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2007年5月 3日 (木)

洗礼

「彼も時代の子であった。洗礼なしには救われないという彼の思想を浄化したのは宗教改革者であった」

これは『改革派教理学教本』(岡田稔著、新教出版社)の93頁にある言葉である。彼はアウグスティヌスを指している。「洗礼なしには救われない」という言葉はアウグスティヌスに由来するのであろうか。

しかし、この注があり、こう書かれている。

「アウグスティヌスは洗礼を水と血(殉教)と意図(実際に受洗できなくても、受洗意志を持つ者は救われると言う)の三種に区別している」(96頁)

ふつう、「洗礼なしには救われない」と言われると、この洗礼は「水の洗礼」のことだと思ってしまう。しかし、アウグスティヌスによれば、「血と意図」においても洗礼があるのだという。血は現代ではあまりないだろう。しかし、意図は現代社会でもある。

水の洗礼を受けていなくとも、意図があれば、それは洗礼と同じ効果を持つということだろうか。それを認めた方が、説明しやすいケースがあることも事実である。

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