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2007年2月 5日 (月)

於大

070205_1128012 家康の母の名前は於(お)大という。法名は、「伝通院殿蓉誉光岳智香大禅定尼」。ここから、墓(写真)のある寺の名が伝通院と言われている。

1528年(享禄元年)に生まれ、1602年(慶長7年)没。74歳だから、当時としては長命であった。

三河(愛知県)刈屋の城主、水野忠政の娘で、1541年(天文10年)、岡崎城主、松平広忠と結婚、翌年、家康が生まれた。

結婚は、13歳の時、家康は母14歳の時の子どもということになる。今では考えられないことだ。家康は、中学生の女性が産んだ子ということになる。こんなこと、想像したこともなかったのだが。

後、於大は離婚する。

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