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2007年2月 7日 (水)

21世紀を考える

われわれの生き始めた、この21世紀という時代は、どんな時代なのだろうか。「新しい中世」という言葉が、『21世紀をどう生きるか』(野田宣雄著、PHP新書)本に出ている。気になる部分を取り上げた。

「私たちが二十一世紀に向かって経験しようとしている変化は、人類史の上でも稀有な規模と深刻さをもっている。やや控え目にいっても、それはあのルネサンスや宗教改革などにはじまる近代という時代に終止符を打つ類のものである」(あとがき、206頁)

「近代という時代が、国民国家という枠組みや職業中心の人生を道連れにして終焉を迎え、代わって、中世の日本人が『末世』と見なしたものと似通った混沌の時代が到来しつつあることをしめそうとした」(あとがき、207頁)

「十九世紀のドイツの近代化をリードしたのは、今日では「教養市民層」と呼ばれる大学出身のプロテスタント系知識人であった」(P.16)

「実際、ドイツの教養市民層の多くは、内心では宗教を軽蔑し、洗礼・堅信・結婚等の儀式以外は、教会から遠ざかっていったのである。
 にもかかわらず、彼らの大多数はプロテスタントであることをやめなかった」(P.17)

「つまり、教養市民層は大学で諸学に親しみ、みずからの人格形成に人生の意義を見出すが、大学にゆかない非教養大衆は、教会でキリスト教を通じて人生の拠りどころをあたえられるべきだとされたのである。それはまた、非教養大衆を教養市民層という官僚をはじめとするエリートの指導に従順に従わせるためにも、恰好の方途だと考えられたのである。そこで、当時のドイツのエリートは内心では教会宗教と距離をとりつつも、なおプロテスタント教会の信徒にとどまったのである。
 しかし、十九世紀の教養市民層のすべてが、このような功利的な見地から教養と宗教の関係を考えていたわけではない。彼らのなかにも、もう少し内面的な思想上の問題として、教養理念と宗教との関係の問題にこたえをもとめる人たちもいたはずである。そして、そういうドイツ知識人の要請にもっともよくこたえてくれた神学の一つが、シュライエルマッハーに出発する自由主義神学という十九世紀のドイツのプロテスタンティズム神学の流れであったといえよう」(P.18)

「そして、この自由主義神学という神学の流れがあったお蔭で、十九世紀のドイツの教養市民層の多くは、自分たちが教養理念を信奉していることと、同時にプロテスタントであることとの間にさしたる矛盾を感ずることはなかったのである。
 要するに、それは、教養市民層が教養理念を信奉しながらプロテスタントにとどまり続けることを正当化する、恰好の神学であった」(P.18-19)

「「歎異抄」のなかには「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろずのこと、みなもて、そらごと、たわごと、まことあることなきに」という言葉がある」(P.20)

「すなわち、歴史の進歩の根底的な推進力であったはずの科学技術の発達が、ある限界を超え、むしろ人びとの生活や倫理観に混乱をもたらそうとしている。欧米や日本といった先進国の人びとが奉じて疑わず、自分たちの人生観の拠りどころとしてきた進歩史観では、到底捉えきれない混沌の世界が到来しようとしているかに思われるのである。
 それはまさに「新しい中世」の出現といってもよいだろう。「新しい中世」という考え方は、1993年にフランスのアラン・マンクが刊行した書物の表題である。マンクは、この書物のなかでソ連帝国の崩壊をローマ帝国の崩壊に擬し、冷戦後の世界がローマ帝国の崩壊後に到来した中世と同様に混乱に満ちたものになることを予測している」(P.21)

「ところで、「新しい中世」の到来は、もともと中世の混乱の世界を背景に生み出された親鸞の教えが、実感として受けとめられる時代の到来を意味する。つまり、進歩史観、近代化、現世内自己完成としての教養、そういった近代の産物がもろくも崩れ去って、比較的ストレートに末法思想などを受け入れることができる、そういう時代が来ようとしている」(P22)

「だからこそ、「新しい中世」が来るという場合には、それは、たとえば政治システムの上で、近代の主権国民国家の枠組みが弛緩し、中世の封建制に近い支配の形態が出現するといったレベルの話にとどまらない。実は、「新しい中世」は、私たちの心情や人生観や世界観の上でも、中世への回帰が起こることを意味する」(P.22)

「こういうふうに、人間が自己の力を過信せしめられたのが、啓蒙主義以来の近代の歴史ではなかったかと思われます」(P.25)

