« スコラ哲学 | トップページ | 親鸞思想 »

2007年3月31日 (土)

都知事選

まもなく、新しい都知事が生まれようとしている。ところで、現在の都知事立候補者にはキリスト者はいないと思うけれど、以前にはいた。磯村尚徳氏、松下正寿氏など覚えている。それより前にもいた。政治家、教育者の田川大吉郎(1869~1947)である。戦後、東京都知事選挙に出て、安井誠一郎と戦って敗れ、昭和22年、没した。

田川は、尾崎咢堂(本名・行雄)が東京市長となるやその助役となった。尾崎咢堂はザ・サルベーション・アーミーを救世軍と名付けた人物でもあった。

田川は、東京市助役のあと、衆議院議員に立候補し、当選八回に及んでいる

ところで、田川のことであるが、長崎の生まれである。「八八年上京して東京専門学校邦語政治科入学」と『日本キリスト教歴史大事典』(教文館)にはある。東京専門学校とは現在の早稲田大学である。

ところで、私が知りたいのは「八八年上京して」の部分が正しいのかどうかである。この年は、明治21年である。

『田川大吉郎とその時代』(遠藤興一著、新教出版社)という本がある。冒頭に「はじめに-その生涯」という部分があり、簡単な略歴の文章がある。

それによると、田川は長崎の生まれで、県立長崎外国語学校で、「支那」語を専攻したが、明治19年、同校が廃校になったため、卒業できず、「同郷の先輩で明治政府に出仕していた岩崎小二郎をたよって上京、岩崎家の書生となった。かたわら、東京専門学校に入学、23年7月、邦語政治科を卒業した」(11頁)と書かれている。

田川が東京専門学校で学んだのは2年なので、明治21年に入学となる。であれば、上京は明治19年から同21年までの間で、「八八年上京して」ではなく、「八六年上京して」の可能性もあるのではないだろうか。その正確に上京の年が知りたいのである。もし、ご存知の方がいたら、教えてください。

田川は網島佳吉から受洗。報知新聞、都新聞の主筆をつとめた。

キリスト教界にあっては、1921(大正10)年11月、明治学院理事長、ついで1925(大正14)年、明治学院総理(1935年12月に辞任)。1936(昭和11)年、教文館社長に就任。富士見町教会ついで信濃町教会の長老(「富士見町教会八十年史要」では大正12年の関東大震災のころ、そして同13年に長老であった)。また、基督教教育同盟、廓清会の理事、日本基督教連盟(大正12年に結成)の常議員など多方面に活躍している。

|

« スコラ哲学 | トップページ | 親鸞思想 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« スコラ哲学 | トップページ | 親鸞思想 »