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2007年4月23日 (月)

トマスとルター

マルチン・ルターとトマス・アクィナスが、なぜ対立しなければならなかったか。もちろん、トマスは前時代の人であるから、ルターの意識の中での対立である。こんな記述がある。

「今日のカトリック教会が、アウグスチヌスとアンセルムスとを結んだ延長線上に見いだされるところの、いわゆる「信仰のみ」(sola fide)を主張するルターに対して、トリエント公会議(Tridentuim)以来、このトマスの「神学大全」に多く負うている…」(『トマス・アクイナス』印具徹著、日本基督教団出版部、29-30頁)

そして、同書には、トリエント公会議(1545-1563)の注には、「この会議はルター主義に対抗して開かれたローマ教会の公会議で、この歴史的な大会議場の中央にあった机上には聖書と「神学大全」とが終始置かれていて、常に会議を導く指針とされていたといわれる」と書かれている。

このトリエントの会議で、ルターとトマスは対立「させられてしまった」ようである。

ところで、トマスは、アウグスチヌスに従い、セミ・ペラギウス主義を放棄している。従って「信仰義認」の立場である。ルターもそうである。だから、基本的には信仰的には一致しているのである。

しかし、それが歴史的には対立していた。ここから近世が展開したのだから、当時は両者の違い、対立点が強く意識されたのだろう。

ルターのアリストテレス批判にしても、それだけでは、よく分からないのである。トマスのアリストテレス主義というものは、アヴェロエス的アリストテレス主義者、ブラバンのシゲルとは対立していた。シゲルの中には、反キリスト教的学説もあったというが、それをトマスは「信仰の中で」修正した。だから、アリストテレス解釈としては、シゲルの方が正しいという見方もあるし、その方が本当と思える。トマスのアリストテレス主義は、信仰の犠牲において成立したものではないと思う。しかし、批判者たちは、信仰の犠牲を、そこに見たのではないだろうか。

また、トマスの論敵にはアウグスチヌス主義のフランシスコ会の神学者もいた。だから、宗教改革で、ルターやカルバンがアウグスチヌスに訴えることで、教会から排除される原因になるということは、よく考えればおかしなことである。

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コメント

恐らく、ルターが問うたのは、トマスの「功徳論」の有効性ではなく、「功徳」の前提としての新生の有無、あるいは、その条件を問題にしたのである。「わざによる救い」ということは、「わざによる新生」という意味でなら、間違いであるが、聖化の過程には、「わざ」「自由意志」が要請されるという意味でなら、全くの間違いではないと思う。

投稿: | 2007年4月25日 (水) 03時09分

「トマスは、…功徳の問題は、義認の必然的結果として生ずる聖化に関する問題として、これを義認から切り離すことなく、あくまで神との人格的関係の中で論じようとしているのである」(『トマス・アクイナス』印具徹著、129頁)とある。

要するに、功徳論とは、義認のあとの問題である。しかし、ルターは、義認の前の功徳の是非を論じたのではないだろうか。その点では、トマスはルターと一致している。人間には無能力であるという見解である。

投稿: | 2007年4月29日 (日) 17時26分

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