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2007年5月21日 (月)

二重予定の「なぜ」

「なぜヤコブに与えエサウには与えないのかと問われれば、、それが神の意志だからとより外に答えられない。恩恵の主権者はその自由性による。値しない者に与える自由は全く主権的な御心のままである。それは人間には測り知れぬとは言え不公平ではない。一般論として、全部の者にでなく、一部の人々にということだけならば、漠然としていても何か理由がありそうだと考えることができても、具体的にAに与えてBに与えられぬ理由はとなると、それは全くわれわれには理解できない」(『改革派教理学教本』岡田稔著、新教出版社、330頁)

最初の文章の目的格は「恩恵」である。改革派は二重予定を信じている。しかし、その教理学を教えていた人も、それが不公平ではないと言いつつも、その理由は、「理解できない」と言っている。その理解できないことに、理解を求めようとする時、信仰が維持できなくなるのである。

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