契機の一つとなった幕末「桜田門外の変」には、水戸藩士に加えて、(藩に迷惑がかかるのを案じて)薩摩藩を脱藩し、馳せ参じた南国の浪士が二人いました。…… 「桜田門外の変」の決起に際し、水戸藩士に加わって、江戸に参じたのが、有村雄介・有村次左衛門という、私の4代前の鹿児島の先祖だったというわけです。江戸時代、1860年のことです。」

投稿: | 2006年10月17日 (火) 20時35分

参院選では当選されました。おめでとうございます。

投稿: | 2007年7月30日 (月) 14時38分

薩摩の有村次左衛門(1838-60)という人は、神田於玉ケ池の千葉道場に入門を許可された若者で、桜田門外ノ変に参じた時は22歳だったようです。(朝日文庫『本所深川散歩・神田界隈 街道をゆく36』司馬遼太郎著、176頁)

投稿: | 2007年8月 4日 (土) 16時43分

2月24日開催の『教育シンポジウム2008』に出席させていただきました。
 有村先生のご高説を感銘深く拝聴しました。
信条、論説に、骨太の筋道が通っており、心惹かれっぱなしでした。
 台湾の国民中学生が、日本人・児島源太郎、後藤新平の人物像を理解しているのに、日本の中学生は、その名も知らない、これらの欠陥教育の現状を憂うあまりで、雑白な質問書を提出したのでした。先生はこれに十分ご配慮なされているように私は受けとめました。
 今後とも、多面にわたり、ますますのご活躍を期待しております。 敬白。                                                

投稿: 桑 島 巽 | 2008年2月26日 (火) 00時59分

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