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2007年3月 1日 (木)

東大総長

東大に 無教会人 総長に
 二代続けて 就任の果は

南原繁、矢内原忠雄といった無教会の人が続けて東大総長になりました。よく知られたことで、その影響は大きいと思います。

実は、それ以前にも、内村鑑三の影響は東大に及んでいました。

昭和初年代の東大総長・小野塚喜平次の夫人、孝さんは第二次近衛内閣の農相、石黒忠篤の姉で、内村鑑三の聖書研究会の会員でした。

そのため、内村から小野塚あての手紙に「一日井の頭公園に御遊びになりません乎、小生御案内の任に当ります、新緑の下に池を一週して一議論闘はすも一興と存じます」(昭和2年5月)とあるとのこと。(岩波文庫『歌集 形相』南原繁著、246頁)

また、こんなこともあったようです。

小野塚と内村鑑三が、ある時、信仰について話し合った時、小野塚は無邪気に、「内村さん、あなたはキリスト教だけれど、私にはお稲荷さんもキリスト教も同じだ」と言ったそうです。

その小野塚は、矢内原忠雄が戦前、自らの言論活動により東大を去る時、「破廉恥罪ではなく、公けの問題でやめたのだから、これからもここにやって来給え」と言って慰めたそうです。矢内原は「その温情は忘れない」と矢内原著『私の歩んで来た道』に書いています。

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