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2007年5月 5日 (土)

「新しき中世」

世紀の変わり目のころ、「新しい中世」という言葉が一部の人々によって使われていた。しかし、ベルジャーエフの著書には「新しき中世」という言葉が使われていた。また、吉満義彦によっても「新しき中世」という言葉が使われていた。例えば、あの「近代の超克」座談会で、吉満は、こう言っている。

「ルネサンス的文化意志や自律的知性探究は古代的文化のロゴス性として、新しき中世的霊性の秩序において健全に新しく生かされ続けるもの、継続発展せらるべきものであるが、先づ魂の救ひのない処に一切の文化はバベルの塔となるのです」
(『近代の超克』冨山房百科文庫23、185頁)

彼は、「中世」という言葉で、歴史的中世を考えていたのではなく、そこにおける「永遠的なもの」を考えていた。彼は、こうも言っている。

「私は中世といふものをもつと包括的に取つて、近代の問題をもその一つの特殊問題と考へるもので、つまり中世といふのを近代に対する中世丈けでなく、現在にも生きてゐる永遠な人間性の課題の側から見てゐるのです」
(『近代の超克』冨山房百科文庫23、185頁)

日本の中世ではなく、ヨーロッパの中世に何か「永遠的なもの」、すべての時代に語りかける何かを意識していたのだと思う。

「新しき中世」という言葉は、あの人たちによって使われていた言葉なのだ、として、ここでは、「新しい」ではなく、「新しき」を使っている。この言葉が、どういう状況で生まれ、誰が使い、どういう運命をたどってきたか、調べれば面白いと思うが、今は手付かずにいる。

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