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2007年3月16日 (金)

西洋思想の本質

関根節 西洋思想 本質を
 信仰・理性 からめて説けり

放送大学で、ラジオ放送による関根清三氏(東京大学教授 放送大学客員教授)の15回連続講義「倫理思想の源流」が3月16日、終わりました。名講義と思います。西洋思想の本質を、きっちり語られたという感じがしました。信仰はヘブライ、理性はギリシャ、その二つが西洋思想の本質ということです。

キリスト教を学ぼうとした時、ヘブライは当然として、なぜ、ギリシャをということが分かりませんでした。日本にギリシャの伝統はありませんから。ヘブライだけでいいのではないか、と思いました。しかし、ギリシャは理性の立場なのだということで、その必要性を確認する時が来ました。

かつて、ヤスパースの『哲学の学校』という本を読んだことがありました。オリジナルはラジオ放送だったとのことで、こういう放送を聞けるドイツ国民の教養に高さに驚いたことがありました。

しかし、今、日本でも、放送大学で、質の高い話を自宅で、自由な時間に聞くことができます。

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コメント

岩下壮一著『中世哲学思想史研究』の中に、こんなくだりがあります。
 
「ギリシャ哲学とキリスト教とは「人類が考へ始めて以来出来上つた、それ自身に充足せる他に比類ない世界観である。──これギリシャ哲学は、人間理智の必然の要求が最も組織的に作り上げた思想体系であり、キリスト教は、理智によつて洗練せられたる宗教的要求に与へられた規範的世界観であるからである。彼も是も、人間本性の最も深き所に根拠を有するが故に、永久に人類の思想を支配」する。その意味において、「異邦人の使徒パウロが、アテネのアレオパゴスに於いてキリスト教を説いた日は、実に人類にとつてはfatal な日であつた。この日に於いて歴史あつて以来始めて、神の智慧と此の世の智慧とが、両者の典型的な代表者によつて相接触したのであつた」

投稿: | 2007年3月17日 (土) 10時53分

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