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2007年3月 1日 (木)

現代の教育

紙時代 近世造り 使命終え
 今、別の紙 インターネット 

知識蔵 世界を覆う 現代は
 問いの仕方が 問われているよ

教育が改善されねばならない、と言われます。それは教科書と教師の問題かも知れません。しかし、同時代的師弟関係がなければ教育の目的は果たせないというものでもありません。もちろん、あれば、それに越したことはないと思いますが、残念ながらない場合もあります。その時は独学すればいいのです。

宗教改革者として知られるジャン・カルヴァンの神学の先生は誰だったのか考えたのですが、思い浮かびませんでした。実はいなかったのです。彼は正規の神学教育、教科書による型どおりの神学教育を受けていませんでした。モンテーギュのコレージュ(学院)、オルリアンとブールジュの大学で彼が学んだのは文学と法学でした。彼はヒューマニストの一人として最初、知的欲求から神学に関心を持ち、ある時から、その欲求が霊的なもの、魂の問題となり、それがバネになって熱烈な神学探求が始まりました。その探求の中で遠い昔の人、アウグスチヌスを先生にしたのでした。

日本では、西田幾多郎も独学の人といわれています。
『西田幾多郎 人と思想』(下村寅太郎著)には、「西田先生には学問上の師はなかったようである。哲学に関しても独立独行、専ら読書省察にあった如くである」とあります。

それにしても、インターネットの時代、先生に不足することはありません。先生してあげたいと思う人は、わんさかいると思います。むしろ、問題なのは魂の欲求かも知れません。動機があれば可能性は広がっています。

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