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2007年5月24日 (木)

パスカルの論争

「ジャンセニウスによると、人間はエデンの園を追放されて以来、罪と煩悩と快楽の奴隷におちた。人間は神の恩寵によらないかぎり、原罪から自由になることはできない。しかしその場合、神が救いに必要な恩寵を人間に恵み与えるのは、測り知れない秘儀に基づくのであって、個人個人の功徳の多寡、努力の如何にかかわるものではない。しかもかくしてひとたび与えられた恩寵はすべて絶対的に有効であり、人間の意志はそれにさからうことができない。真の信仰は、人間の本性の全面的無能と、神の恩寵の絶対的効力とを、認めるところに成り立つというのである。ジャンセニウスのこの思想はアウグスティヌスからの当然の帰結であるとはいえ、カルヴィンの予定救済説に紙一重というべきところがある」(『考える葦 パスカルの生涯と思想』松浪信三郎著)

パスカルは、ジャンセニウスの側に立って論争した。引用では、「ジャンセニウスのこの思想はアウグスティヌスからの当然の帰結」と言われている。カルビン主義の信仰も、その点を強調している。しかし、トマスもアウグスチヌスに学んでいて、半ペラギウス主義を訂正している。ジャンセニウスの論争を、もう一度、検証していけば、カトリックと改革派との神学的対話が可能ではないかと思う。

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コメント

「ハルナックは、宗教改革運動は、教理の面では改革であり、教会組織の面ではまさに革命であったと見ている。それは、宗教のもっとも深い本質において、字義通り立派な革命であった。ただわれわれは、この革命の真の教師がローマ教会最大の教師である、アウグスティヌス自身にほかならなかったことを主張するのである」(『キリスト教』岡田稔著、小峯書店、65頁)

宗教改革は、新しい教会の設立を生んだ時、それは実質的には「宗教革命」となった。実際、そういう言葉を使う人もいた。しかし、一般的には宗教改革と呼ばれてきたのである。

そして、今、この宗教改革という言葉が、実質的にも妥当する事態が生まれてきているように思う。それは「信仰義認」に関する合意である。この出来事がどんな展望を開くのかを問えば、新時代の到来を意味しているのである。それは、西方教会における「相互破門」の取り消しであり、対立感情の解消だからである。

投稿: | 2007年5月24日 (木) 19時42分

パスカルは妹の関係で、ポール・ロワイヤル修道院の客員となったが、それから1年とたたないうちに、イエズス会士とジャンセニストとの間に応酬され始めた大論争の渦中に置かれたのである。

「パスカルは今日では西欧の思想史上でアウグスチヌスとならぶ偉大なキリスト教的思想家として、カトリックの側からもプロテスタントの側からもひとしく容認され、時の経過とともにますますその輝きを増し加えている」(『考える葦 パスカルの生涯と思想』松浪信三郎著)

パスカルはカトリックの信徒であったのだろう。しかし、劇的な回心の体験は知られている。それはあたかも、ピューリタンが重視した体験でもあるようだ。また、ジャンセニスト擁護の論客として、その立場がカルビン主義に近いということもあり、プロテスタント側でも、共感する人たちが多いのだろう。

トマス・アクィナスは余りにもカトリック教会での評価が高いため、プロテスタント側では遠慮しているのだろう。しかし、アウグスチヌスとパスカルの研究は、両方でできるのだ。彼らもまたエキュメニズムの対話の場になるのだと思う。

投稿: | 2007年5月25日 (金) 11時44分

パスカルとデカルトとは、同時代の人であった。パスカルは、デカルトに対して、強い不満を感じていた。その内容は詳しく調べていないが、興味がある。デカルトは近代合理主義の祖と言われている。その近代合理主義の歴史がモダニズムということであり、最近は、ポストモダンという言葉が言われている。その新しい時代の探究の中に、パスカルの意識が反映しているのだろうか。「新しき中世」の志向は、そのパスカルの問題意識と触れ合っているのだろうか。しかし、ポストモダンの思想の中で、「新しき中世」というキーワードを出しているのは、ないように思う。しかし、これは実存主義のポストモダン思想である。

投稿: | 2007年5月26日 (土) 09時52分

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