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2007年3月31日 (土)

立花隆氏の父

無教会の印刷物に湖北聖書集会の主宰者・故橘経雄氏(2005年9月12日に95歳で逝去)のことが載っていた。最近、追悼号『橘経雄先生を偲ぶ-湖北聖書集会』が刊行されたという。

その記事のあとに「注」のようにして、「立花隆“亡き父が見た出版大粛清事件”文芸春秋2005年12月号参照」と添えられていた。その時、立花と橘は同じ発音であることに気づいた。関係あるのだろうか。インターネットで調べたら、どうやら、橘経雄氏は立花隆氏の父らしい。

橘経雄氏は水戸の生まれで、早稲田大学を卒業、長崎の活水女学院、北京師範で教師をしたという。戦後、帰国して『週刊読書人』を創刊して、編集・経営に携わったという。

無教会では、丸の内集会に出席。湖北聖書集会は70歳の古稀を迎えた1980年に、我孫子市で始め、1997年に別の人にバトンタッチしたという。

これまで立花氏の本を読む機会はあったが、両親がキリスト教の信徒であったとは、初めて知った次第。

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親鸞思想

キリスト教の信仰義認に似た考え方が、浄土真宗にもあるようです。

「現生正定聚」(げんしょうしょうじょうじゅ)といって、「現生に仏となる身と正しく定められた者」という意味だそうです。

その説明としては「浄土真宗も浄土教ですから、浄土に往生して成仏するという考え方をとっていますが、同時に、人はほんとうに信じ念仏をするならば、そのときその人は、そのままでもう必ず仏になることができる身分になると教えています。来世ではなく、この現世において、です」と言われています。
(NHKこころをよむ『<かなしみ>と日本人』竹内整一著、NHK出版、62頁)

これは即身成仏と、どう違うのかな、と思います。空海の「即身成仏」に対して、親鸞も、親鸞なりの「即身成仏」を説いているのかも知れません。著者は、「むろん、生身にまだ煩悩をまとっていますから、仏そのものにはなれない、その意味で、「同じ」ではないが「等し」いのだと言っています」と、この親鸞思想を解説しています。

ここまでくると、新生・聖化・栄化という、キリスト教信仰における個人意識の変容と似た考え方だなあ、と思います。成仏は栄化でしょうが、「念仏によって現生正定聚を得る」ということは、「信仰によって義とされる」に対応するのではないでしょうか。それに新生が続きます。新生は聖化の出発点で、そのゴールが栄化なのでしょう。

著者は、こうも言っています。

「こうした考え方を、ここに当てはめて考えてみますと、念仏をして仏になって救え、というのは、信じ念仏したとしても自分はまだ仏そのものになっていないが、その身のままで、仏と「等しく」なれる、仏の働きが自分の中に働いてくるからそれで救え、ということになります。その働きは仏の大いなる慈悲心ですから、相手に届くものになっいるはずです。それはたとえ、自分が言ったりやったりすることであっても、決して自力の働きではなく、仏の他力の働きとして働いてくるということです」(62-63頁)

こういう言葉は、キリスト者においても大いに参考になるのではないでしょうか。

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都知事選

まもなく、新しい都知事が生まれようとしている。ところで、現在の都知事立候補者にはキリスト者はいないと思うけれど、以前にはいた。磯村尚徳氏、松下正寿氏など覚えている。それより前にもいた。政治家、教育者の田川大吉郎(1869~1947)である。戦後、東京都知事選挙に出て、安井誠一郎と戦って敗れ、昭和22年、没した。

田川は、尾崎咢堂(本名・行雄)が東京市長となるやその助役となった。尾崎咢堂はザ・サルベーション・アーミーを救世軍と名付けた人物でもあった。

田川は、東京市助役のあと、衆議院議員に立候補し、当選八回に及んでいる

ところで、田川のことであるが、長崎の生まれである。「八八年上京して東京専門学校邦語政治科入学」と『日本キリスト教歴史大事典』(教文館)にはある。東京専門学校とは現在の早稲田大学である。

ところで、私が知りたいのは「八八年上京して」の部分が正しいのかどうかである。この年は、明治21年である。

『田川大吉郎とその時代』(遠藤興一著、新教出版社)という本がある。冒頭に「はじめに-その生涯」という部分があり、簡単な略歴の文章がある。

それによると、田川は長崎の生まれで、県立長崎外国語学校で、「支那」語を専攻したが、明治19年、同校が廃校になったため、卒業できず、「同郷の先輩で明治政府に出仕していた岩崎小二郎をたよって上京、岩崎家の書生となった。かたわら、東京専門学校に入学、23年7月、邦語政治科を卒業した」(11頁)と書かれている。

田川が東京専門学校で学んだのは2年なので、明治21年に入学となる。であれば、上京は明治19年から同21年までの間で、「八八年上京して」ではなく、「八六年上京して」の可能性もあるのではないだろうか。その正確に上京の年が知りたいのである。もし、ご存知の方がいたら、教えてください。

田川は網島佳吉から受洗。報知新聞、都新聞の主筆をつとめた。

キリスト教界にあっては、1921(大正10)年11月、明治学院理事長、ついで1925(大正14)年、明治学院総理(1935年12月に辞任)。1936(昭和11)年、教文館社長に就任。富士見町教会ついで信濃町教会の長老(「富士見町教会八十年史要」では大正12年の関東大震災のころ、そして同13年に長老であった)。また、基督教教育同盟、廓清会の理事、日本基督教連盟(大正12年に結成)の常議員など多方面に活躍している。

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スコラ哲学

スコラ哲学に対する偏見、あるいは見解というものは、プロテスタントの信徒の場合には、だいたいルターの見解の影響を受けるのではないだろうか。そこでは批判的に表明されている。ルターのあと、メランヒトンなどはスコラ哲学への積極的評価もあったが、比較してプロテスタント信仰を極めようとする時、やはりルター第一、メランヒトンは従ということになるのではないだろうか。

ルターの見解に縛られて、スコラ哲学というものは、そんなものか、と思ってしまう。それは、ある意味では、歪められたスコラ哲学である。

スコラ哲学は、トマスから見た時、それは別のものに見える。ギリシャの思想と、ヘブライの信仰の、ヘブライの信仰を中心にした総合になるのである。それは、ギリシャとヘブライの折衷なのではなく、あくまでヘブライ的・キリスト教原理の中で、その中に、ギリシャを取り入れているのである。

ルターの批判は、その折衷に対する批判ではないかと思えてしまう。しかし、折衷ではないということが分かる。

スコラ哲学は、ルターから見るのではなくて、トマスから見るべきである。その時、スコラ哲学の真髄が現れてくると思う。

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信仰義認

ルーテル教会とカトリック教会との間でなされた信仰義認での合意声明は、どう見られているのだろうか。

ルーテル教会、あるいはプロテスタント教会にとっては、これは、もちろん、歓迎すべきことなのだろう。行為義認、あるいはセミ・ペラギウス主義のカトリック教会が、本来の信仰である信仰義認に立ち返ったと思っているのかも知れない。前教皇が、教会の過ちについて、一連の謝罪をしたことも、ルター当時の教会からは考えられないことかも知れない。

しかし、カトリック教会は、トマスの信仰を見るならば、最初から信仰義認の教会であったし、ルーテル教会との合意を得るために、セミ・ペラギウス主義から信仰義認へと信仰を変えたわけではないと思う。

プロテスタント教会からは、カトリック教会は変わった、と思われるかも知れない。特に、第二バチカン以来、そう思われるかも知れない。それが一般的なのだろう。しかし、信仰の核心は、変わっていない。最初から「信仰義認」であった。そう思う人もいるだろう。

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2007年3月30日 (金)

中毒

現代に 中毒ありて その力
 意志を超えると 観念したり

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愛他心

愛他心 おどされてある 自己あらば
 それは無理だと 求められても

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かなしみ

かなしみの 復権求む 人あれど
 アガペを悲愛 呼んだ神父も

4月から6月まで、NHKラジオ第二放送「こころをよむ」のテーマは「<かなしみ>と日本人」です。かなしみの復権が現代に必要という洞察の学びなのですが、キリスト教の愛(アガペ)を「悲愛」と呼んだ神父もいました。「悲愛」は、いい言葉と思いますが、発音だけですと、「悲哀」と間違うかも知れません。それも考慮しないと、と思います。

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「君といつまでも」

曲作り どうしてうまく いくのだろ
 弾厚作は 断乎うるさく

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道徳教育

価値観は 自分で決める ものなれど
 条件作り 急務と感ず

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ニヒリズム

ニヒリズム 彼岸に突破 あきらめて
 此岸確立 怖ろしきかな

此岸には 万物不在 命なく
 関係失せて つぶされるのみ

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国学とキリスト教

平田篤胤が自分の学問を形成していく中で、キリスト教を取り入れていったことに関して、さまざまな研究がされてきました。

主な資料に、海老澤有道著『南蛮学統の研究-近代日本文化の系譜- 増補版』(創文社、1978)があります。

この412頁には、こう指摘されています。

「『本教外篇』が天主教書の影響を受けたことは村岡教授の研究により明らかである。──伊東多三郎氏はさらに村岡氏が漠然と天主教書の影響を指摘した本書の主要部を、アレニの『三山論学紀』の改作であることを指示して本研究を発展され、魚木博士、西田博士また諸論に言及されたが、──」

この部分の注として、次のような文献があげられています。

*伊東多三郎氏『洋学と国学』(歴史学研究7-3)、及び同氏『禁書の研究』(歴史地理68ノ4-5)
*魚木忠一『日本基督教の精神的伝統』(115-135頁)
*西田長男博士著『神道史の研究』
*海老沢有道著  ①『鎖国史論』157-162頁、②『キリシタン文化概説』33-37頁、③『現代日本宗教の史的性格』17-20頁、④『日本史概説』205-207頁

