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2007年3月22日 (木)

生涯学習論

漠然と 魅力感じて 資格取り
 生かす道なく されど盛んに

生涯学習に関心があり、通信教育で、生涯学習2級の資格をとった。しかし、それだけでは、なかなか使い道がない。何か、具体的な方法が必要である。

現代は、学習する意志があれば、方法はいくらでもある、といった時代である。

誰でも容易に出来る生涯学習で、私が勧めるのはNHKラジオ深夜便を毎日聴くことと、もう一つは放送大学を利用すること。この二つはただ(放送大学は入学するには費用が必要)。聴くだけで、その人に、やがて変化が現れてくると思う。

放送大学では、中学校での教師が教授となっていて、懐かしかった。また無教会の故関根正雄氏の子息清三氏が倫理思想の話をしている。なかなか聞き応えのある講義であった。

関根さんは「十戒」について講義していた。神を論じていた。象徴の理解の大切を説く中で、「存在の類比」の考え方も込められていると思った。なかなか聞き応えのある話。教会では無理だろうし、大学でもなかなか聞けないような貴重な内容である。こんなものが自宅で寝ながらでも聞けるというのは、現代人は幸福と思う。同時に、密度の濃い宗教思想が、こんなふうにして、一般の国民に伝わるのであれば、そこから何が起きてくるのかは、十分期待できるように思う。

志があれば、今では生涯学習は可能である。その意味では、よい時代になったと思う次第。

放送大学の講義は、放送大学の学生にならなくとも、誰にでも開かれている。その講義は、いつでも聞ける。通勤時間でも、道を歩いていても、講義を録音しておけば、自分の好きな時間に聞ける。問題は、学習する意欲がどうしたら生まれるかである。

第一級の講義には、その意欲を掻き立てる力がある。放送大学の講義は第一級の講義である。心の中にくすぶっている思いが、それらの講義を聞くことで表現を見出す。そして、明確な理解へと発展する。それは自分の生き方にもプラスになる。

特に、放送大学では思わぬ発見をすることがある。

トマス・モアのユートピアについて語った講師がいた。その宗教的視点を示唆された時には、新鮮な驚きを感じた。教育は宗教ではない、教育は生まれた人の成長を目的とするが、宗教は生まれた人の、生まれ変わりを含意している。

しかし、ユートピア思想の中には、生まれ変わりという宗教的要素が教育の中にも含まれているとの話で、何か考えさせられた。

ユートピアが、存在しない場所という意味であることは知っていたが、そこを通過して、人は新たに生まれるという思想は初めてお目にかかった。今、こういう考え方があるということに気づくには、現在の思想に注意しないといけない。

学習は 自発的なる ものにして
 謎かけられて ゲーム感覚

訓練は 生涯続く ものなれば
 道を見つけて 右肩上がり

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