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2007年1月 5日 (金)

プロテスタンティズムの彼方

 新教出版社というプロテスタント系出版社の前身の一つである新生堂という出版社から吉満先生の本が出たり、またカール・アダムの名著『カトリシズムの本質』が邦訳された時、赤岩栄という『キリスト教脱出記』という本で有名な牧師が同書を批評し、それに吉満先生が答えるといった応酬がありました。これらの文章は今、読んでも私には興味深いのですが、多くの人にとっては、今昔の感といったところではないかと思うのです。

 吉満先生はプロテスタンティズムに対しても、また弁証法神学で名高いカール・バルトに対しても、著書の中で、いろいろと発言されています。そこには、プロテスタント同士のように、同じ土俵の上で論争するといったような張り詰めたぴりぴりした気持ちよりも、相手の本質を知りつくしてしまった、といったような、余裕のようなものが感じられるのです。

 このように、吉満先生にはプロテスタンティズムとの折衝あるいは関係といったものがあるのですが、やはり、プロテスタンティズムの信仰の中では、吉満先生という人はなかなか捉えられないのではないかと思われるのです。

 「吉満義彦という人物は、割合面白い人物だ」と、私に思われてきたのは、私のキリスト教信仰がプロテスタントからカトリックに変わってきた時でした。恐らく、このような前提、すなわちカトリックの信仰が吉満理解のために不可欠ではないかと、今では思うのです。それくらい、彼の思想はカトリック教会との深い関わりの中で展開していっているからなのです。

 私は、キリスト教(プロテスタント)系の新聞の編集を長くやっていましたが、やがて、自分の仕事に行き詰まりを感じるようになりました。そして、教会一致運動、すなわちエキュメニズムというものを問いつめていくうちに、カトリシズムというものが視野に入るようになったのです。

 ある日、偶然、東京神学大学で教えておられる赤木善光教授の『プロテスタンティズムと伝統』(新教出版社)という本を読み、そこに、私と同じような問題意識と教授自身の解明が載っているのを発見しました。そこには、逢坂元吉郎という異色のプロテスタント牧師および、熊野義孝というプロテスタントの組織神学者の教会観に着目して、その貢献が記されているのですが、ここには、カトリシズムからプロテスタンティズムを見た時の、重要な問題提起が含まれていると思います。同時に、以前は何の関心も持たなかった逢坂、熊野といった牧師、神学者が急に身近な存在になったのを覚えたのです。

 実は、私にカトリシズムを考えるきっかけを与えてくれた人は、もとプロテスタントで東京神学大学を中退した人です。東京神学大学では熊野先生の近くにいたというかたですが、熊野先生はニューマンが好きで、その弟子たちの中からカトリックに変わる人が大勢出たということを言っていました。今、この本を読むとこの二人の教会論の展開に関してはカトリック信仰と重なるところがあるように思います。

 「新しき中世」という言葉があります。これは、私が大学時代に割合、熱中して読んだベルジャエフの言葉でもありますが、私も又次第に、この「新しき中世」という言葉にこだわりだしたのです。

 エティエンヌ・ジルソン、ジャック・マリタン、クリストファー・ドーソンらの活躍していた時代であれば、対話の相手にはこと欠かないでしょうが、時代が変わり、ましてキリスト教的文化背景の弱い日本では、「新しき中世」といっても余り対話の相手を見つけられないのではないだろうかと思っていました。

 しかし、『トマス・アクィナスの言語ゲーム』(勁草書房)という本の中で、36歳くらい(若いですねえ)の著者、落合仁司(同志社大学教授)という人が、近年の西欧の統合と東欧改革の目指すところを模索する中で、「新しき中世」の意味しているところを非常に具体的に、現実問題として論じているのです。この落合という人の出現は、私には青天のへきれきのようでもあり、かつての吉満先生の歴史的価値観というものを、こんなにはっきりと言い切っているのに驚きました。

 さて、余談はそれくらいにして、とにかく、私の中で、「教会とは何か」という問題を考えていく中で、信仰がプロテスタンティズムからカトリシズムに変わっていったのですが、その過程で、岩下壮一神父の本を読み、続いて吉満先生の本を読んでいったのです。そして、以前は非常に近くにいながら素通りしていった世界がだんだんと開けてきたというわけです。

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