平田篤胤の国学と天主教教義との関係については、マテオ・リッチの「天主実義」という指摘もあるのですが(山口鹿三氏の「声」誌への寄稿)、海老澤氏は、在華イエズス会士、アレニの著「三山論学紀」と篤胤の「本教外篇」とを比較対照して、そこに「改作」を指摘するのです。そして、この「本教外篇」において、「『天主』を国常立尊などに当て、復古神道における創造主宰神観を形成した」(「日本キリスト教大事典」)と言います。

これが、果たして「改作」なのか、篤胤はどう考えていたのか、また、このことと篤胤が江戸追放を受けたことと関係があるのか、それらは、まだ分かりません。「改作」ではない、という反論もあるかも知れません。

一方、国学とプロテスタントとの関係については、佐賀藩和学寮の教官南里有隣が、在清プロテスタント宣教師ウィリアム・マーチンの教理書「天道溯原」に基づいて著した「神理十要」(安政6年、1859年)で、篤胤と同じ見解に到達していて、村岡典嗣は「南里有隣の神道思想」で紹介しているとのことです(418頁参照)。

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2007年3月28日 (水)

プロセス

教育の プロセスは消え みな露見
 瞬時にすべて 見渡す眼(まなこ)

直観は パラダイムあり 生まれくる
 それまで暗夜 行くが如くに

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パラダイム

パラダイム 求める日々は 引きこもり
 言(ことば)を聴いて 時代は変わる

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英知大学

トマスの名 学び舎の名に いただきて
 期待ふくらむ 我が心かな

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2007年3月27日 (火)

鈴木素子さん

ラジオ深夜便の「日本列島くらしのたより」で、毎回楽しみにしていた鈴木素子さん(会津若松市・菓子店経営)が、3月26日で最終回を迎えた。残念であり、少し淋しい気もする。室町アンカーとのやりとりも印象深いものがあり、最終回、国井アンカーの言葉の中には、リスナーの気持ちを代弁されているような思いもした。恐らく、鈴木さんの毎回の話で、会津若松の魅力が日本全国に強烈に伝わったように思う。会津若松市は鈴木さんに表彰状をあげてもいいような気がする。ここにも、日本に住む不思議な人たちの一人がいるのだと思った。鈴木素子さん、さようなら。

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2007年3月26日 (月)

教育の再生

教育の 目的いずこ それ知らで
 いかに再生 可能なるやと

人間は 何であるかを 知らないで 
 いかに教育 可能なるやと

人間とは、そもそも何か。それを知らないで、教育は成り立たないと思います。その原点を顧慮しないで、教育論議など出来ないと思います。

人間とは何か。霊・魂・身体の三区分法、霊と肉の二区分法があると言われていますが、『教育改革者ルター』(金子晴勇著、教文館)の第6章「教育の人間学的基礎」(225頁~)に、詳細な説明があります。以前、「人間とは何か」に関して、コメントをいただいて、不十分な説明をしたことがありましたが、この個所では、詳細に書かれています。私も、そう思っています。しかし、同時に、人間の定義に関して、「理性的動物」というギリシャの哲人の教えも、私としては捨てがたいと思っています。

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信仰義認論

ルターは、自分の発見した信仰義認をアウグスティヌスも説いていることを知った。しかし、両者では違いがあるのだという。

アウグスティヌスの場合には、その義認は罪人を事実において義人にしていく神の恩恵、すなわち「義化」を意味しているという。今は余り使われないが、かつては義化とか、成義という言葉がカトリック教会の中で使われていた。戦前の本では、よく出てくる言葉である。

一方、ルターの場合は、「義人にして同時に罪人」という有名な言葉で表現される。「罪人のままで義人と宣言される」「宣義」という立場なのだという。

この両者は、違っているように見えるけれど、根本は一緒なのだと思う。義化とか成義といっても、信仰義認を根本とした聖化論であるし(従って、ペラギウス、セミ・ペラギウスではない)、宣義といっても、聖化を無視するわけではないと思う。

「義人にして同時に罪人」という立場は、絶望的な人間の現実に常に希望を与えるものとして分からないわけではないが、回心前の人と回心後の人では、やはり違いがあるように思う。聖霊の、その人における感化というものが、この言葉で、どう表現されているのだろうか。

(『教育改革者ルター』金子晴勇著、教文館、206-207頁を参照)

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ブログを使え

更新が なければ死んだ 同然で
 かくして死んだ ものも多いか

ブログ出て 更新易く アクセスも
 解析もあり 甦生続くよ

ブログあり 日々の発見 書き残す
 新たな動機 生活新た

遊びつつ せっせと励む 誰もみな
 データーベース 作り参照

ふとブログ いつしか我は 鏡部屋
 その意味を問う これは何かと

以前、ホームページを作ったことがありますが、継続できませんでした。原因は、更新が面倒であったこと、見ている人の情報がなかったこと、などであったと思います。これらをクリアしているのがブログです。更新が簡単、これ以上の簡単さは不可能でしょう。そして見ている人の解析が出来るので、人数などで励みになります。だから、ブログは継続しています。

ところで、ブログの意味を考えてみたのです。

会議室 対話はあれど 緊張し
 書き込みできず いつか離れて

期待せし ブログ会議は 難しい
 やはり日記だ 公開日記

以前、電子会議室にいました。面白い議論もがあったのですが、難しい面もありました。ブログで会議室も出来るかな、と思ったこともありましたが、それは無理でしょう。

ブログはやはり日記です。日記という非常に個人的な情報をブログで公開する意味があるのだろうかと思います。しかしテーマが神であれば、大いに意味があるのではないでしょうか。そのテーマは万人の関心事なのですから。こんな様式の日記は、これまでも多かったし、これからも生まれると思います。

思想は公表されなければなりません。ブログでは閲覧者の対象の制限はできませんが、内容によって自然に形成できるのでしょう。

大学紛争の時期、感想・意見を文書にして配ることが流行っていました。同じようなことが、個人レベルで、ブログを通して可能なのです。ブログによって、新しい文化が生まれるのではないだろうかと期待しています。

また脱ニートにも有効である、といいます。

脱ニート 手段は多し 現代は
 自分探しに ブログを使え

2005年年10月30日の朝日新聞に、「脱ニート ブログ一役」という記事がありました。仕事も通学もしないで、職業訓練も受けていない若者をニートというようですが、全国に約64万人もいるとのこと。「ネット上で他者とやり取りすることが、自分を客観的に見つめるきっかけになることもある」と、ブログの役割を紹介しています。

一回だけの自分の人生ですから、後悔のないようにしてほしいです。人生が終わりそうな時に、後悔しても始まりません。そのためには、やはり自分を知ることから始めないといけないでしょう。そのような意図で書かれた本は、今、多いです。どう生きるかは、死ぬまで続く問いですけど、問い続けていれば、いろいろな回答がやってきます。

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ルターの発見

「スコラ神学の最大の権威者トマス・アクィナスは、この義認のための準備が神の恩恵と自由意志との協働によって行なわれると初め説いたが、後に恩恵の先行性を強調し、この命題では恩恵を受けるに値する功績が自由意志に帰せられているのではない、なぜなら恩恵は無償で与えられるから、と説くにいたった。それに対しオッカムとビールにおいては義認への準備を自由意志の功績に帰する解釈がなされた。恩恵は救いと善いわざにとって必要であるにしても、信仰の行為の発端はもっぱら自由意志にかかっていると説かれた。この解釈は一般にはセミ・ペラギウス主義の特質であるといえよう」
(『教育改革者ルター』金子晴勇著、教文館、200頁)

トマスは、最初は、神人協力説のセミ・ペラギウス主義を説いていたのだが、アウグスチヌスの学びのあと、その説を捨てて、信仰による義認に変わったと、以前、本で読んだことがありました。それが、ここでも確認できました。引用個所には、最初の部分に、命題集注解、真理論、後者には、神学大全の個所が明示されています。また、セミ・ペラギウス主義については、『アウグスティヌスの恩恵論』金子晴勇著の169-194頁にも取り上げられているようです。

カトリック教会は、時に、セミ・ペラギウス主義であると言われる場合があります。この本では、オッカム主義には、その指摘は妥当するが、トマスは、最終的には、そうではない、ということになります。ルターは、オッカム主義の中で身につけたセミ・ペラギウス主義を克服した、と理解すべきではないかと思います。しかし、オッカム主義はカトリックのすべてではないと思います。

このへんの議論は、きっちりと詰めておかないと、互いに誤解すると思います。

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不幸の原因

パスカルは、『パンセ』117(ラフュマ版)で、「いったい、位を退けられた王ででもなければ、自分が王でないのを不幸なことと思う人がいるだろうか」(田辺保訳)と言っている。

だから、不幸とは、自分の本来的なあり方にふさわしい環境に、自分がいない時に感じるものだ。自分の本来的在り方をどう認識しているか、それが基準になっている。その基準が明確であれば、他人と競争する必要はない。しかし、自分が分からない場合には、その基準を外に求め、それで不幸を感じてしまうのではないだろうか。

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ブログ論

インターネットが個人に開放されて、その変化の最大のものはブログなのではないかと思うようになっています。

最初、電子会議室というものがあり、会話による問題の把握・深化が期待されていました。しかし、相手を目の前に置かない、言葉だけのやりとりは難しいものです。ちょっとした誤解で、会話がとぎれたり、続かない場合が出て、少しでも、そういうことがあると、引っ込んでしまうことになります。そうすると、書き込みはなくなります。

しかし、ブログでは、そういうことは一般的には起きません。なぜなら、個人の日記なのですから。そこで、個人は、自分の思いを開陳することになります。しかし、公開ですから、瑣末なもの、余りにも個人的なものは、その時点でカットするでしょう。

