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2007年3月 3日 (土)

民俗学の目的

 『キリスト新聞』(1962年8月25日)に、比屋根安定・東京神学大学教授が、「故柳田国男先生とキリスト教界」という記事を書いておられます。

 それによると、比屋根氏が柳田氏の成城の自宅を訪ねたのは、大正の末か昭和の初めで、その時、書斎で「今朝うちの青年は未だ教会から帰って来ない」と語られたとのこと。柳田氏自身も若い頃は、宣教師フルベッキの説教を聞いたことがあるといいます。

 柳田氏は、キリスト教界では、特に別所梅之肋氏を重んじられ、また別所氏も柳田氏を尊んでおられたといいます。

 しかし、柳田氏が最も重んじられたのは、元メソジスト派の牧師であった山中笑氏(号・共古)でありました。
 
 『遠野物語』と共に、日本民俗学の初(うい)の山踏、道別(ちわき)の書と言われる『石神物語』は、柳田氏が山中共古氏から多くの材料を得て成ったといわれます。

 比屋根安定氏は、最後にこう言われています。

 「民俗学は、宗教民俗学が根幹であり、その目的は遂にキリスト教である。

 フレイザー卿の大冊『金枝書』の結論は、聖ペテロの大教会から鳴らすアヴェ・マリアの鐘音で、あの長い旅路が終わるのである。

 日本民俗学は、ただ残存せる民俗を採集するだけなら、何の意味はない。意味をつけるものは目的である。目的は何処にあるのか、予は、柳田先生の創立された日本民俗学は、何処を指しているのか、これを我教徒は示そうではないか」。

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