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2007年3月26日 (月)

ブログを使え

更新が なければ死んだ 同然で
 かくして死んだ ものも多いか

ブログ出て 更新易く アクセスも
 解析もあり 甦生続くよ

ブログあり 日々の発見 書き残す
 新たな動機 生活新た

遊びつつ せっせと励む 誰もみな
 データーベース 作り参照

ふとブログ いつしか我は 鏡部屋
 その意味を問う これは何かと

以前、ホームページを作ったことがありますが、継続できませんでした。原因は、更新が面倒であったこと、見ている人の情報がなかったこと、などであったと思います。これらをクリアしているのがブログです。更新が簡単、これ以上の簡単さは不可能でしょう。そして見ている人の解析が出来るので、人数などで励みになります。だから、ブログは継続しています。

ところで、ブログの意味を考えてみたのです。

会議室 対話はあれど 緊張し
 書き込みできず いつか離れて

期待せし ブログ会議は 難しい
 やはり日記だ 公開日記

以前、電子会議室にいました。面白い議論もがあったのですが、難しい面もありました。ブログで会議室も出来るかな、と思ったこともありましたが、それは無理でしょう。

ブログはやはり日記です。日記という非常に個人的な情報をブログで公開する意味があるのだろうかと思います。しかしテーマが神であれば、大いに意味があるのではないでしょうか。そのテーマは万人の関心事なのですから。こんな様式の日記は、これまでも多かったし、これからも生まれると思います。

思想は公表されなければなりません。ブログでは閲覧者の対象の制限はできませんが、内容によって自然に形成できるのでしょう。

大学紛争の時期、感想・意見を文書にして配ることが流行っていました。同じようなことが、個人レベルで、ブログを通して可能なのです。ブログによって、新しい文化が生まれるのではないだろうかと期待しています。

また脱ニートにも有効である、といいます。

脱ニート 手段は多し 現代は
 自分探しに ブログを使え

2005年年10月30日の朝日新聞に、「脱ニート ブログ一役」という記事がありました。仕事も通学もしないで、職業訓練も受けていない若者をニートというようですが、全国に約64万人もいるとのこと。「ネット上で他者とやり取りすることが、自分を客観的に見つめるきっかけになることもある」と、ブログの役割を紹介しています。

一回だけの自分の人生ですから、後悔のないようにしてほしいです。人生が終わりそうな時に、後悔しても始まりません。そのためには、やはり自分を知ることから始めないといけないでしょう。そのような意図で書かれた本は、今、多いです。どう生きるかは、死ぬまで続く問いですけど、問い続けていれば、いろいろな回答がやってきます。

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