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2007年3月31日 (土)

信仰義認

ルーテル教会とカトリック教会との間でなされた信仰義認での合意声明は、どう見られているのだろうか。

ルーテル教会、あるいはプロテスタント教会にとっては、これは、もちろん、歓迎すべきことなのだろう。行為義認、あるいはセミ・ペラギウス主義のカトリック教会が、本来の信仰である信仰義認に立ち返ったと思っているのかも知れない。前教皇が、教会の過ちについて、一連の謝罪をしたことも、ルター当時の教会からは考えられないことかも知れない。

しかし、カトリック教会は、トマスの信仰を見るならば、最初から信仰義認の教会であったし、ルーテル教会との合意を得るために、セミ・ペラギウス主義から信仰義認へと信仰を変えたわけではないと思う。

プロテスタント教会からは、カトリック教会は変わった、と思われるかも知れない。特に、第二バチカン以来、そう思われるかも知れない。それが一般的なのだろう。しかし、信仰の核心は、変わっていない。最初から「信仰義認」であった。そう思う人もいるだろう。

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