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2007年1月17日 (水)

IT時代の予言

ITは神ではない。しかし、「神の如き」ものと言ってもいいかも知れない。ITによって長者たちが生まれ、それによって多くの人たちの生が支えられている。パソコン操作が出来るという、たったそれだけの理由で、会社では後輩が先輩を追い越していく。そんな現実を見ていて、この21世紀初頭の「神の如き」ものに、少しは関心を持ち、その意思に少しは従順になってもいいのではないかとも思う。

実は、こんな状況を予言した人がいた。1999年12月6日の朝日新聞に美術評論家の篠田達美氏が「神としてのコンピューター 『新しい中世』到来の予感」という題で書いているのだ。

篠田氏は、時代がどんなものか考えた。「ルネサンス期の最後」ではないか、と。その時代は「人間中心」の時代だ。では、その前の中世は?  篠田氏は「神中心」という。ではルネサンスに連動して起きた「神中心」を掲げた宗教改革は、「神中心」の時代を終わらせてしまったのだろうか。そうかも知れない。その歴史観では、近世は「神中心」と「人間中心」の混合時代なのだろう。それはそれでいい。しかし、「人間中心」の時代は終わろうとしている。

篠田氏は「新しい中世」の時代の到来を予言する。では、ここでも「神中心」になるのだろうか。そう、「今度の神はコンピューターだ」という。そして、「コンピューターが神の新しい時代には、コンピューターの管理者が、新しいタイプの聖職=支配者となるだろう」という。IT長者たちは確かに支配者かも知れない。だが、聖職だろうか。コンピューターが神であれば、そうだろうが、「神の如き」ものであれば、聖職の尊称は少し待った方がいいのかも知れない。

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コメント

この「予言」は、非常に的確と思います。以前、アップしたのですが、もう一度、アップしました。教会の在り方についても、新しいサイバー教会というものが考えられてもいいのではないでしょうか。サイバー大学も出来そうです。
サイバー教会においては、無教会、エキュメニズムの目標が、ある意味で、実現するのかも知れません。その意味では、近代の性格を超えるものが含まれているような気がしています。この面での研究はすぐにでも始めるべきではないかと思います。

投稿: | 2007年1月17日 (水) 16時11分

 コンピューターを神にする代わりに、実在する神を発見するのが、宗教者の使命のはず。
 http://blog.goo.ne.jp/i-will-get-you/
 いわゆる神の存在証明がもたらす意味について
        一般法則論者

投稿: 一般法則論者 | 2007年1月31日 (水) 00時08分

コンピューターは神ではなく、機械ですね。それはそうです。だから、「神の如きもの」かも知れないけれど、神ではありません。

投稿: | 2007年1月31日 (水) 16時51分

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