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2007年6月30日 (土)

出版の意義

「世の中に出版することによって、自分の最も個人的な精神活動と、最も個人的な思索と意欲、および知識や信仰における最も個人的な精神的姿をもって、自分自身の中から立ち出で、全体のために意味あるものとなり、またそのために何かを行うことができるという可能性ほど、生き生きした精神にとって大きな魅力を持つものは、世界中ほかにはほとんど見られない」(『人間教育』ヒルティ著)

インタネットが個人に開かれている現代では、ある意味で、出版は誰にでも可能な世界になっている。世界発信が個人に可能な時代である、という意味である。

しかし、インターネットは使う人の意図によって、きっと裁きを招くものだと思う。悪く使う人は、それによって身に裁きを招くし、よく使う人は、それによってますます益を受けるだろう。

出版とは作家の舞台である。現代では、誰でも意志があれば作家になれる。しかし、それで生活できるかどうかは、別の話である。

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2007年6月29日 (金)

ブースの精神と活動

救世軍の創始者、ウィリアム・ブースという人物は、最初はメソジスト教会の巡回伝道者であった。その活動が盛んになり、メソジスト教会から離れ、別の団体をつくることになった。それが救世軍である。ブースの活動を見た時、彼は、単なる巡回伝道者というより、リバイバリストとしての面が強いように思う。

『ウィリアム・ブース伝』(山室軍平著)の伝えるブース像が、今でも一番、感銘深いのではないだろうか。

その精神の一端を見ると--。

「救霊の大熱は、私の血液の中に煮返り、今も尚私の血管中に沸騰して居る」

「私共の叫声はどこ迄も「霊魂! 霊魂! 霊魂!」ということである」

伝道活動の内容を「救霊」という。要するに、「新生」への招きへの執拗さなのである。

かつて、故長谷川中将の夫人の伝道説教が麻布小隊で行われた時、会館入り口で、小柄な女性士官に、一度聞くようにと、執拗に食い下がられた覚えがある。

亡くなられた某日本司令官の伝道説教で、恵みの座への招きが繰り返し繰り返し行われ、いつ終わるかと思ったこともある。

このような救霊への執拗な姿勢は救世軍が一番強いのではないだろうか。

ブースは、このような団体を組織するに当って、ウェスレーから学んだのであろう。救われた人々を、救いの活動のために組織化すること、である。

「ウェスレーは、ホイットフィールドの如き雄弁と、磁石力と、又熱血とを有せず、寧ろ平淡なる人物であった。しかし乍ら彼は、少く共一個の大なる長所を有って居った。即ち彼は団体の必要を認めて居ったのである。ウェスレーは一時、人心に感動を与ふることを以て足れりとせず、一人の回心者を得れば、直ちに之を新兵として編入して居った。彼は自ら其の指導者としての責任を感じ、治者たる職権を行うことを、憚らなかったのである」

救いに体験があれば、次の瞬間から伝道者なのである。

「彼は救われると直に、他人を救う為に働かんことを熱望した」

「思うに救われた者が、進んで人を救うべきことは、救主基督の要求にして、亦神の御命令である」

そして、この活動は、全生活に及んでいるのである。

「活ける神を知り得たるを、私共の生活、談話、献身の上に証拠せよ」

しかし、ただ意欲だけではなくて、冷静に計画的であることを求める一面もあった。

「彼の名著「軍令及び軍律、戦場士官の巻」に、凡て救世軍士官たる者は機会のある時、地理学を学び、又世界各国の国情と、之に救を伝播する上に関係ありと覚しき特種の事情とを研究すべしと、申し進めた条がある。ブース大将は宗教家に、地理学の必要を認める人である。疑もなく、自ら亦、折々は世界の地図を眺めて、「御国の来らんことを」と、祈祷して居るに相違ない」

