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2006年12月22日 (金)

遠藤周作との「戦いと和解」

 文春文庫『遠藤周作のすべて』(中村真一郎著、文藝春秋)に「戦いと和解と」という題の真剣な小品があります。それは、遠藤周作との出会い、彼からの入信の勧め、それに対する日本人的感性からの応答など、キリスト教との関わりについての中村の「信仰告白」的な、貴重な証しです。初出は「文學界」1996年12月です。

 中村は、冒頭、「遠藤周作との60年にわたる精神的交渉を今、ふり返ると、それは親しい友人というにとどまらず、お互いの人生観、宗教観の根本での戦い合いと、彼の最期の時期における和解の歴史であった」と言うのです。

 この「最期の時期における和解」の意味しているのは、もちろん、遠藤の最後の小説『深い河』の出現を指しています。

 中村は、ジャック・マリタンの影響で、「聖トマスを深く崇敬する」人でした。しかし、遠藤からキリスト教への入信を勧められたのに対して、一夫一婦制の強制、自殺の禁止の二つの理由で断ったというのです。

 それに対して、遠藤の対応は、まず、自分が信者になって、教団の中で、その二つの信念を同信者の間に持ち出して、賛同を得るようにしたらいい、というものだったようです。そこに中村は遠藤の危なさを感じています。

「…私は彼のそのカトリックの教義を異常にまで拡大してみせる態度に、単に私を説得するための方便ではなく、真剣にそう考える傾向があり、それが彼の日本人的な優しさの本質に根差しているが故に、正統的な信仰に対する離反であると、教会の保守的な立場からは異端視されはしないかと、ひそかに惧れた」

 この恐れは『沈黙』の発表のときに現実のものとなりました。その時のことを、こう書いています。

 主人公の神父が踏絵を踏んで棄教するのを是認する遠藤の考え方に、「私は作者の主張に共感を覚えたのだが、果してローマ内部の反潑は強く、『沈黙』は禁書のリストに加えられる危機を迎え、スウェーデンのノーベル賞委員会内にも、授賞反対の声が上がった」。その時に強い支持者となったのが、英国の作家グレアム・グリーンでした。

 中村は、東大生時代からカトリック世界の近くにいましたので、遠藤の危なさがよく分かっていたのです。
 
 中村は、カトリック信仰に近いところから近代インドの聖者ラマクリシュナヘの信仰に移っていき、そのまま亡くなりました。
        
 遠藤のカトリック入信への勧めに対して、中村は「汎神論的無神論の日本の風土に育った私には、やはり仏教的な慈悲に通じる聖者の下にある方がふさわしい」と答えたとのこと。その聖者、ラマクリシュナヘの帰依は神学的な厳密なものではなく、直観的信仰であったといいます。

 『沈黙』の発表から長い月日がたち、遠藤が言い続けた「カトリックを日本的に」という言葉も浸透していき、多くの人達の共感を得ています。

 個別的信仰は「普遍」が現れた時には、常に「修正」の可能性の下に置かれるのですから、日本やアジアの主張というものは、「西洋偏重」ではない真の「普遍」への意志の中でのみ「是認」されるのでしょう。しかし、最初、西洋が見いだした「普遍」を見過ごすところで、日本の個別的主張が展開する時には、その主張への危惧はいつまでもつきまとうと思います。遠藤の主張の中に、そんな危惧があるのです。

 中村は、小説『深い河』で遠藤が自分に接近してきたというのですが、同時に、それがカトリックの枠を超えているのではないかと、危惧しています。

 その個所は、恐らく、「六章 河のほとりの町」の中にある「大津から美津子への返事」ではないでしょうか。この短い個所は、これからも議論されていくと思います。

 そこで、大津は、「ぼくの無意識に潜んでいる、彼等から見て汎神論的な感覚」が批判されたと言うのです。「彼等」とは、ここでは西洋的・正統的キリスト数なんでしょう。

 しかし、不思議なのは、この大津の考え方が「危険なジャンセニズム的で、マニ教的な考えだ」という修道会からの叱責を受けたことであり、そのすぐあとに、「善と悪とは不可分で絶対に相容れぬ」という善悪二元論的思考を是とする考えが示されていることです。少し理解しにくいです。

 大津の「汎神論的」感覚が、どうして「ジャンセニズム的で、マニ教的」なのか? 両者は正反対ではないでしょうか?

 「汎神論」も「ジャンセニズム的で、マニ教的」も「異端」だ、両者は「異端」の範疇では同じだから、それでいいじゃないか、というのでしょうか。それも、一つの読み方でしょうが-。

 「ジャンセニズム的で、マニ教的な考え」を退ける根拠は、それが「善悪二元論的」だからです。「善悪二元論的」を是とするのであれば、そこからはジャンセニズム的で、マニ教的な考えへの批判は起きてこないでしょう。

 この遠藤的「理解」を「誤解」と思う背景には、「キリスト教は善悪二元論ではない」という視点があります。

 キリスト教の「正統」は、遠藤が、西洋的・正統的キリスト教から批判されたと思っている汎神論的真理契機を十分に認めるものではないでしょうか。「悪の全くない善 (神)はあるが、善の全くない悪(披造物)はない」という聖トマスの言葉を「正統キリスト教的」なものと認めるのであれば、その影響下にある「西洋的キリスト教」は、大津の手紙の中では、正確に理解されていないのではないでしょうか。

 『深い河』は、遠藤を一躍有名にした『沈黙』とは違い、キリスト教界に批判はなくなり、一般社会にも好感をもって迎えられているのではないかと思います。そんな時、中村は、この小説の内容にも一抹の不安を抱いています。

 それは、『沈黙』の時と同様、「カトリック教会から批判されないだろうか」というもので、このような配慮が出来るのは、中村が、カトリックとは何か、ということにおいて、深い認識があるからだと思います。特に、「西洋偏重の批判」が、教会の「教義」にからんでいる時には、動機がどれほど正しくとも門前払いなんでしょう。それは「教義」に「普遍」がからんでいるからです。

 中村は、遠藤の終生の課題が形成された過程を、こう言います、「リヨンに留学することで、本来、普遍を意味するカトリックの思想が、著しく西欧的に片寄っていることを、人種差別と同時に実感するに至った」。この片寄りの是正については、中村は遠藤に共感を持つことができるのです。遠藤の最後の精神的境地を中村は、こう言います。

 「ところが、一方で遠藤君は、その遺言となった『深い河』において、保守的な教会から別れて、ガンジス河で死体運びをする神父を、真の宗教者として描き出した。この遠藤君の思想は、私には半ばキリスト教の境界を踏み越して、仏教的な慈悲の方に、『沈黙』よりも更に強く一歩を踏み出しているように思え、思いがけなくも彼が私のラマクリシュナのすぐそばまで歩み寄って来たことで、私は生涯の終りに遠藤君と同じ精神的風土に立つことになったのを喜ぶことができた」

 そして、こう結んでいるのです、「彼の最後の小説に対するローマの反応には、深い危惧の念をもって注目しながら、彼の『昇天』に私なりの祈りを捧げている」。

           

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