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2007年5月20日 (日)

歴史は忘れない

 ベルジャーエフは西洋のとくにドイツの影響を強く受けているのであるが、やはりその心はロシア的である。和魂洋才の明治の先駆者たちと同様、ベルジャーエフも西洋の事情に明るく、洋才に優れていたとはいえ、やはりその魂はロシアの魂であり、アナーキー的、終末論的、黙示的、形而上学的なロシアの魂である。

 ベルジャーエフはロシアの子である。彼は徹底的に自分の意識の現実を語るのだが、それはまた同時に、ロシアの精神性の優れた紹介になっている。彼は常にロシアを意識していた。そしてロシア人を、ユダヤ人のような神をはらめる国民、天啓と霊感の民、強い愛と激しい憎しみのいずれをも最高度に燃え立たせることのできる国民と考えていた。そして、ロシアの魂の複雑怪奇性を、その内に東洋と西洋を持っていることとして理解している。確かに我々はベルジャーエフの直感的・総合的・神秘主義的思考の中に東洋を見る思いがする。

 キリスト教の真理を人間は完全に表現することはできないだろう。人間は必ず何かの哲学、時代思潮との結びつきの中でキリスト教をとらえているものである。この時代性の制約は免れることはできない。この時代性を現代において最も将来性のある思想との関連の中でとらえることが必要ではないだろうか。ベルジャーエフは、創造活動の考え方において、正にこの最先端のキリスト教を説いているような気がする。創造活動という言葉と共に、歴史はベルジャーエフを忘れることが出来ないであろう。

 「これらのことをあかしする方が仰せになる、『しかり、わたしはすぐに来る』。アァメン、主イエスよ、きたりませ」(ヨハネの黙示録 22-20)

■ベルジャーエフについての一連の投稿は、これで終わりです。以後、散発的に書くかも知れません。

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