« 二重予定説をめぐって | トップページ | 解釈 »

2007年5月16日 (水)

人間とは何か

人間とは理性的動物と言われる。一応、そうだと思う。

では、理性的とは何か。カントが三つの批判書を書いたのは、知・情・意に即していたそうである。純粋理性批判は知に対するもの、実践理性批判は意に対するもの、判断力批判は情に対するものらしい。理性は知ではないのである。しかし、一般的には知と思われているかも知れない。

ウェスレーの「神共にいますことが最もよいこと」を思う時、ウェスレーの価値は情にあるように思う。信仰義認のルターは意に対応するのかも知れない。そして、知とは、福音の宣教なのだろうが、カルビンは、その面に対応しているかも知れない。カルビニストの本は知的と思うことが多い。

知から意を経て情に至るのが救いの順序である。人は、まず知から始まる。福音を知ることから始まる。意は信仰で、信仰において対応し、その結果、情としての恵みの体験に至るのである。

人間が理性的動物というのは、知性的動物というのではなくて、動物の中で、知・情・意の三者の関係において存在している、その関係を理性という言葉で表現しているのではないだろうか。

それにしても、ドイツ観念論は、本質はキリスト教哲学であると思う。しかし、キリスト教哲学としては、日本では余り紹介されていないかも知れない。

|

« 二重予定説をめぐって | トップページ | 解釈 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 二重予定説をめぐって | トップページ | 解釈 »