公開ですから、残った記録は、いつでも、誰でも閲覧できます。こういうことが蓄積されていけば、どういうことになるか。宗教の教団・教会も、無視は出来ないと思います。インターネットが宗教世界に、どういう変化をもたらすか、本が出ています。しかし、その中にブログという項目を入れるべきと思います。

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2007年3月24日 (土)

美しい日本

美しい 日本掲げて 立候補
 美には弱いよ 誰でもそうだ

日本を 征服せよと 汝(なれ)は言う
 愛もて融かし 美を表せよ

プラトンに ひとつ問いたい 首相もか
 日本のイデア それは何かと
 
こころ医者 今必要な 機能なり
 しなやか強き 社会目指して

美しい日本の中で
美しく生きていきたい

美は美術品の中にだけでなく
生き方の中にもあると思う

日々の人間関係の中
自然に流れ行く永遠の調和の中に

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いじめ

いじめられ 自殺などせず 耐え続け
 高田屋嘉兵衛 強く生きたり

自殺して 問題提起 するのなら
 不登校でも いいではないか

いじめには 異質なものを 排除する
 日本に深い 体質ないか

多元主義 融和日本に いじめあり
 いじめの因は どこにあるのか

いじめとは 異なる価値の 接触で
 表現仕方 拙劣の謂い

万物に 創造価値を 認めよう
 害される者 それでも何か

正義とは 超越彼方 めざすもの
 内なる正義 外なる正義

緊張の 人の関係 当事者は
 第三の人 相談すべし

どうしよう いじめの課題 限界を
 知らせることで 真の対話へ

いじめ側 弱さを隠す 心あり
 いじめる方も 脅されてあり

いじめられ そしていじめる 人の常
 いじめる人の 連鎖調べよ

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Hirokoさん

3月24日早朝のラジオ深夜便「こころの時代」で、ピアニストのHirokoさんによる「大陸に奏でるピアノ~生きる喜び」という題での講演と演奏を聞きました。感動しました。きっとアンコールで再放送されると思います。講演も、きっちりと決まってたように思います。何か、普通の日本人ではなく、宇宙人のような気がしました。初めて、この番組で知った人ですが、こういう人が登場することで、深夜便はますます評価を高めているのだと思います。

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芥川の死

芥川 自殺の因に 不安あり
 近代人の さだめを負うか

近代の 終焉を見る 解釈で
 今も病は 深刻にあり

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2007年3月23日 (金)

教育提言

教育の 危機これほどに 深まりて
 国の明日(あした)に 安心できず

校長も 生徒もみんな 自死時代
 国の将来 赤信号か

一部でも 増幅機械 あまたあり
 右へならいの 意識が怖い

教育に ゆとり求めて 試みた
 結果失敗 学力落ちた

学力は 結果を示す ものにして
 学に先立つ 徳に至らず

目標に 徳を掲げて 進みなば
 ゆとりの効果 期待できたに

学力の 偏重のなか 懐疑する
 主体があれば 再度ゆとりか

学力の 向上の前 することは
 生き方の質 高めることだ

教育は 理解の中で 進むもの
 気づき楽しむ 遊びの中で

教育の 前のしつけが 問題で
 しつけの前の 生き方を問え

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デカルトの宗教

下村寅太郎氏の著書で、文庫本『女王クリスチナ』がある。中を見ると「改宗」という項目がある。

デカルトが晩年、スエーデン女王の招きで、スウェーデンに行き、まもなく、そこで死んだことは、よく知られている。そのスウェーデン女王が、この本の主人公で、彼女は、その後、プロテスタントからカトリックに改宗し、その改宗の動機にデカルトが間接的に係わったというのが、この本の示すところ。

実際、クリスティナの言葉として、そのような趣旨のものが残っているらしい。このような事実は、初耳であり、興味深く読んだ。この本によれば、デカルトはカトリックの信仰を告白して死んでいったという。

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ポストモダン

デカルト後 ポストモダンの 模索あり
 新中世が ほんとのポスト

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子供のころ、死がなんとなく怖かった
自分の死もそうだが、家族の死も、同様に怖かった
   
しかし、転機があり、死とは眠りのようなものに思われた
一日の疲れに包まれた安らぎの眠りがあるように
   
死もまた、好ましいように思われた
死と眠りの間には類似性があるのかも知れない
   
輪廻転生も復活も
新しい生がある、といっている
   
死に希望を発見して
死は怖くなくなった

歴史を扱った映画や小説などでは、人間が簡単に死んでしまうシーンがよく出てくる。これは、人間の物化を助長するものとして問題を感じていた。

しかし、死というものは、人間の最大のテーマである。このテーマに取り組まないでは、人に感動を与えないであろう。その意味で、死が出てくるというのは、しかたのないことである。実存的なテーマが、人間にとって大切なのである。

人間を「死に向かう存在」と言ったのは、ハイデガーであった。死は未来に人が出会う時である。その意味で、その言葉は間違いではない。しかし、死が無意味を意味するのであれば、無意味を目的とする存在は、ありえない。そんなところに、この人間定義への疑問があるのかも知れない。

人間の存在を支えるのは意味であり、価値である。意味、価値のないところでは、人間は存在を支えられないのである。しかし、死は、それらを抹殺してしまう。だから、人は死を考えないようにして生きるのである。

しかし、事実を曲げることはできない。真面目に人生を考えようとする時、人はニヒリズムに陥り、恐らく、真面目な人であれば、生きることができなくなるはずである。

多くの宗教がある。イスラム教、ユダヤ教、そしてキリスト教の一神教、それに仏教。しかし、死の解決として、復活を提示しているのはキリスト教のみである。こんなことは誰でも知っている。しかし、本当に誰も真剣に考えようとはしない。

死を無意味、無価値としてではなく、逆に意味あること、価値あることとして考えるべきだ。悲しむべきことではなくして、喜ぶべきこととして考えるべきだ。それは、普通の人の価値観の中では矛盾であり、葛藤を生み出すだろう。しかし、人間が健全に発達を遂げるには、そう考える以外に方法がないのである。死を完全に肯定し、かつ意味あらしめるためには、復活を考えるしか道はないのである。

黒沢明監督の映画「夢」の中に出てくる、死を喜ぶシーンは、今も多くの人々に考えさせるものを持っているのだ。死を本当に喜べるのだろうか。その根拠は。

人は死ぬ それもまた良し 死なざれば
 地球に人は 溢れるばかり

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ブログ回想KJ法

ブログにて 回想もとに 試みる
 KJ法で 何が出てくる

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2007年3月22日 (木)

生涯学習論

漠然と 魅力感じて 資格取り
 生かす道なく されど盛んに

生涯学習に関心があり、通信教育で、生涯学習2級の資格をとった。しかし、それだけでは、なかなか使い道がない。何か、具体的な方法が必要である。

現代は、学習する意志があれば、方法はいくらでもある、といった時代である。

誰でも容易に出来る生涯学習で、私が勧めるのはNHKラジオ深夜便を毎日聴くことと、もう一つは放送大学を利用すること。この二つはただ(放送大学は入学するには費用が必要)。聴くだけで、その人に、やがて変化が現れてくると思う。

放送大学では、中学校での教師が教授となっていて、懐かしかった。また無教会の故関根正雄氏の子息清三氏が倫理思想の話をしている。なかなか聞き応えのある講義であった。

関根さんは「十戒」について講義していた。神を論じていた。象徴の理解の大切を説く中で、「存在の類比」の考え方も込められていると思った。なかなか聞き応えのある話。教会では無理だろうし、大学でもなかなか聞けないような貴重な内容である。こんなものが自宅で寝ながらでも聞けるというのは、現代人は幸福と思う。同時に、密度の濃い宗教思想が、こんなふうにして、一般の国民に伝わるのであれば、そこから何が起きてくるのかは、十分期待できるように思う。

志があれば、今では生涯学習は可能である。その意味では、よい時代になったと思う次第。

放送大学の講義は、放送大学の学生にならなくとも、誰にでも開かれている。その講義は、いつでも聞ける。通勤時間でも、道を歩いていても、講義を録音しておけば、自分の好きな時間に聞ける。問題は、学習する意欲がどうしたら生まれるかである。

第一級の講義には、その意欲を掻き立てる力がある。放送大学の講義は第一級の講義である。心の中にくすぶっている思いが、それらの講義を聞くことで表現を見出す。そして、明確な理解へと発展する。それは自分の生き方にもプラスになる。

特に、放送大学では思わぬ発見をすることがある。

トマス・モアのユートピアについて語った講師がいた。その宗教的視点を示唆された時には、新鮮な驚きを感じた。教育は宗教ではない、教育は生まれた人の成長を目的とするが、宗教は生まれた人の、生まれ変わりを含意している。

しかし、ユートピア思想の中には、生まれ変わりという宗教的要素が教育の中にも含まれているとの話で、何か考えさせられた。

ユートピアが、存在しない場所という意味であることは知っていたが、そこを通過して、人は新たに生まれるという思想は初めてお目にかかった。今、こういう考え方があるということに気づくには、現在の思想に注意しないといけない。

学習は 自発的なる ものにして
 謎かけられて ゲーム感覚

訓練は 生涯続く ものなれば
 道を見つけて 右肩上がり

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短歌論

■1

短歌とは シュプレヒコール 我にとり
 続けていけば 歴史も動く

短歌とは 思いを乗せる 器なり
 日本由来の シュプレヒコール

短歌にて シュプレヒコール 続けよう
 日本文化の 伝統に立ち

シュプレヒコールは最近は余り聞きませんが、大学紛争の時、シュプレヒコールは日常的なことで、よく聞きました。しかし、今は、どこかに行ってしまいました。

短歌はシュプレヒコールのようなものかも知れません。それは祈り、願い、一つ一つはたわいなくとも、継続していけば、やがて効果を生む。短歌も本質をつくのであれば、たとえ、見かけはたわいなく見えても、簡単・単純に見えても、その効果を期待できるのではないでしょうか。もちろん、専門家にとっては、こんな見解は邪道かも知れません。

