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2007年5月23日 (水)

神の名

神の名は「不思議」という(士師記13・18)。肯定神学的思索の中では、人間にとってはたしかに最適な神の名前ではなかろうか。例えば、「ベルジャエフの哲学」(シュルツェ著)には、こんなことが言われている。

「精神の生活はパラドックスとして我々に捉えられ、認められる。存在の最も深い核心が明らかになる精神的生命の事柄は、理性や合理的意識にとっては逆説的であり、二律背反的である。それは概念の中に表現することができない」

肯定神学的な神の学びの中でも、こういう逆説的、二律背反的、表現不能的側面は語られているのだろう。しかし、この「不思議」は、二重予定の「不可解」と、どういう関係にあるのだろうか。

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