「ところが、二十一世紀という新しい世紀は、進歩が絶対視された近代の延長上にあるのではなくて、ひょっとすると中世に近い性格をもった「混沌の世紀」ではないかと予感されはじめたのです」(P.26)

「ところが、二十世紀も末のぎりぎりの時期になって、IT革命と呼ばれるような情報技術の途方もない発達が見られ、それが他の諸要素と結びついて国民国家の存在を根底から揺るがしはじめている。いわゆる経済のグローバル化が進展し、ますます経済活動の大きな部分が国境を意に介することなくくり広げられている。…つまりは、近代を通じて当然視されてきた国家と経済との密接不可分な関係が、急速に弱まってきている」(P.29)

「実際、インターネットなどの発達によって、これだけ国家の境界線を超えた経済活動が活発になってくると、中世の封建制にも似た国境を超えた人的なネットワークが形成されてゆくことになるかもしれない」(P.31)

「情報技術の発達や経済のグローバル化といったもっとも先端的な事象が、超近代を招き寄せるよりも、中世的なものへの回帰を促しているという事情を見逃してはならない」(P.33)

「しかし、そうした二十一世紀の政治的混乱を克服するために、もう一度近代の主権国家の枠組みを強化しようとするのは、賢明なやり方とはいえない。なぜなら、科学技術の水準にせよ、経済のあり方にせよ、環境問題にせよ、もはや、近代の主権国民国家の枠組みに適合的なものではなくなりつつあるからである。
 ところが、わが国では、政治の世界でもメディアの世界でも、まだまだ国民国家の枠組みにしがみつき、その前提のもとで政治活動をおこなったり、評論を展開したりしている人が多い。このことは、いわゆる左右両翼のいずれにおいても、認められる傾向である」(P.34-35)

「すでに述べたように、二十一世紀に私たちを待ち受けている変化は、近代を中世に逆転させるほど深刻で大規模なものであり、そこで生きてゆくために役に立つのは、明治維新や高度経済成長期といった近代の経験よりも、主権国家の緊密で安定した秩序を知らなかった中世の人びとの生き方であるかもしれない」(P.36)

「だが、このヴェーバーの書物は、末尾の部分へきて一種の「どんでん返し」を見せ、近代資本主義とそこで暮らす人びとについて、きわめて悲観的な見方を示すのである。
 ヴェーバーはいう。近代資本主義の成立には信仰深い禁欲的なピューリタンがかかわっていたが、いったん近代資本主義が自転をはじめると、そこからはピューリタンの信仰心は抜け落ちてしまう。そして、近代資本主義は巨大な歯車装置と化し、圧倒的な力をもって一切の諸個人をそのなかに呑み込んでゆく」
「(かつて)ピューリタンは(信仰心から)職業人であろうと欲した。だが、私たちは、(巨大な近代的経済組織のもとで)職業人であるほかない」
 ヴェーバーは、この巨大な歯車装置と化した近代資本主義を「鉄の檻」と呼び、人びとはそのなかに閉じ込められて逃げ出せなくなっていると説く。しかも、この文化発展の最後に現れる人々(「最後の人びと」)は、「精神のない専門人」「心情のない享楽人」でありながら、人間性の最高段階まで登りつめたと自惚れるのだとヴェーバーは予測する」(P.58-59)

「そうすると、なんらかの国家に代わる組織がでてきて、貧富の差異を調整することが必要になります。考えうるのは、そのために宗教組織あるいはそれに類する組織が前面にでてきて、これまで主として国家がやってきた貧富の調整や社会・福祉政策の推進を引き継ぐことです。もともと、近代の主権国家は、ヨーロッパなどでは、かつて教会がやっていた教育や福祉事業などを引き継ぎ、それらを国家の手に集めていったのです。いってみれば、それを逆転させるような傾向が、二十一世紀にはますます顕著になっていくと予想されます。
 しかも、そういう宗教的あるいは疑似宗教的な組織は、経済のグローバル化に即応してそれ自身国家の枠組みを超えたものである必要があります」(P.72)

「人生や社会に計画性をもつことができたというのも、啓蒙期以後の近代の特徴なのであって、逆に人びとが経済的にも倫理的にも「その日暮らし」的であったのが中世だったと考えられます。その意味でも、私たちは近代から中世に引きもどされつつあるのかもしれません」(P.75)