時には反対も起きる。

「私共は世の反対を恐れてはならぬ。反対のないことは、即ち今日の基督教会の最も悪しき徴候である」

ここには、「今日の基督教会」という言葉もあるが、ブースの時にもあったのかも知れない。そして、今の日本でも、その通りではないだろうか。

「凡て困難、失望、迫害の矢面に立ちつつ、よく其の神と人とに対する職分を一貫する者は、是即ち殉教者の精神を有するものである」

「若し義しいことを行うて、生きて暮が立てられずば、死んでも宜しい」

やはり、覚悟が違う。

「ブース大将に取っては、此の世の中は一個の活戦場である。而して人生は、又不断の戦争、奮闘である」

彼は失敗を恐れるな、とも言う。

「失敗とか、無論私共は失敗する。此の世の中に、誰か失敗の経験を有せざる者があろう。殊に正義を拡め、世を益する奉仕をなさんと欲する者に於ては、幾度となく、失敗の苦き経験を積むべき筈のものである。私は日々に失敗して居る」

「失敗とか、然り、誰か失敗を免かるることを得る者があろう。唯彼の懶惰にして為す所なき者にみ、失敗の経験を有せぬものである。さり乍ら斯る人々は、軈て此の世の旅路を終え、神の御前に出ずる時、其の生涯が即ち、一個の大失敗であったことを、悔む時があるに相違ない」

最後、力の秘訣をこう語っている。

「私共が世に対して有する力は、全く私共がどれ程、神を握り居るかということによって決する」

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カントへの疑義

ドイツの哲学者、カントは三批判書以外にも、いろいろな書物を出している。それらを読むと、やはり、啓蒙の立場、理性の立場に立っているのが、よく分かる。そして、進化論的な展望が、その中で、信仰的真理と、どのように関係しているのか、課題を感じてしまう。彼の育った環境はプロテスタント敬虔派の影響があったらしく、キリスト教との関係も見えるが、それは、やはり彼方のものと見ていたように思える。

例えば、『人類の歴史の憶測的起源』という本がある。その中で、こう言っている。

「当初この新来の人間夫婦をもっぱら指導せねばならなかったのは、やはり本能--即ちあらゆる動物が聴従しているこの神の声であった」

「とはいえ、こうしてひとたび自由を味わってしまった状態から、(本能に支配される)隷従の状態に帰ることは今となってはもう出来ない相談であった」

「こうして人間は、一切の理性的存在者と--その地位の高下は問うところでない--同等のものになった。つまり彼は、自己そのものが目的であり、何人からもかかるものとして尊重せられまた何人によっても他の目的の為の手段として使用せられないという要求に関して、あらゆる理性的存在者と同等になったのである」

「人間より高い存在者は、資質などの点では実に比較を絶して人間に勝っているかも知れないが。しかしかかる類のいかなる存在者にしろ、それだからといって人間を勝手に(処理)処置する権利をもつものではない」

「人間が、理性により人類の最初の居所として指示されたところの楽園から出ていったということは、単なる動物的被造物としての未開状態を離脱して人間性へ、本能のあんよ車を棄てて理性の指導へ、約言すれば自然の後見を脱して自由の状態へ移行したことにほかならない--これが人類の最初の歴史に関する如上の解釈の要旨である」

全体的には、進化論的歴史観の表明であろうか。しかし、その中に、人類の悲劇の原因である原罪が織り込まれていない。進化論はもっともらしく思えるし、科学的証拠が出てくるので、反論しにくいと思う。その限りでは、進化論でいいと思う。しかし、楽園追放は、そこでは肯定されるのである。信仰的には否定しなければいけないのに、そのギャップが埋まらないのではないだろうか。

楽園では、本能が神の声であったという。ということは、楽園では、人間は理性的動物ではなかったということになる。

楽園を追放されて、人間は理性を持つようになった、そう読めるのではないだろうか。そして、そこで楽園追放を讃美しているのだとすれば、原罪の贖いといった発想はなくなるのであろう。ようするに、キリスト教思想の根幹がないのである。これは問題ではないのだろうか。特に、聖書に基づいて語っているのだから。

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近代の超克

デカルトが見い出したという近代哲学の原点(「我思う、故に我在り」)は、既にアウグスチヌスによって発見されていた。彼は、『幸福な生活』次のように言う。

「「私が一切を疑っても、私が疑っているという事実は疑うことができない、それ故少くともこれを一つの真理と認めねばならぬ」「お前は私の云う事を認めず、それが真実であるかどうかと疑っても、お前の疑いを疑っていないことに注意せよ、そしてお前の疑いがお前にとって確実であるならば、その確実性の根拠を探究せよ。即ち疑うものとしての自己を認識する人は一つの真理を而も確実性を以って認識する。それ故真理を疑うものは疑うことの出来ない一つの真理を自己の中に利用するのである」(「真なる宗教について」)」

