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2007年5月28日 (月)

トマスの主知主義

「トマスにおいては、至福は神の直観に存し、直観とは知性によって神の本質を見ることであるとされるところから、トマスの立場を単純に「主知主義」intellectualism であると判断して、これをフランシスコ会の学者の主意主義 voluntarism に対比させる見解が通俗に普及しているが、ことがらはそのように簡単ではなく、知性による神の本質直観そのものが、恩恵としての「愛」caritas によって実現されると、トマス自身によって明言されていることに注意すべきである」(『トマス・アクィナス』山田晶責任編集、中央公論社、341頁)

恩恵のない状態での知性優先ではないということで、知性優先とは言われても、それが恩恵の内にあるということは、至福に関しては「情」が、また恩恵を受け取る信仰に関しては「意」が働いていて、「知」が単独に働いているということではないということであろう。それを指して、「ことがらはそのように簡単ではなく」、「注意すべき」と言っているのだろう。

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