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2007年5月30日 (水)

還相と往相

還相と往相とは仏教の言葉ですが、同じような発想がソロウィヨフの『神人論』の中にもあります。

「観念を化身せんとする神的本原の進動は之れを化身せしむる為の材料を支配するする世界魂と結合せんとするの進動に他ならず、又物質的要素の中に統一を実現せんとする世界魂の進動は此の統一を施す為の絶対的形式を含有する神的本原への進動に帰着するわけである」

観念はどこにあるのか。プラトンへの疑問がアリストテレスの中にあって、この点が少し違いました。トマスは観念を神の世界に移しました。これで、ギリシャ哲学の問いに、一応の解決を与えたのだと思います。

「観念を化身せんとする神的本原の進動」というのが、人間の側での創造活動なのでしょう。観念は神から出て、神に帰る。その運動に参加する、それが人間の仕事でしょうか。しかし、その観念は、自然的観念ではなくて、実存的観念でなければならないのだと思います。

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