日本文化の短詩には俳句もあります。俳句愛好者には申し訳ありませんが、私としては、俳句より短歌に期待しています。俳句は短か過ぎます。短歌も短いのですが、それでも、何かを伝えることができます。両方とも、添え書きがあれば、もっとよいと思います。

■2

短歌とは 見出し文化 見出し見て
 想像すれば 頭体操

短歌にて 思想表現 評価する
 鶴見先生 本の広告

2007年3月11日の朝日新聞と思いますが、広告欄で、故鶴見和子氏が、短歌は思想表現のよい道具というようなことを言っていました。この文字数の決まりを守って、思想だって表現できる。私は、そう思っています。

見出し、キーワードで、全体をまず想像している。それは情報過多の現代社会に生きる上で大切な方法ではないでしょうか。短歌の、私流の楽しみ方です。

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死の準備教育

2006年5月14日、放送大学で、「死の準備教育」という題での授業・講義があった。大切なテーマと思う。

死を避けずに、テーマにし続けること、そして死への免疫を作ること、それは同時に生きることの意味を問いかえすことと同じこと。そんな視点で、この課題を継続的に追究していって欲しい。

ところで、だいぶ前から、カトリックの神父さんが、死の準備教育を提唱している。

思えば、孔子も釈迦も、死については語っていない。問われることはあったらしいが、むしろ、生きることに目を向けさせた。死の準備教育の意義を認めていなかったのであろうか。死後について、人の何かが残るということを考えなかったのかも知れない。

釈迦は四苦の中に「死」を入れているのだから、問題意識はあったのだろう。

ところで、カトリックの教えは、死後もまた、人の存在は続くというもの。この違いが、神父さんらに死の準備教育の必要性を裏付けているのではないだろうか。であれば、死の準備教育に賛同する人たちは、死後もまた人は何らかの形で存在し続けるという考えに異論はないということかも知れない。

孔子や釈迦の教えに逆らい、今も多くの日本人は、死者に対して、安易に「天国に行った」と言う。そのことに抵抗を感じていないように思える。果たして孔子や釈迦は、どう思うだろうか。

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サタン

テロ・サリン 戦争もあり 新世紀
 サタンのあがき それもありそな

サタンとは 人にはあらず 元天使
 協力すれば 人の罪なり

悪いのは サタンであって 人でない
 司法で語る 被告もいたが

生の世に サタン活躍 生つぶす
 死の彼岸には サタン及ばず

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2007年3月21日 (水)

遺伝子

遺伝子を 見る手助けを いたしたく
 見ればあなたは 新しき人

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悲惨

悲惨とは 自分の悲惨 知らぬこと
 打ち勝つ我に 固執する人

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短歌入門

短歌など 誰にもできる そう思い
 始めたけれど 奥は深いと

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傍観者

傍観し 思いを述べる 死ぬ日まで
 真(まこと)があれば 働きもあり

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思い込み

思い込み 選択肢なく 力づく
 対話はできず 真意を知らず

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青春

青春は 恥らう二人 いつまでも
 「恋 はるか」聞き 春に涙す

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鬼コーチ

鬼コーチ 「許せない」との 言葉あり
 「雅」(みやび)の名前 落差があるね

昨年末から中国シンクロのコーチになった日本人のIさん、名前には雅の文字かあるのてすが、3月20日の世界選手権のデュエットTRで4位になった中国選手のエレメンツ(規定要素)失敗に「あれは許せない」と言ったとか。

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2007年3月20日 (火)

問い

問い続け なお問い続け 時は満つ
 その瞬間に 視界開けん

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道歌

生活を 革新しよう 道歌にて
 日本文化を 生活化せよ

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休み

「休む」という字は木の傍らに人がいるという意味である。これは実に暗示的な言葉である。この場合、木はキリストの十字架と思えばよい。

昭和5年3月28日、内村鑑三が亡くなり、2日後の30日、今井館聖書講堂で石原兵永の司式で内村の葬儀が行われた。その時、藤井武は告別説教「私の観たる内村先生」の中で、こう言った。

「考えて見ますと、私どもは最初から十字架の木の下に先生を発見したのでありました。先生はその信仰生活の首途からして、しっかりこの木を握っていました。そうして爾来50年間1日もこれを放すことをしませんでした。先生は十字架をかざして現れ、十字架にたよって戦い、十字架にすがって去りました。十字架を離れて内村先生なしであります。先生を十字架から引き離して考えるほど無意義なことはありません」

十字架の木の傍らで、人は永遠の休みを得ることができる。しかし、実際は、復活、そして聖霊降臨においてである。木の傍らにいても、聖霊の内住にあずかっていない人の場合、魂に休みがあるのかどうか保証はしない。

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詩人哲学者

天上の 音楽を聴き 執筆し
 実存にあり トマスに向かう
 
吉満義彦は詩人哲学者であった。彼は天上の音楽を聴きつつ書いたと言っているが、そこには透き通った情といったものが流れている。彼は聖トマスのスンマを読み続けた。スンマは彼の臨終の床にもあった。しかし彼の思考はスマンとは異なり、むしろ実存的であり、その点では、聖アウグスチヌスの系譜にある人のようでもある。

吉満義彦の文章は確かに難解で、この点では大衆的でない。私は文章に関しては、むしろ内村鑑三の方を好む。彼の文章は短く、そして分かりやすい。また明瞭でもある。彼は理系の人間であったが、聖トマスもアリストテレスも、どちらかといえば、理系である。これに対し、吉満は文系であったと思う。

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吉満義彦の文献

 以前、吉満義彦の文献について調べたことがあった。現在では変わっているかも知れないが、参考として紹介したい。

  国会図書館には、いくらかはあるが、それほど多くはない。日比谷図書館には全然なかった。講談社の全集さえ置いてない。大宅壮一文庫にも、吉満義彦という著者の項目はないとのこと。

 吉満の文献について、一番整理され、充実しているのは、やはり、聖三木図書館ではないかと思う。
 
 特に、「カトリック思想」の吉満義彦追悼号には、詳細な文献目録がある。これらを探し出し、集めて、丹念に読んでいけば、いろいろな発見をするだろう。また、この号は、実に充実していて、読みごたえがある。遺稿としては、吉満の三編の詩、そして病床の覚書である「哲学的・宗教的断想録」があり、貴重な示唆を与えている。

 「潮風」誌に中山氏が、吉満について連載したことがあった。

<聖三木図書館にある文献>
●吉満義彦全集(全5巻 講談社)
 1.文化と宗教、昭和59、410頁 2.中世精神史研究、昭和59、360頁 3.近世精神史研究、昭和59、509頁 4.神秘主義と現代、昭和59、528頁 5.詩と愛と実存、昭和60、525頁
●「カトリシスム・トマス・ニューマン」(東京・新生堂 昭和9)
●20世紀思想4「神秘主義・象徴主義」(274頁)の一部で、「神秘主義概論」(7頁-44頁) これは三木清他編 河出書房 昭和13
●「詩と愛と実存」(河出書房 昭和15 323頁)
●「詩と愛と実存」(角川書房 昭和23 256頁)
●「中世精神史研究」(みすず書房 昭和23 316頁)
●「近世哲学史研究」(みすず書房 昭和24 312頁)
●「神秘主義と現代」(みすず書房 昭和27 251頁)
●「哲学者の神」(みすず書房 昭和22 209頁)
●雑誌「カトリック研究」vol23,no1 特集「神秘思想研究」の一部 上智学院出版部 昭和18 383頁
●「文化と宗教の理念」(みすず書房 昭和22 224頁)
●季刊「創造」no11、「女性と文学特集」の一部 欧亜書房 50-62頁 象徴としての女性
●「キリスト教」(武田清子編 筑摩書房 1964 405頁)の一部「文化と宗教の理念」(306頁-323頁)
●「文化と倫理 附・充足的ヒューマニズムの問題」(十字堂書店、218頁)
●J・マリテン著「形而上学序説」(エンデルレ書店、301頁)の訳
●「カトリック思想」第2号「吉満義彦氏追悼号」(季刊、カトリック研究社)
●「文化倫理の根本問題」(新生堂 昭和11 234頁)
●ジャック・マリタン著「宗教と文化」(甲鳥書院、204頁)の訳
●「自然科学と宗教性の形而上学」「科学と信仰」の中にある。カトリック研究社 39頁

<国会図書館所蔵の文献>
●「吉満義彦全集」第1巻-第5巻 講談社 1984.9
●「吉満義彦著作集」第1-2巻 みすず書房 昭和23
   第1巻 文化と宗教の理念
   第2巻 宗教哲学論集(第1 中世精神史研究)
 「吉満義彦著作集」第3巻 みすず書房 昭和24
   第3巻 近世哲学史研究(第2 宗教哲学論集)
 「吉満義彦著作集」第4巻 みすず書房 昭和27
   第4巻 神秘主義と現代
●「詩と愛と実存」 角川書店 昭和23

