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2007年1月13日 (土)

第6章

第6章 にも、かかわらず

 しかし、不思議なことに、第二バチカン公会議を境にして、聖トマスの影響力低下といった一般的観察がある一方で、同公会議は逆に聖トマスの精神の勝利であったといった、うがった見方もある。

 聖トマスは当時、支配的であったアウグスチヌス主義に対して、アリストテレス主義を教会に導入する者として、さまざまな抵抗に遭遇した。彼の教説の一部が、彼の死後、ある司教によって異端の烙印を押されるといった事態も発生した。彼は、当時の伝統的な教会意識に対して闘い、そして勝利していったと見ることもできるのだ。

 とすれば、この点では、第二バチカン公会議の精神に近いものを聖トマスは持っていたのかも知れない。ということで、逆に聖トマスの精神の勝利を意味しているというのである。これは一つの見方であり、私には本質的とは思えないが、一つの理屈ではあろう。

 第二バチカン公会議の精神とは初代教会への復帰であり、そこでもたらされたのは聖書学の復興であった。これは原点回帰であった。そこに戻って、形成の原理をもう一度、再確認しようというのであろうか。

 聖トマスの闘いを顧みる時、それは神学思想の形成の原理の間にある哲学思想同士の争いであった。一つの哲学思想(プラトン主義)に対する、もう一つの哲学思想(アリストテレス主義)の争いであり、後者の立場で、後者も乗り越えた立場を示した。

 しかし、第二バチカン公会議はトマスのアリストテレス主義に対してプラトン主義とか、他の哲学思想をもって対決しようというのではなく、聖書という啓示そのものに帰ろうというのである。それは、それで結構なのだが、「われわれはキリスト教の初歩の教えを後にして、前進しようではないか」という聖書の勧めもある。

 いや、あるいは、こんなふうに考えるべきなのかも知れない。

 「初代教会に帰れ」「聖書研究を盛んにしよう」といった第二バチカン公会議後の潮流はプロテスタンティズムへの接近をもたらした。日本では、その成果として画期的な共同訳聖書の実現が挙げられる。従って、この精神はエキュメニズム戦略の一つであるのかも知れない。しかし、同時に、この「弱い形相」を補完するものとして、新しい地域的形相が、今求められているのかも知れない。それは、日本文化の中にある、日本人にとっては強い形成力をカトリシズムの中に吸収していくための、教会側の準備を意味しているのかも知れない。カトリシズムは、今、キリスト教以外の文化との出会いを経験していて、それらの持つ優れたもの(形相、形成力)を普遍的教会の中に取り入れようとしているのかも知れない。であれば、それは、日本の教会にとっては、現在という時は貴重な機会なのである。

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