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2006年10月30日 (月)

新しき中世

古代では 自然中心 中世は
 神中心で 近世は人

放送大学で、古代、中世、近世の思想の性格づけを講義していました。自然、神、人間の三つの項目があり、古代では自然中心、中世は神中心、近世は人間中心と言っていました。中心というのは、他の二者を中心に関係つづけるという意味も持っています。これは、一般的に妥当する見解のようで、『憧憬の神学』116頁でも、こう書かれています。
「西洋近代ということは、神・人間・自然という三角形のうち、神によって人間と自然が支配されていた中世的世界観が崩れ、人間が神と自然とを支配する人間中心的文化が始まったということである」
そこには、古代の言及はないのですが、著者は古代では自然中心だったと言うと思います。
さて、「新しき中世」という標語は、近世の人間中心から中世の神中心に戻したいわけです。しかし、歴史の針を逆転させることは出来ません。そこで「新しき」という言葉が必要になるのです。近世あるいは近代を超えて、という意味では、ポスト・モダンの意味が込められています。そんな大まかな、単純な志向性において使っている言葉です。

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