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2007年4月20日 (金)

近代哲学の「祖父」

近代哲学の父と言われているのはデカルトです。「我思う、故に我在り」という言葉が引用されています。放送大学の哲学関係の講義では、よくデカルトが引用されています。しかし、実は、同じことをアウグスチヌスも言っていると思います。デカルトが近代哲学の父であれば、アウグスチヌスは近代哲学の祖父のように思います。しかし、誰も、そうは言わないのですが。

デカルトは『方法序説』の中で、自分で、あの真理を見い出したというのですが、アウグスチヌスは、デカルトの発見の、ずっと前に、次のように言っているのです。

「私が一切を疑っても、私が疑っているという事実は疑うことができない。それ故少なくとも、これを一つの真理と認めねばならぬ」
「お前は、私の言うことを認めず、それが真実であるかどうかと疑っても、お前の疑いを疑っていないことに注意せよ。そして、お前の疑いがお前にとって確実であるならば、その確実性の根拠を探究せよ。即ち疑うものとしての自己を認識する人は一つの真理を而も確実性を以って認識する。それ故真理を疑うものは疑うことの出来ない一つの真理を自己の中に有するのである」

アウグスチヌスは、上記のことを『真なる宗教について』において書いています。デカルトの「発見」と同じことを言っているように思います。

宗教改革者が主に学んだのはアウグスチヌスでした。アウグスチヌスは、西洋の近世思想に、世俗的にも教会的にも、最も大きな影響を与えた人物と思います。

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