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2007年1月31日 (水)

墓巡り

Rimg01450 墓巡り 歴史に固定 その生は
 後世人の 解釈さそう

1月2日、テレビ東京で、「忠臣蔵 瑤泉院の陰謀」を見たのですが、吉良上野介が悪いとは思えませんでした。中野区・上高田の萬昌院功運寺という禅寺に、その墓があります。

「吉良義央墓」という木の案内板があります。四つの塔のような墓が並んでいて、一番右が、吉良義央の墓(写真)です。「元禄十五壬午十二月十五」という文字、また「従四位上左近衛少将吉良」という文字も確認しました。

四つの墓の両端には、松がありました。あの事件を象徴しているかのように。

墓に向かって左には、「吉良邸討死忠臣墓誌」があります。討死した家来38人の名前と年齢などが書かれていました。最高齢は60歳で一人、そのあとは、55歳が一人、53歳が一人、50歳が二人で、あとは40代、30代、20代、最少年齢は15歳の牧野春斎という茶坊主でした。よく、吉良方で出てくる清水一学は「清水逸学」という名前で、25歳ということでした。名前の列挙のあとに、「元禄15年12月15日討死」という文字が書かれていました。

吉良方の忠臣たちの名前を見て、あの事件は、一体、何だったのだろうか、と思いました。

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