« キリスト教短歌 | トップページ | アデンティティ »

2006年11月 6日 (月)

汎在神論

最近、汎在神論という目新しい言葉を目にしている。耳にはしていない。どういう意味なのだろう。

小田垣氏は著書の中で、井上洋治神父の立場なのだと言っている。確かに、私も井上神父の著書で、初めて、この言葉を知った。神父は、著書『南無の心に生きる』の「あとがき」で、「アッバ讃句」を載せているが、その「アッバが、信仰の対象としての有神論の神を超えた、汎在神論の神であることは明らかである。汎在神論というのは、自分自身を含めて、すべてがすでにその中にある神、したがって自分の認識の対象にはならず、その意味では無なる神のことであ。ちなみに西田幾多郎は、自分の宗教的立場は汎在神論であると言っている」(『コミュニケーションと宗教』99-100頁)と、小田垣氏は記している。

要するに、汎在神論の神は有神論の神を超えていて、その意味では少し違っている、認識の対象ではないのだ、と言われている。しかし、有神論の神は認識の対象なのだろうか。我々が見ているのは被造物であり、被造物は創造主ではない、だから神ではない。そういう論理は有神論で無理なのだろうか。そういう考え方は汎在神論でなければならないのだろうか。神は在る、と言っても、被造物が在るように在るのではない、そういうことは、有神論の中では言えていないのだろうか。そんな疑問を持った。

|

« キリスト教短歌 | トップページ | アデンティティ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104898/12582612

この記事へのトラックバック一覧です: 汎在神論:

« キリスト教短歌 | トップページ | アデンティティ »