アウグスチヌスはデカルトと同じことを言っているのではないだろうか。

しかし、少し違うとすれば、「その確実性の根拠を探究せよ」と促しているところであろうか。その先に、真理という言葉が出てくる。アウグスチヌスにとって、この真理は神と同義であろうか。そうかも知れない。しかし、それは自然神学の神であろう。神探究のきっかけを与えたいと、彼は考えたのであろうか。

アウグスチヌスは中世哲学の中に生きている。この後半の示唆を、デカルトは無視している。そこから近世・近代哲学が出てきたといえるかも知れない。

近代の超克は、このデカルトの限界に立って、アウグスチヌスの示唆を受け止めるところから始まるのである。

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認識の方向

現象学派の哲学者、マックス・シェーラーの著者に『人間における永遠なるもの』がある。

その中で、彼は言う。

「次ぎのアウグスチヌスの説は、原理においては今もなお正しい--神を精神として認識する宗教的認識は、それに先き立つ現実存在の定立に依存せず、また非精神的世界の性状の認識にも依存しない。だから精神としての神を、われわれは「世界の光において」認識せず、逆に世界を「神の光において」認識するのである、と」

「現実存在の定立」や、「非精神的世界の性状の認識」に依存しているのが自然神学なのだろう。自然神学には、限界があり、啓示神学へのつながるには、断絶、超越、飛躍がなければならない。その「断絶、超越、飛躍」を強調しているのだろう。

これは、トマス・アクィナスにおいても、言われているのである。しかし、アウグスチヌスよりは、連続的な捉え方がされているかも知れない。そんな人もいるらしい。しかし、それは誤解であると思う。

創造活動は、このアウグスチヌス的原理にたって、現実存在の世界に新たに何ものかを投入することである。しかし、その時、時空世界の物になれば、「世界の光において」認識される「危険性」は常にある。こうして、創造活動の「悲劇」が始まる。しかし、それでも、創造活動によって、時空世界に「何ものか」を投入しないのであれば、世界の聖化の可能性は見つからない。可能性を用意するのは、先に知った人の義務ではないだろうか。

シェーラーは言う。

「言語と理性との所有によって始めて人間は人間となる」

「人間は人間となる」という。自然的な人間、人間の自然的成長のことを指しているのだろう。

また、言う。

「神は存在すると言う限り、すべての現存在の中に存在する。一切の現存在は神の存在を分有し、この分有によってはじめて一個の世界となるのである。神はその本質及び存在そのもの点から言って、万物の中に存在する」

このままでは、汎神論ではないのだろうか。創造主と被造物との関係は、その言葉の意味からして、関係はあると言える。しかし、関係があるということを、被造物の中に神が存在するとまで言っていいのだろうか。

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実存哲学の診断

フリッツ・ハイネマンの著者に『実存哲学 その生けるものと死せるもの』(Existenzphilosophie lebendig order tot?   by Fritz Heinemann)があった。

そこで著者は、いう。

「人間の創造的行為によって招来されるこの地上の変貌(聖化)などということは、幻想である」

これは創造的行為の定義いかんではないだろうか。ベルジャーエフは、創造的行為による聖化を考えているのだろう。なぜなら、聖化の火が、既に人に下っているからである。あとは、それを盛んにすればよい。それが、創造的行為だ、という解釈なら、それは幻想ではない。であれば、創造的行為こそ実存哲学の王道を行くものである。聖化の火が、人に燃え移っていけば、地上の変貌を期待できるではないか。

オリンピックでは聖火だが、「聖化の火」は、信ずる人の心の中にある。

「《思うに、絶対的なものを見いだすために懐疑からではなく絶望から出発しなければならないことを、たぶん高い値を払って経験するであろう時代が、もうそう遠くはない》」

懐疑からの出発はデカルトの出発であり、近世の原点であった。しかし、近代の後は、懐疑ではなくて、絶望からの出発である。それがキェルケゴールの出発であった。だから、キェルケゴールは近代の終わり、ポストモダンの預言者であったとも言える。しかし、その出発はすでにアウグスチヌスにおいても知られていたのである。

