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2007年3月31日 (土)

スコラ哲学

スコラ哲学に対する偏見、あるいは見解というものは、プロテスタントの信徒の場合には、だいたいルターの見解の影響を受けるのではないだろうか。そこでは批判的に表明されている。ルターのあと、メランヒトンなどはスコラ哲学への積極的評価もあったが、比較してプロテスタント信仰を極めようとする時、やはりルター第一、メランヒトンは従ということになるのではないだろうか。

ルターの見解に縛られて、スコラ哲学というものは、そんなものか、と思ってしまう。それは、ある意味では、歪められたスコラ哲学である。

スコラ哲学は、トマスから見た時、それは別のものに見える。ギリシャの思想と、ヘブライの信仰の、ヘブライの信仰を中心にした総合になるのである。それは、ギリシャとヘブライの折衷なのではなく、あくまでヘブライ的・キリスト教原理の中で、その中に、ギリシャを取り入れているのである。

ルターの批判は、その折衷に対する批判ではないかと思えてしまう。しかし、折衷ではないということが分かる。

スコラ哲学は、ルターから見るのではなくて、トマスから見るべきである。その時、スコラ哲学の真髄が現れてくると思う。

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