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2007年3月20日 (火)

インターネット

インターネットは現代の神かも知れない
しかし逆に、現代人を破滅に導く制度なのかも知れない
   
中世社会の中で文明を後世に伝えたのは
修道院にあった知識の蓄積であった
   
インターネットには、その比ではないほどの
膨大な知識と情報が詰まっている
   
時が世紀の橋を渡るころ、
生活の土台も変わってきた
   
こんな変化は神以外に、
なし得ようはずはない
   
だからインターネットは、
現代の神なのかも知れない
   
もちろん神ではないが、
過去の誰もが経験しなかった驚きの表現だ
   
しかし、別の目で見れば
現代人を破滅に導くもののようでもある
   
現代人は多かれ少なかれ、情報にこき使われている、
インターネットは、それを加速している
   
古代ギリシャでは、奴隷たちの働きの上で、
その社会の中で、考える余暇を得た人もいた
   
こうして生まれた学問が
現代まで伝わっている
   
機械という奴隷による成果としてのインターネットに
現代人は、逆に嬉々として戯れている
   
思索の蓄積がなく、ただ情報に反応して
演技している人たちが多い
   
生活が便利になって、余暇が生まれると思ったら
逆に忙しくなってしまったが、なぜだ
   
人は余暇を恐れているみたいだ
気晴らしのためのインターネットかも知れない
   
こうして自分を忘れていく
一時の甘味の中に虚無が深まる
   
インターネットも使い方を考えないと
人を滅ぼす殺人機に変貌するかも知れない
   
ネット病という
新しい現代病が生まれている

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