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2007年2月28日 (水)

アメリカン・スピリット

■西部開拓史

スペインを 破りし英に 不満持ち
 海を渡りし 移住の民は

巡礼を 心に刻み 前進す
 故郷をあとに 望郷はなし

大陸を 西進しつつ 征服す
 天の都を 憧憬しつつ

インディアン 土着の民が 降伏し
 次は日本と 目は西方へ

太平の 海に至りて そを渡り
 ペ氏まず扉 叩く時より

小国に 混乱起きて 一新す
 主体は消えず 興隆の時

大戦で マ氏の打撃に 屈服す
 二重の枷で 縛る時代に

大洋の 彼方に見える 風景の
 その奥にある 聖都目指して

米国の 西部開拓 その歴史
 今なお続く アジアを視野に

ベトナムも アフガンもあり イラクまで
 戦争ありて 課題山積

ペンタゴン ふるさと見ずに アジア見て
 西部開拓 意識変わらず

■パットン将軍

軍人は詩人であった
魂の転生を信じていた
   
戦場のパノラマが常に
彼の眼前にあった
   
歴史の中で彼は考え
時代を忘れた
   
戦いのロマンティシズムは
時に時代の非難を浴びた

戦場の恐怖を己への恐怖に代えようとしたことが
行きすぎたために
   
彼は知っていた
一番怖いのは戦場での恐怖心だということを
   
彼の意識は常に
歴史の古戦場を駆け巡り
   
強烈な二元論思考は
神を戦いの守護神に変えていた
   
第二次世界大戦で彼の名は残った
パットンという米国人であった
   
映画は時代を超えて
メッセージを運ぶ
   
米国の戦争指導者の中にも
異常な神がかりのいたことを
   
そして、神かがりの普通の方法は
想起と詩作にあったことを

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コメント

■英は英国のこと。ぺ氏はペリーのこと、マ氏はマッカーサーのこと。二重の枷は日本国憲法と日米安全保障条約のこと。聖都はエルサレムを指す。

■米国における西部開拓史は、まだ終わっていないのだと思います。その中で、ペンタゴンはその活動の頭脳であり、中心機関なのでしょう。このような背景を考えてみるのも、米国理解のために大切ではないかと思います。

■たとえば、マッカーサーは、1946年9月2日の対日戦勝記念日に、長文の声明を発表したが、その最後に、こんな言葉がある。
「日本の占領が文明の進歩に寄与した最大の貢献は、個人の自由と尊厳という偉大な概念を日本に導入するとともに、キリスト教の理想がアジアに進出する機会をあたえたことにある、ということを歴史は永く記録するだろう」
これ以降、マッカーサーは、「キリスト教」という言葉を使わなくなるという。(『天皇のロザリオ』上、66頁)

■駐日大使であったライシャワーは、1948年6月、人文科学顧問団の一員として来日、その時、マッカーサーと会見している。その時のマッカーサーの言葉が、ライシャワーの『自伝』に記されているらしい。次のようなものという。
「いまから千年後、歴史の教科書がまさに戦争について一行も書かなくなったとき、民主主義とキリスト教がアメリカから日本に持ちこまれ、以後の日本文明のすべての基礎になった事実に一章が費やされるであろう」(『天皇のロザリオ 上』80頁参照)

■以前、第二次世界大戦でのパットン将軍を描いた映画を見たことがあり、その詩を掲載した。何か、マッカーサーとパットンが結びつく要素がいくつかあるように思える。自分の行動を長い歴史の中で常に考えていたということである。

投稿: | 2007年2月28日 (水) 09時36分

パットン将軍は毎晩聖書を読む敬虔なクリスチャンだったが、同時に第六感と輪廻転生を信じていたということです。

下記を参考に。

http://hexagon.inri.client.jp/floorB1F_hss/b1fha811.html

投稿: | 2009年3月24日 (火) 20時15分

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