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2006年10月31日 (火)

神学

神学を 学ぶことよし とらわれる
 ことを離れて 少し見上げよ

神学は西洋神学です。西洋の学問です。しかし、東洋人である日本人には、どうも何か違うような気がしています。それは区別立てをし過ぎるような気がするのです。その区別に対して、次々に名前が与えられています。そんな神学を学び、教えているのが神学校です。それを通して、無数のレッテルが作られています。そのレッテルで無数の批判がなされています。少し違うのではないか、そんな気がしています。

「新しき中世」には、神という文字はあるのですが、神学のレッテルによる教派という文字はありません。そういう考え方の枠なのです。

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コメント

近世が人間中心の時代という言い方には、最初、違和感がありました。プロテスタントは神中心であり、中世以上にそうではないか、そう思っていました。むしろ中世こそが神と人間との総合であり、純粋な神中心ではない、その反発がプロテスタントであり、近世なのだと思っていました。だから、中世が神中心、近世が人間中心という言い方には、どこか違うな、という思いがあったのです。こんな意識は、今でもプロテスタントの人たちの中にあると思います。とにかく、中世批判については、啓蒙思想と共にプロテスタントも、その一翼を担っていると思います。しかし、ルネッサンスも宗教改革も、実は過去を見ていたのです。ということは、中世でも、それを知っていたのです。そこに対話の可能性があります。その対話は、今でも続いていると思います。

投稿: | 2006年10月31日 (火) 06時54分

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