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2007年5月20日 (日)

神秘的アナーキスト

 彼は「しかし私は、私が当初から自分を己れにとって異教的な世界にやってきた外来者と感じたということを、きわめてはっきりおぼえている」(『わが生涯』15頁)といって、全生涯を通じて彼の中に、人が分派・分立主義と名付けた要素、形而上学的アナーキズムの要素が存続したことを認めている。

 また彼には彼の祖国ならびに全世界の破局的な時節に生きるという運命が下され、そのため、彼はもともと破局的な生活感情が固有であると感じている。そしてこのようなところから、彼は生涯、独行者として生き、彼に異質的なこの世界の転換を目指して革命的アナーキズムに親近感を覚えたのである。

 我々が今、生きているこの世界は彼に対してどのような反応を示すであろうか。彼ほど徹底的な精神的、宗教的アナーキストが存在したということに対して、世界は深く己の面目を反省せねばなるまい。

 彼は、こう言っている。

「自分の全存在が超越的なるものに対する憧憬の徴のもとにあった」「私は多くのことに関係をもつに至った。しかし実際は、私の最深奥においては、いかなるものにも『断じて』所属しておらず、また全的に自己を捧げたいと思うものもなかった--私の創造活動を除外すれば。私の本質の深所はつねに或るなにか別なるものに所属していたのである。その際しかし私は決して社会問題にたいして無関心であったわけではなかった--反対にそのためにはげしく奮闘した。私はたしかに『公民』意識に欠けてはいなかった。しかし実際は私は深い意味において反社会的であった。私は社会活動に同化しきれる人間では決してなかった。諸種の社会潮流が私を完全にその同志の一人とみなしたことは一度もなかった。私はつねに精神的領域における『アナーキスト』--そして『個人主義者』であった」「私はいまだかつてこの世のなにものにたいしてであれ、それに従属しようと思ったことはなく、また従属することもできなかった。ともかくも--この性質の長所は不羈独立の強い衝動であった」(わが生涯)

 彼は偉大な宗教的、神秘的アナーキストであったのである。ただ愛の原理、自由の原理だけを認めて、それにあくまで忠実であるベルジャーエフの哲学は彼の個性によって激しく決定されている。

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