<その他の文献>
●訃報 朝日新聞 昭和20.10.27
●「近代の超克」富山房
  論文を提出している。座談会の中では、前半、吉満が盛んに発言している。
●「吉満義彦と近代の超克」猿渡重達・聖マリアンナ医大講師、比較文学(毎日新聞、1981・10・14)
 「創造」誌及びカトリック文芸叢書(甲鳥書林)のことに触れている。
●「人生の秋に ヘルマン・ホイヴェルス随想集」春秋社
 「吉満先生を見送る言葉」と創作「哲学者」がある。「哲学者」からは、吉満の日常生活をうかがうことができる。
●「創造」。聖三木図書館と上智大学キリスト教文化研究所にある。
●「政治と宗教--カール・バルトはどう闘ったか」(山本和、教文館、昭和49)の中の「第4章 人と闘う神学者」の項に、吉満義彦「カトリシズムと弁証法神学--カール・アダムのバルト神学批判」に対する反論がある。
●遠藤周作の小説、随想に出てくる。
 「お茶を飲みながら」(集英社)224-225頁
  吉満及びカトリック教会に対する遠藤氏の評価というものが、率直に出ていて、貴重な問題提起となっている。

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インターネット

インターネットは現代の神かも知れない
しかし逆に、現代人を破滅に導く制度なのかも知れない
   
中世社会の中で文明を後世に伝えたのは
修道院にあった知識の蓄積であった
   
インターネットには、その比ではないほどの
膨大な知識と情報が詰まっている
   
時が世紀の橋を渡るころ、
生活の土台も変わってきた
   
こんな変化は神以外に、
なし得ようはずはない
   
だからインターネットは、
現代の神なのかも知れない
   
もちろん神ではないが、
過去の誰もが経験しなかった驚きの表現だ
   
しかし、別の目で見れば
現代人を破滅に導くもののようでもある
   
現代人は多かれ少なかれ、情報にこき使われている、
インターネットは、それを加速している
   
古代ギリシャでは、奴隷たちの働きの上で、
その社会の中で、考える余暇を得た人もいた
   
こうして生まれた学問が
現代まで伝わっている
   
機械という奴隷による成果としてのインターネットに
現代人は、逆に嬉々として戯れている
   
思索の蓄積がなく、ただ情報に反応して
演技している人たちが多い
   
生活が便利になって、余暇が生まれると思ったら
逆に忙しくなってしまったが、なぜだ
   
人は余暇を恐れているみたいだ
気晴らしのためのインターネットかも知れない
   
こうして自分を忘れていく
一時の甘味の中に虚無が深まる
   
インターネットも使い方を考えないと
人を滅ぼす殺人機に変貌するかも知れない
   
ネット病という
新しい現代病が生まれている

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2007年3月19日 (月)

「我思う」再考

デカルトの「我思う。故に我在り」は、どのように解釈すべきか。これは、「我思う」の中に、人間存在の究極的根拠を置くということで、これまで多くは、この解釈を取ってきた。自立存在の原点としての「我思う」が、一般的解釈ではなかっただろうか。

これに対して、キリスト教信仰の側では、神との関わりの中で、存在というものを捉えるのであるから、このデカルトの立場は、神から分離しても人間存在というものは確立できるというように考えられ、そこにメスを入れたのである。北森嘉蔵氏のデカルト批判も、そうである。

しかし、「我思う」について、別の観点も大切と思った。

昨日(93年4月13日)、立花隆氏がコリン・ウィルソン氏と対談(メディアは不明)していた中で、人間存在がただ意識だけの状態になった時、立花氏は、デカルトの言葉「我思う。故に我在り」を思い出したという。これは、人間の本質が意識、あるいは理性ということの意味で捉えるのであれば、それは、その限りでは正しい理解であろう。「我思う。故に我在り」という言葉を「人間は理性的動物」という言葉に置き換えれば、何も問題はないのである。その制約の中での言葉であれば、問題はない。

しかし、そうではなくして、人間の究極的存在、全くの自立的存在としての支えとして「我思う」が登場したのであるから、問題を提起したのではなかったか。

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ドイツの教会

ペリカン著『ルターからキェルケゴールまで』という本を興味深く読んだ。以下は感想。

ルター派の神学と哲学との関係、キリスト教思想の解明という点で興味があった。メランヒトンから始まるプロテスタント・スコラ学というものが正統主義を形成したのであった。

ルターはアリストテレスを拒否したのだが、彼の後継者メランヒトンはアリストテレス主義をルター派教会の中に導入した。そして、ルターの本意とは違う教会が出来てしまったのだという。ルターにとって、アリストテレスは何であったのだろう。

ルターとルター派教会とは、違うという。ルターはルター派教会の中で浮き上がっているとしたら、ルター派の信者が自分の信仰の確立のためにルターの本に親しんでいく時、それはルター派教会の実体から離れる。アリストテレスに対する評価に関して、ルターとメランヒトンには対立があった。その意味は何なのだろうか。

メランヒトンによって形成されていくルター派教会というものは、ルターの意図に反して恐ろしく、哲学的な教会になっていく。そして、ドイツという国が哲学の国になっていく。しかし、それは中世のような壮大な体系を形成することは出来ずに、人間の主観性の展開という性格を帯びたものになった。

カントの意義というものは、ルター派正統主義と敬虔主義との間にあって、信仰の領域に有害な思弁を追い出すということにあったのであろう。彼の評価というものは、彼の置かれていた環境を除外しては理解できないのである。

さて、中世というものはギリシャ哲学とヘブライの信仰との総合であった。そして、プロテスタントの批判というものは、その総合が並列的総合であり、そこにあっては、信仰が歪められたというものなのではないだろうか。しかし、その総合は並列的ではなくして、階層的であったのではないだろうか。そこでは、総合により、ヘブライの信仰の本質は失われなかったのである。少なくともトマスにおいては、そうであった。従って、中世はやはり、人間ではなく、「神中心の時代」という性格を持ち続けるのではないだろうか。

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2007年3月18日 (日)

言葉使い

素材はね それは過去だよ 見えるよね
 言葉使いは 過去の解釈

解釈は 現在なのだ 祈りこめ
 未来見つめる まなざしのうち

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2007年3月17日 (土)

予感

臨海の 副都心行き ゆりかもめ
 その景色見て 新世界かな

東京の 湾を越えると 別世界
 科学技術の 最先端か

トンネルと 橋の違いは あるけれど
 「雪国」初め 連想したり

パソコンの 幕張メッセ 展示会
 世界最大 関心高し

副都心 幕張あたり 予感あり
 未来社会は やってきている
  

私は平成8年の春、4月6日、開発進む臨海副都心に行った。JR新橋駅から高架線の新交通「ゆりかもめ」に乗り、終点の有明駅まで、その景色を眺めた。モノレールが東京湾にかかるレインボーブリッジを越えると、そこは最新科学・技術の別世界だった。川端康成の小説「雪国」の冒頭の言葉が思い出された。

その年の6月29日に幕張メッセで世界最大のパソコン関連展示会「ウィンドウズ・ワールド・エキスポ」があり、4日間で、19万人が集まったという。

この臨海副都心と幕張周辺は、なにか未来社会の予感がする。

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大航海時代

世界史に 大航海の 時代あり
 今その予感 我はするなり

マゼランの 世界一周 そのころで
 雄飛の心 みなぎる時代

比に着きて マクタン島で 戦死すも
 一行ついに 偉業をなせり

我ら今 IT時代 迎えたり
 あの航海の 時代を思う

昔日は 我が体もて 旅に行く
 今自宅にて 世界一周

昔日は 近世夜明け もたらして
 今は近代 その彼方へと

第二次の 大航海の 時代来る
 現代はその ただなかにあり

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デカルト批判

デカルトは 思惟する我を 基礎に置く
 されど不安は 我を溶かさん

デカルトは近代思想の父と言われています。その根本原理は、「思惟する我」の「存在」でした。しかし、不安は、その存在を崩そうとしています。それに気づいたのが実存思想だったのではないでしょうか。実存思想は、近代思想を超えるものを求めているのではないでしょうか。

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2007年3月16日 (金)

西洋思想の本質

関根節 西洋思想 本質を
 信仰・理性 からめて説けり

放送大学で、ラジオ放送による関根清三氏(東京大学教授 放送大学客員教授)の15回連続講義「倫理思想の源流」が3月16日、終わりました。名講義と思います。西洋思想の本質を、きっちり語られたという感じがしました。信仰はヘブライ、理性はギリシャ、その二つが西洋思想の本質ということです。

キリスト教を学ぼうとした時、ヘブライは当然として、なぜ、ギリシャをということが分かりませんでした。日本にギリシャの伝統はありませんから。ヘブライだけでいいのではないか、と思いました。しかし、ギリシャは理性の立場なのだということで、その必要性を確認する時が来ました。

かつて、ヤスパースの『哲学の学校』という本を読んだことがありました。オリジナルはラジオ放送だったとのことで、こういう放送を聞けるドイツ国民の教養に高さに驚いたことがありました。

しかし、今、日本でも、放送大学で、質の高い話を自宅で、自由な時間に聞くことができます。

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遊び心

まず遊ぼ その延長に 仕事あり
 逆にするのは 時代遅れか

自分の関心、興味、好奇心が大切ということです。

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2007年3月15日 (木)

フィヒテ

物自体 信仰により 届くもの
 信仰なしに つかむフィヒテよ

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2007年3月14日 (水)

目的意識

学びには 目的意識 前提で
 前提を問え そこで実験

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若き日に

若き日に 生涯通し やれるもの
 見つけ出せたら 続ける幸よ

運動も 軽いものでも いいけれど
 老いてもやれる ものがあればと

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安保

豪入りて 日米二極 移行する
 安保の事態 視界広げて

ささやかな 動きなれども 重要で
 日本の主体 問われ生まれん

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人生の目的

目的を 探そうそして 絞り込め
 反復しつつ 深化を目指せ

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2007年3月13日 (火)