「その背景には、国家というものが、人びとの帰属対象として、あるいはアイデンティティの拠りどころとして、確かなものではなくなってきているという事情があります。いいかえれば、このまま国家の存在の希薄化を進行するにまかせておけば、個々人は確乎たる帰属母体を失い、「自分が何者か」ということにこたえられなくなり、アイデンティティの喪失に苦しむことになると思います。…そこで、これからは、さまざまのレベルで自分のアイデンティティの拠りどころとなるような帰属母体を見出し、その組み合わせによって生きてゆく智慧がもとめられます」(P.77)

「ところが、その後の研究で、ヴェーバーは、合理化された近代社会における救済宗教の運命にかんして、次のように考えるようになった。救済宗教は現世の合理化に寄与するが、いったん現世の合理化が実現されてしまうと、経済秩序をはじめとする合理的な現世的諸領域と衝突をきたす。そして、もともとその本質においては非合理的なものである宗教は、社会の片隅に追いやられて現実に働きかける「生命力」を失ってゆく」(P.91)

「近代の学問(科学)なるものは、その徹底した合理的・経験的認識によって、世界を中世的な呪術から解き放ち、この世界をあくまでも因果的メカニズムの支配する秩序界として把握するようになった。そして、「知的誠実性」の名において、学問(科学)こそが思考による世界観の唯一可能な形態だと主張するようになった。だが、その結果、この近代的な科学的世界観は、救済宗教の世界観との決定的な対立に陥ることになったのである。
 救済宗教(キリスト教)の世界観は、現世は神によって秩序を与えられたものと見る。したがって、この世界は、なんらかの倫理的な意味をおびた方向づけを持つ世界、倫理的な因果応報の要請として形づくられた世界と見なす。…このような救済宗教(キリスト教)の世界観とすべてを因果的メカニズムへ還元する近代の科学的世界観とは、相互にはげしく衝突せざるをえない。
 そして、近代という時代は、科学的世界観を一方的に尊重し、救済宗教的な世界観を非科学的な時代遅れの世界観として片隅に追いやってきた。いいかえれば、宗教が人間の行為を規定する理念として現実的な力をどんどん失い、科学的世界観がいわば現世内的な救済を約束して、前面にたち現れてきたのが、近代という時代にほかならなかった」(P.94-95)

「忘れてならないのは、すでに社会学者などが早くに指摘しているように、近代の国民国家が宗教と共通する側面を多くもち、ある意味では宗教の代替物という性格をおびたことである。国旗に対する礼拝をはじめ、機会あるごとの儀式や荘厳を通じて、国民国家は、国民の間にみずからへの尊崇の念をたかめ、みずからの神聖化につとめた。そして、かつては教会が担当していた教育や社会サービスの領域を侵食し、さらに人びとの心情の領域にも浸透して、神そのものにとって代わろうとした。…このような意味で近代の国民国家が宗教の代替物であったとすれば、その国民国家の枠組みが情報技術の発達や経済のグローバル化によって揺らぐことは、人びとの精神に大きな空白を生み出さざるをえない」(P.181)

「まして、混沌の生みに投げ出された大多数の人びとは、これまで宗教の代替物でさえあった近代国家という帰属対象に代わるものを容易に見出せず、新たな帰属の対象をもとめて右往左往することになるだろう」(P.187)

「このように考えてゆくと、どうしても宗教あるいは疑似宗教の形をとる緊密なネットワークが、広汎な人びとを結集してゆく公算が高いと見なければならない」(P.188)

「ヨーロッパでは(いちおう東方正教圏を除く)カトリックとプロテスタントの双方をふくめて、比較的凝集力の高いキリスト教の広域的な結合が見られ、それがすでに欧州連合の貴重な基盤となっている」(P.188)

「私はこれまで、二十一世紀を「新しい中世」という名のもとに、あまりにも混沌とした無秩序な時代として描きすぎたきらいがあるかもしれません。しかし、情報技術や生命科学の急激な発達によって、近代の国民国家を単位とした国際秩序が成り立たなくなり、その後に大きな混乱の時代が訪れるという予測は、大筋において間違っていると思いません」(P.199)

「私たちが二十一世紀に向かって経験しようとしている変化は、人類史の上でも稀有な規模と深刻さをもっている。やや控え目にいっても、それは、あのルネサンスや宗教改革などにはじまる近代という時代に終止符を打つ類のものである。しかも、この変化は、家庭や職業といった社会の基礎単位から、企業や官僚制や国家といったレベルを経て、世界秩序全体までも揺るがそうかという勢いを見せている」(P.206)

「そこでは、近代という時代が、国民国家という枠組みや職業中心の人生を道連れにして終焉を迎え、代わって、中世の日本人が「末世」と見なしたものと似通った混沌の時代が到来しつつあることをしめそうとした」(P.207)

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