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2007年4月26日 (木)

内村鑑三の信仰

内村鑑三はウェスレーの影響を受けたのだろうか。そんなことを思った。直接的な言及があるのかどうか、知らない。ただ、無関係ではなかった。

内村は、アメリカのメソジスト・エピスコパル教会のM.C.ハリス宣教師から受洗している。だから、メソジストとの関係はある。また、明治26年に出来た『基督信徒のなぐさめ』の最後のくだりは、ウェスレーの臨終の言葉である。「何よりも善き事は神我らとともに在(いま)すことなり」。しかし、彼は、自分の信仰はウェスレーの影響を受けたとは言っていないように思う。

一方、ルターとカルビンに関しては、はっきり言っている。

ルターに関しては、『ルターと内村鑑三』(高橋三郎、日永康共著、教文館)の「ルターと内村鑑三」に詳しく書かれている。1910年10月から8回、「ルーテル伝講話」が『聖書の研究』に連載され、「自分はルーテル信者である」とまで言っている(『内村鑑三全集23巻』360頁)。

しかし、内村は、1917年12月「ルーテルの遺せし害毒」という一文を公にした。そこから、「第二の宗教改革を要する」という問題提起が生まれる。

このルター批判に関しては、高橋氏の「ルターと内村鑑三」に詳しく述べられている。プロテスタント国教会の非、そして教派主義への批判が「害毒」として取り上げられているが、この問題提起は、今でも有効なのではないかと思う。

一方、内村はカルビンの信仰についても触れている。

『内村鑑三日記書簡全集(1)』には、「自分はいわゆるカルビン主義教会に属するものではないが、信仰のコンポににおいてカルビン主義者であることは争われない」と言っている。

これは、内村の文通の友であった、オランダの作家フレデリック・ヴァン・エーデン氏がカトリックに改宗した記事への自身の信仰告白なのだろう。その記事に「驚いた」と言い、こういう感想も書いている。

「最も進歩せるカルビン主義の国なるオランダの文豪にして、今の世においてカトリック信者になる者があると聞いて、人の心ほど不思議なもののないことが、今さらながらに感ぜられた。しかし、エーデン君はエーデン君であり、余は余である。余はエーデン君にならってローマ・カトリック教会には行かない。ミルトン、クロムウェルの信仰をもってキリストの所に行かんとする」

しかし、カトリックも「信仰義認」であるとの立場を明らかにしている現在、内村は、あるいは、以上に紹介したのとは別の見解を持つかも知れない。

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