歯車

人間を 歯車にする 社会には
 ニートの抗議 当然だろう

歯車に ならずに生きる すべあるか
 希望の炎 潤滑油にと

政治は、正社員とフリーター、ニートとの社会的格差に危機感を持っている。しかし、どんな職業を選ぶかは、その人の自由である。

正社員になれば分かるが、それは社会の中での、あるいは会社の中での一つの歯車になることである。そして歯車になった時、残念ながら、自分の人生すべてが見えてしまう。気づいた時は、もう時間がなくなっている。こんな人生でよかったのだろうか、反省しても、後の祭りなのだ。

フリーターをしながら、自分の本当の生き方を見出す努力をするのも、一つの生き方ではないだろうか。その方が幸福だろうと思う。今週、「ハケンの品格」が最終回を迎える。大前春子のような人物は、現実にはいないだろう。面白いドラマであった。

ニートの方たちにも、その生き方に、今は意味があるのではないだろうか。何もしないという生き方を通して、社会に問いを発しているのではないだろうか。その問いに応えられる柔軟な社会が出来れば、社会の質は、もっと向上し、ニートの人たちも社会の中での自分の場を見出すのではないだろうか。

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成長への願い

戦後、沢田美喜さんが戦争孤児たちのために、大磯駅の近くにエリザベス・サンダース・ホームを開設した。孤児たちは誕生したが、成長のための環境を与えられていなかったのである。

内村鑑三は無教会を提唱した。教会という環境のない者たちのために。

命は存在し、成長しなければならないのである。

ニートの若者たちは、自分たちは考えたことがないかも知れないが、成長のための環境を失っているのだろうかと、周囲の人たちは心配しているのである。

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定型

雑談の 中に貴重な 宝あり
 もったいないよ 定型にせよ

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証し

欧米の 人の間で 短歌詠む
 我日本人 その証しなり

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断片重視

断片に 洞察もあり つなげれば
 見えてくるのだ 未来の姿

体系を 作る余裕は ないんだよ
 社会激変 多様な刺激

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2007年3月12日 (月)

ニートさんへ

閉じこもり 人には知れぬ 旅路ゆく
 はるか彼方で ニートと呼ばれ

・・・

閉じこもりと見られるニートの若者たちを
社会全体が心配している

彼らは一体、何を訴えているのか
何を、われわれは読み取るべきか

われわれが本当に恐れているのは肉体の死ではない
生きる意味が見出せないことだ

この恐れをニートの若者たちが訴えているのであれば
であれば、社会の中に、その回答はない

社会もまた、人と同様に
死を免れないであろうから

・・・

ニートさん 大疑現前 心境で
 大死一番 悟りの前夜

ある時期の 釈迦もダルマも ニートだね
 ただ違うのは 願いの質か

自己見つめ ニートの言葉 かっこいい
 目的知らぬ 社会の鏡

・・・

情報を 遮断していた 編集長
 ニートさんらも 同じことだね

以前、ある英国のジャーナリストが、時々、情報遮断するという記事を見たことがあります。情報は、時に遮断しないと、自分の健康が維持できないと思います。

マスコミも競争で、国民的関心の一元化空気を作っているのでしょうが、マスコミ人だけでなく、本当に疲れます。日本にいると、どうしても日本の情報や関心で振り回されてしまいます。しかし、外国に短期でも滞在すれば、それらは大して重要でもない、遠い異国のことだということに気づきます。

特に、生き方の根本意識が確立していない若い人たちの場合には、情報で自己分裂を起こしてしまいそうです。情報の海に船出するには、認識の反省が時に必要になります。

・・・

人生が あなたの前に あるんだよ
 どう使おうが あなたの自由

自立の価値は、人生の選択が自分に与えられている点にあると思います。自分の人生は、自分で選択しなければなりません。ニートの人たちも、それは分かっているのではないでしょうか。人生の時間とは、自分に与えられた大切な宝です。人生とは、自分に与えられた時間なのだと、日野原重明氏も言っています。

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美しい国

●美しい 国造りへと 船出する
 品格指摘 あの人も支持

安部内閣が発足。内閣の目指す「美しい国」の内容を聞いていると、『国家の品格』を読まれたのではないかと思ってしまいます。それは、それでいいのです。しかし、問題は日米関係ですね。日本が真に精神的に独立することを志向する時、それは米国の影響から離れ、自立する方向を示していますが、その時、米国の反応が気になります。戦前に戻らず、しかも米国から自立するには、日本に必要なものは何か、それが日本の美しさなのかも知れませんが、その普遍性をどう考えたらいいのか、ですね。

●首相言う 美しい国 いにしえの
 人は言わない ちと恥ずかしい

美の標語 造る人をも 呼び寄せる
 質問に立つ 女性議員よ

現内閣は「美しい国造り」内閣だそうです。昨年10月4日の参議院代表質問で、「造る人」の一人、自民党の有村治子議員の質問を聞きました。堂々としていて、鮮烈なる印象を残したと思います。

●美しい 国造りには 心から
 心を磨き よい国造ろ

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朝青龍

気負い立つ 朝青龍は 二連敗
 双葉山には まだまだかもね

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よい社会

江戸よりも 明治が良くて 戦後なお
 よくなっている そうではないか

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逝きし友 記憶の中に 留まるが
 尋ねてみたい 今いずこにぞ

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社会主義

社会主義 中庸目指す 心なら
 神は嘉する 無神の徒でも

協同の 組合思想 その中で
 出で立ち香る 理想郷かな

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格差社会

格差ある 社会の悪を ア氏は示唆
 中庸が良い 倫理学にて

ア氏とはアリストテレス

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君が代訴訟

例外が 当たり前だに なったなら
 社会バラバラ 誰もが不安

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世界同時株安

円金利 同時株安 因をなす
 子どもニュースに 教えられつつ

上海と 日本の二つ 株安の
 要因となる 世界は回る

円安に 賛成の人 株安で
 得しただろか 損しただろか

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アハ体験

閃きや アハ体験を 短歌にて
 表す日々は 楽しかりけり

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コンプライアンス

法令を 順守せよとの 取り締まり
 業者と対話 法は利の下

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2007年3月11日 (日)

万歩計

万歩計 一万歩無理 半分を
 日々の日課に パソコンつなぎ

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北の丸公園

雨あがり 公園に行く 空気澄み
 人影まばら 生気を感ず

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発見

発見の 続く日々あり ささやかな
 生きがいがあり 今日も我生く

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新中世

中世が 近世の上 超然と
 眺める姿勢 それは取らずに

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月がとっても

都々子さん 月がとっても いい曲で
 父が作曲 初めて知った

菅原都々子さんの「月がとっても青いから」の曲は、菅原さんの父の作曲だそうです。深夜便で初めて知りました。

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2007年3月 9日 (金)

則天去私

老病死 許されてあり 誰にても
 ありがたきかな ありがたきかな

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詩人

悲劇の中に詩は生まれる
詩人誕生は神のわざ
   
詩人の魂に焼きついているしるし
そのしるしのため日々、死に直面している
   
殺伐とした世にあって
天来の炎が魂の古層に触れ
   
新たなる創造の言葉が
泉のように湧き出てくる
   
民族の誇りとは、
一人の詩人を得ることなのだ
   
地底から、そして遠くから
うめくような叫びが聞こえる
   
深淵から立ち上る炎には
存在を無化していく不気味な力がある
   
それを聞くな、見るな
深淵をのぞくな
   
むしろ理想をみつめ
理想を語ろう
   
焼かれる体の中から
魂の浄化が始まる
   
復活者の愛の神秘の中で
やがて叫びはやむ

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詩人

詩人とは 露払いなり 新時代
 まさに来たらん 歌わざらんや

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2007年3月 8日 (木)

現代社会

現代は 知識・情報 雨あられ
 パソコン・IT なしに日暮れず

若い人の場合は、ケイタイでしょうか。

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不幸の消滅

生きていると、
常に「幸福であれ」との激励を受ける

不幸であるという選択が
できにくくなる

しかし、自分の不幸を嘆き悲しむ日々が
やってくるかも知れない

生きているのは不幸、死ぬのは喜び
そんな心境になった時

生きている日々のどこにおいても、
不幸という実感はなくなっているのかも知れない

使徒は、こう言っている。
「わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である。」(ピリピ1・21)

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発見

弱き我 日々の行動 狭けれど
 発見はあり 日々新たなり

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2007年3月 6日 (火)

三位一体の信仰

父よ、万物はあなたから出て、あなたに帰ります。
あなたは、万物の目標、また我らの人生のゴールです。
あなたのもとに全き安らぎがあり、すべての意味が隠されています。
それ故に、万物はあなたに向かっているのです。
子よ、あなたは父への道です。
あなたは人となられたが故に、
われらは、あなたを知ることができました。
われらの眼は、あなたを見、耳はあなたの声を聞いたのでした。
その言葉は不思議な言葉であり、ただ父を示していたのでした。
そして、聖霊よ。
われらのうちにあって、神を示すお方よ。
子という道を辿りつつ、
父を目指して、時の中で巡礼の旅を続けるわれらに
その道が正しいと確信させる方は、
まさにあなた。
父がいなければ、万物は無意味。それ故に、父が見つからなければ、人は父を造るのです。
子がいなければ、万物は絶望。目標に到達するための道がないからです。
そして、聖霊がいなければ、信仰の正しさが確信できないのです。
こうして、三位一体の信仰こそが、真実の信仰であることが分かるのです。

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2007年3月 5日 (月)

国会図書館の言葉

国会図書館の本館1階カウンターの上の壁に「真理がわれらを自由にする」という言葉が刻まれている。右側には、ギリシャ語があり、なにやら、聖書の言葉らしい。

該当個所は、次の聖句だろうか。

「そして真理は、あなたがたに自由を得させるであろう」(ヨハネ福音書8・32)。

聖書では「あなたがた」だが、「われら」に変更になっている。変更の理由も分かるような気がする。「あなたがた」では、図書館が真理の立場に立っているようで、なにやら押し付けがましいような気がする。

しかし、この言葉は、やはり聖書に根拠があるのだろうと思う。

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2007年3月 4日 (日)

霊魂のゆくえ

人は死後、どうなるのだろうか。自殺が問題になっているが、自殺を思う人たちは、この問題を、どう考えているのだろうか。簡単に答えたり、問いを無視したり、いろいろな対応があろうが、一度、本気になって、問い、また回答を探してみたらどうだろうか。なぜなら、生きているみんなの真剣な問題でなければならないと、私は思うから。民俗学の柳田國男の関心も、そのへんにあったようである。

「定本柳田國男集」(筑摩書房刊)の「月報16」(昭和44年9月)にある佐古純一郎氏の「大いなる遺産」という柳田國男印象記には、「霊魂のゆくえ」を思案する柳田の姿が書かれている。

佐古氏は戦後、創元社の編集部に復職して柳田國男の係になり、成城学園の柳田宅を訪れた。その時、いろいろと質問を浴びせかけたようだが、「柳田先生ほど、しんけんに、霊魂のゆくえについてお考えになっている方を、わたしは存じませんでした」と、次のように言っている。

「昭和二十三年の五月にわたしはキリスト教の洗礼を受けたあと、はじめて柳田先生をお訪ねしたとき、おそるおそる、そのことを申しあげました。ひょっとして、そのことで先生から批判されるのではないか、というけねんがわたくしにはあったのです。そのとき先生はひとこと、『それはよかったね』とおっしゃって下さいました。それからあと、先生のもとにお邪魔するたびに、むしろ先生のほうからわたくしに向って、『こういうことはキリスト教ではどう考えるのかね』『きみは、ほんとうに復活を信じるのかね』といったぐあいに、いろいろとおきき下さるのが常でした。そうしてあるときには、『きみなども、キリスト教を宣伝するのなら、ぼくのような人間を改信させるくらいでないとだめだよ』などとおっしゃるのでした。それはけっして、わたくしをひやかしてそんなふうにおっしゃるのではなく、なにかやはり、いつも、ご自分の霊魂のゆくえを思案していらっしゃる先生のしんしなお心からの、ほんとうにへりくだったお言葉なのでした」

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遍歴

信仰の 遍歴評価 重層と
 賢治を語る 山折氏評

賢治は宮沢賢治のこと、山折氏は山折哲雄氏のこと。宮沢賢治と宗教(プロテスタント、カトリック、浄土真宗、日蓮宗)との関係など、詳しく紹介し、賢治の重層信仰を評価している。
無教会の斉藤宗次郎の生き方が、「雨ニモマケズ」の詩の世界に似ているという指摘は、よく知られているが、それを指摘した人は山本泰次郎だあったという。山折氏は「それはそのとおりかもしれないと思いましたね」という。
(『宗教時報』=NO.102,平成11年7月、文化庁文化部宗務課=の中の「心の教育」山折哲雄・白鳳女子短期大学長、参照)

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波長

捜すのみ 古今東西 目を広げ
 我が波長人 いずこから来る

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父子

父子あり 帽子の父の 影法師
 人生論を 語り合う仲

コペル君とおじさんの関係は、うらやましい関係です。そんな人間関係を描いた、続「君たちはどう生きるか」を待ち望みたいと思います。舞台は何か、東北大学のような感じがしているのですが。

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2007年3月 3日 (土)

北村透谷

 明治の生んだ天才詩人で文芸評論家であった北村透谷(一八六八~一八九四)は近代文学の地平を切り開いた人で、詩、評論、戯曲、書簡と、残されたものは多くはないが、今なお、語り尽くせぬもの、汲み出しつくせぬものを秘めていると言われる。

 この若き詩人透谷に「君よ、請ふ、生をラブせよ。生も比身のあらん限りは君をラブすべし」との求愛の手紙を書かせ、恋愛のすえ結ばれた妻・美那子(一八六五~一九四二)は同時に透谷をキリスト教に導き、自ら、信仰の生涯を全うした人でもある。

 東京都町田市は美那子の生地であり、夫・北村透谷に関する資料館や、ゆかりの地がある。

 美那子のキリスト教的背景は『透谷の妻』(江刺昭子著、日本エディタースクール出版部)に詳しいが、同書を片手に、町田市内に自由民権資料館や、「自由民権の碑」を巡っていけば、透谷に対する興味が新たにされることだろう。

 小田急・鶴川駅東口を下車、0番バス停から、野津田車庫行きか、本町田経由町田駅行きのバスに乗り、「綾部入口」で下車すると、右側に大きな日本風家屋がある。「自由民権資料館」である。

 階段を登って、資料館に入ると「青春~石阪三姉弟と北村透谷~」というコーナーがある(このコーナーでは、透谷の妻は「美那」と表記されているが、戸籍名はみな、ミナ、美那子の三通りで、本人は美那、美那子、ミナを使っているという)。

 このコーナーには、一八八九年ころの美那子の「決意書」(結婚に関するものかも知れない)、米国から帰国した美那子が自宅で英語塾を開いた時の英会話夏期講習会の広告、美那子の書簡、また、渡米直前、留学中、晩年の写真が飾られている。そこにある主要な資料は、『透谷の妻』に掲載されている。

 一方、透谷関係では、娘を抱いた写真、透谷の原稿、彼が美那子の父・昌孝に宛てた書簡やハガキ、それに、自作を発表した『女学雑誌』などが展示されている。

Kita  もう一つの、透谷ゆかりの地が、そこから町田駅行きバスに乗り、「薬師ケ丘」で降りた所にある。バスを降りて通りを横切り、向かいにある奥の方の山を登った頂上が「ぼたん園」で、その一角に「自由民権の碑」(写真)がある。

 「自由民権の碑」は、一九八五年十一月三日、建碑実行委員会によって建立された。「撰文・渡辺奨、揮毫・色川大吉、設計・友田仁」の名が碑の裏に刻まれている。

 碑のデザインは、大小のみかげ石が、あたかも抱き合うような形で、「透谷美那子出会いの地」という文字の左に、二人の出会いのいきさつを書いたプレートがある。

 そこには、「透谷文学に大きな影響を与えたキリスト教への入信も、この出会いがあったからである」と書かれている。

 透谷との結婚生活はわずか五年半に過ぎなかったが、透谷文学のキリスト教的要素は妻・美那子の信仰の影響なのである。

[メモ]自由民権資料館(電話042-734-4508、195-0063 町田市野津田町897)= 小田急・鶴川下車、東口0番のバス停から、①野津田車庫行き、②本町田経由町田駅行き、のバスに乗り、綾部入口で下車。月は休館。なお、「自由民権の碑」は②で薬師ケ丘下車。ぼたん園の一角にある。

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自己分析

フロイトは 自由連想 道具にし
 自己分析の 闇の光を

日本人 短歌道具に 自己を知る
 そのメソッドを 我は知らせん

短歌を道具にして、自己分析をする。その方法を作ってみたいと思っています。

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民俗学の目的

 『キリスト新聞』(1962年8月25日)に、比屋根安定・東京神学大学教授が、「故柳田国男先生とキリスト教界」という記事を書いておられます。

 それによると、比屋根氏が柳田氏の成城の自宅を訪ねたのは、大正の末か昭和の初めで、その時、書斎で「今朝うちの青年は未だ教会から帰って来ない」と語られたとのこと。柳田氏自身も若い頃は、宣教師フルベッキの説教を聞いたことがあるといいます。

 柳田氏は、キリスト教界では、特に別所梅之肋氏を重んじられ、また別所氏も柳田氏を尊んでおられたといいます。

 しかし、柳田氏が最も重んじられたのは、元メソジスト派の牧師であった山中笑氏(号・共古)でありました。
 
 『遠野物語』と共に、日本民俗学の初(うい)の山踏、道別(ちわき)の書と言われる『石神物語』は、柳田氏が山中共古氏から多くの材料を得て成ったといわれます。

 比屋根安定氏は、最後にこう言われています。

 「民俗学は、宗教民俗学が根幹であり、その目的は遂にキリスト教である。

 フレイザー卿の大冊『金枝書』の結論は、聖ペテロの大教会から鳴らすアヴェ・マリアの鐘音で、あの長い旅路が終わるのである。

 日本民俗学は、ただ残存せる民俗を採集するだけなら、何の意味はない。意味をつけるものは目的である。目的は何処にあるのか、予は、柳田先生の創立された日本民俗学は、何処を指しているのか、これを我教徒は示そうではないか」。

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2007年3月 2日 (金)

「福音の妨害者」

『日本の覚醒-内村鑑三によって』(リブロポート刊)という本がある。

新保祐司氏と富岡幸一郎氏との対談集であり、その中に「福音の妨害者」としての「柳田国男」論というものがある。

内村の影響が以前よりも小さくなってきた理由として、新保氏は「福音を妨害した者たちがいる」と言う。それに対して、富岡氏は「柳田国男をはじめとする民俗学」を挙げるのである。

「新保 柳田国男が影響を受けたものの一つと言われているハイネの『流刑の神々』というのがあるんですね。ゼウスをはじめとしたギリシアの神々が、キリスト教に征服されて流されて、渡し守とかになっているというわけです。そういう流刑にされている神々をロマン主義は復権していくわけです。柳田は、それに影響を受けたっていうんだけど、日本の場合は、福音はまだそこまで一回もいっていないじゃないですか。古き神々は流刑の神々になっていないんです。それなのにハイネをもってきて、ギリシアの神々ほどでもない土着の神々を掘り出してくるわけですよ。あれはいったいなんだったのか、と思うんですよね。福音に対する防衛戦線だったんじゃないだろうか」(42頁)

同氏は、柳田以後の民俗学に対して、「現代の『痴愚神礼賛』を生んでいる」として、「民間信仰なんていう言葉は、実にいかがわしい言葉だ。こういうもっともらしい学問ぶった言い方が迷信を格上げしちゃうんですね。そういう民間信仰の無意味な評価が真の信仰を妨害するんだね」(43頁)と言うのである。

しかし、「民俗」「神々」の中にも、創造の痕跡が、いくらかでも残っているのではないだろうか。神は万物の造り主というのだから、神と万物は無関係ではないであろう。

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塚本虎二の信仰の軌跡

塚本虎二の主治医、安藝基雄氏が、『新・預言と福音』の40、41号で「内村鑑三・塚本虎二の分離独立の問題について」と題して、詳細に書いています。

『カトリックの信仰』という岩下壮一神父の書いた本が、講談社学術文庫として出版されています。プロテスタントの人々には挑発的と感じるであろう個所も多く、「エキュメニズムの時代に岩下神父は、ちょっと」というカトリック信徒もいました。

その本の解説の中で稲垣良典氏は、「『カトリックの信仰』は、第二バチカン公会議三十年たった今日なお、日本語で書かれたカトリシズムないしカトリック・キリスト教への最善の入門書」と言っています。この本に無教会の人々が数多く登場しています。

さて、この岩下壮一神父が塚本虎二と論争しました。それは有名なことで、『聖書之研究』に掲載された塚本の反論のタイトルは「教権か聖霊か」というものでした。この塚本の論文は『聖書之研究』に掲載されたものなので、主宰者の内村鑑三が知らないわけがありません。二人の論争も知っていたでしょう。しかし、内村のコメントがありません。内村は終生、教会論を課題に持っていたのですから、自分の足元で展開している、この興味深い問題に関心がないわけがありませんが、この論争には不思議と沈黙を守っているのです。

やがて、内村と塚本は信仰上の違いを明確にする意味で、訣別します。「私は今日流行の無教会主義者ではない」という有名な言葉が発せられるのです。その訣別の過程に、塚本と岩下の論争を見ていた内村の思い(「塚本もちょっと分が悪いな」といった思いで、これは筆者の想像)の反映がなかったのでしょうか。また、岩下と論争した影響が、塚本の方になかったのでしょうか。残念ながら、安藝氏の論文にも、岩下と塚本の論争のことは全く触れられてはいません。

それにしても、内村は岩下神父のことを、どう思っていたのでしょうか。神父の活動の一つが「カトリック研究社」による出版で、命名には内村のそれを真似したようにも思われますが、そもそも両者は接触したことがあるのでしょうか。

塚本虎二の信仰の軌跡を思う時、この論争における塚本の姿勢が影響して、内村鑑三を継承しつつも、岩下壮一の「教権」への反発が「聖霊」の手島郁郎に近づかせたと思うのです。

もっとも、手島は最初は無教会の陣営にいて、塚本の影響を受けていたのです。原始福音の機関誌『生命之光』は塚本虎二先生記念特集号(277号、1973年10月)で、手島は「あゝ 私の塚本先生は逝かれました」と言い、原始福音と無教会との関係を詳しく書いています。

塚本は、のちには手島から離れて、塚本は無教会の「伝統」である「聖書」に戻り、再び翻訳に力を注ぐのですが、その原始福音から離れる時に、かつての「教権か聖霊か」の二者択一の思いはどうなったのでしょうか。

(塚本の終生の事業であった聖書改訳も内村から始まることを知りました。「もともと塚本の聖書改訳も内村から出た課題である。内村は現行の文語訳は文章が優美すぎるから元訳を台本にし、正文学などの止むを得ない変更を加えて、2年位で訳了するというプランを出した。塚本はこれを快諾したが、これが予想をはるかに越えた大事業で、新約聖書全体を一応改訳するのに15年、これが『塚本訳口語新約聖書』としてその分冊第1「マルコ福音書」が公刊の運びになるまでには、更に10年の歳月を必要としたのである」-安藝基雄氏)

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故郷喪失者

ふるさとを 喪失しのち 全世界
 巡礼しつつ 米国の子ら

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森有正・私論

 森有正は暁星中学校を卒業して、東京高等学校に入学、更に東京大学文学部仏文科に進んだ。卒業後は第一高等学校教授になり、母校仏文科の助教授になったが、1950年秋、戦後初のフランス政府留学生になってパリに行き、ついに東大には戻らなかった。

 森は、小学校3年生の時を振り返って、自分の性格分析もしているが、外部には「秘密といえば、大袈裟になるが、わからないところがたくさんある」(伊藤勝彦氏、『森有正全集』付録「森有正をめぐるノート」7、5頁)とも思われており、その解明は今後の課題となるのではないだろうか。

 その複雑な性格形成の解明の一つのヒントは、あるいは森が少年期に、カトリックとプロテスタントの双方に深く係わってしまったということではないだろうか。

 森の妹の関屋綾子氏(故人)は、兄は1913年(大正2年)の秋ころ、富士見町教会で佐波亘牧師から洗礼を受けたようだと言っている。それは2歳の時の幼児洗礼であった。この富士見町教会は、森にとっては、植村正久と父とのつながりで、無関係な教会ではない。

 しかし、その後、どんな理由でかは分からないが、カトリックの暁星小学校に入学して、中学を卒業するまで11年間、フランス人の神父や教師たちと寄宿舎生活を送っている。当時の中学校長は、東大仏文科開設者の一人で、岩下壮一にカトリックの洗礼を授け、またラファエル・フォン・ケーベルをもカトリックに改宗させたエミール・エックであった。

 森は、ここで、カトリックへの回心を強く勧められたこともあって、プロテスタントとカトリックとの間にあって苦悩したようで、「何回も精神上の危機を経験したにも拘らず、結局、僕は回心しなかった」(『森有正全集』13、239頁)という。この回心の意味は、カトリックへの回心なのだろう。しかし、その後の森の学問は、この暁星時代に決定されたといってもいい。

 このようにプロテスタントとカトリックの双方に深く関係してしまった森の性格が複雑になるのは当然ではないか、と思う。

 森はカトリックの国・フランスに26年も住むことになるが、カトリック教会への転入をしなかった。だが、54歳の時の日記に「夢の中で僕はカトリックに回心していた」(『森有正全集』13、239頁)と言っている。晩年、健康がすぐれないながらも、プロテスタント教会とカトリック教会の関係などのテーマを抱いていたようだが、この問題で悩まされている人は、今でも多いのではないだろうか。

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中世思想の誕生

ソ氏が問う それを受け継ぐ プ氏が言う
 イデアの世界 真実世界

科学の目 持つア氏は問う イデア界
 いずこにあるか この世のほかに

ト氏出でて ア氏受け継ぐも プ氏重視
 神のうちにぞ イデアを移住

ソ氏はソクラテス、プ氏はプラトン、ア氏はアリストテレス、ト氏はトマス・アクィナス

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2007年3月 1日 (木)

東大総長

東大に 無教会人 総長に
 二代続けて 就任の果は

南原繁、矢内原忠雄といった無教会の人が続けて東大総長になりました。よく知られたことで、その影響は大きいと思います。

実は、それ以前にも、内村鑑三の影響は東大に及んでいました。

昭和初年代の東大総長・小野塚喜平次の夫人、孝さんは第二次近衛内閣の農相、石黒忠篤の姉で、内村鑑三の聖書研究会の会員でした。

そのため、内村から小野塚あての手紙に「一日井の頭公園に御遊びになりません乎、小生御案内の任に当ります、新緑の下に池を一週して一議論闘はすも一興と存じます」(昭和2年5月)とあるとのこと。(岩波文庫『歌集 形相』南原繁著、246頁)

また、こんなこともあったようです。

小野塚と内村鑑三が、ある時、信仰について話し合った時、小野塚は無邪気に、「内村さん、あなたはキリスト教だけれど、私にはお稲荷さんもキリスト教も同じだ」と言ったそうです。

その小野塚は、矢内原忠雄が戦前、自らの言論活動により東大を去る時、「破廉恥罪ではなく、公けの問題でやめたのだから、これからもここにやって来給え」と言って慰めたそうです。矢内原は「その温情は忘れない」と矢内原著『私の歩んで来た道』に書いています。

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現代の教育

紙時代 近世造り 使命終え
 今、別の紙 インターネット 

知識蔵 世界を覆う 現代は
 問いの仕方が 問われているよ

教育が改善されねばならない、と言われます。それは教科書と教師の問題かも知れません。しかし、同時代的師弟関係がなければ教育の目的は果たせないというものでもありません。もちろん、あれば、それに越したことはないと思いますが、残念ながらない場合もあります。その時は独学すればいいのです。

宗教改革者として知られるジャン・カルヴァンの神学の先生は誰だったのか考えたのですが、思い浮かびませんでした。実はいなかったのです。彼は正規の神学教育、教科書による型どおりの神学教育を受けていませんでした。モンテーギュのコレージュ(学院)、オルリアンとブールジュの大学で彼が学んだのは文学と法学でした。彼はヒューマニストの一人として最初、知的欲求から神学に関心を持ち、ある時から、その欲求が霊的なもの、魂の問題となり、それがバネになって熱烈な神学探求が始まりました。その探求の中で遠い昔の人、アウグスチヌスを先生にしたのでした。

日本では、西田幾多郎も独学の人といわれています。
『西田幾多郎 人と思想』(下村寅太郎著)には、「西田先生には学問上の師はなかったようである。哲学に関しても独立独行、専ら読書省察にあった如くである」とあります。

それにしても、インターネットの時代、先生に不足することはありません。先生してあげたいと思う人は、わんさかいると思います。むしろ、問題なのは魂の欲求かも知れません。動機があれば可能性は広がっています。

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