それを知れば、「これは何だ」という思いにかられる。

「ヤスパースの大仕掛けな試みにもかかわらず、われわれはいまなお実存論的論理学のニュートンを待つほかないのである」

「思考は一定の技術を必要とする。でなければそれは《筋道のない物思い》(ホッブス)にとどまるであろう」

日本には絶対矛盾的自己同一という「論理学」があるけれど。

「《非実存的哲学》は言語、あるいは記号およびそれの操作、学的命題の解明、あるいはただのおしゃべりに従事している」

「哲学とは全的な人間の表現であるべきで、単なる人間の知性の表現にすぎぬものであってはならない」

要するに、実存哲学だけが、自己を真剣に問う哲学なのだということである。

「ひとびとが故郷を追われ、根こそぎにされて、たえず脅かすされている破局の時代においては、人格の真の自己実現は極度に困難になってくる。それ故に、われわれは問わなければならない--哲学者たちは、ひとりひとり、はたして哲学者たるその自己を実現できているか。またその哲学は実際にはたらくものになっているか、それともたんに要求やプログラムにとどまっているか、と」

「実存哲学者たちは、自分たちが疎外を克服しうるという点で、マルクスやヘーゲルがそうであったように、自信があるわけでは決してない」

著者は、実存哲学は何ものかを得ようとしているが、得られるかどうか分からないという立場であろう。確かに、そんな実存哲学もあるかも知れない。しかし、それは世俗的な実存哲学である。それが登場したのは、歴史の質的弁証法の故であった。しかし、本来的な実存哲学は、そういうものではない。

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2007年6月28日 (木)

仰瞻

仰瞻(ぎょうせん)という難しい言葉がある。「慕ってあおぎ見ること」と辞書に、その意味が記されていた。

内村鑑三関連の本を読んでいて、知った。あの、シーリー学長の教えを連想した。自分の心の中ばかり見ないで、十字架のイエスを仰ぎ見よ、と言われて、これが内村の回心になったというのである。だから、これは対象が特定されれば、救いに至る信仰、あるいは信頼と同じような意味なのだろう。

しかし、こうして救いをあずかった後、どういう変化が起きたのだろうか。内村は、その後も、自分の心を見るに耐えなかったのだろうか。そうではないと思う。

新生のあと、人は、自分の心に安住できるのである。自分の限定を「許す」ことができるのである。

だから、仰瞻とは、この世に対して語られている。キリスト者が聖化の道を歩むためには、別の言葉が必要かも知れない。

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終末の戦い

「一千年の期間が満ちると、サタンはその牢獄から解き放される。そして、地の四方にある諸国の民を惑わすために出て行き、彼らを戦いのために招集する。この者どもがゴグとマゴグである。その数は海の砂のように多い。この者どもは、あの地の高原に登り、聖なる人々の陣営と神に愛される都とを取り囲んだ。すると、天から火が下ってきて、この者どもを焼き尽くした。そして、彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄の池に投げこまれた。そこは、あの獣と偽預言者とがいる所である。この者どもは、昼も夜も、永遠にそこで苦しめられているのである」(ヨハネ黙示録20章7-10節、フランシスコ会訳)

中世千年王国説を採用すれば、近世・近代は、どうなるのでしょうか。千年王国が終わった時に何が起きるのか、聖書は、語っています。フランシスコ会訳では「終末の戦い」という小見出しをつけています。

最終の戦いということでは、ハルマゲドンという名前がよく使われます。しかし、ハルマゲドンは、黙示録16章16節に出てきます。黙示録20章7-10節の戦いがハルマゲドンかも知れません。しかし、確認はしていません。

以前、米国の根本主義者の思想、いや信仰を扱った本の中に、『核戦争を待望する人びと―聖書根本主義派潜入記』という本が 朝日新聞社から出ていました。

物騒な表題です。それはなぜかというと、核戦争はハルマゲドンを意味し、その後に再臨が来る、再臨の前にはハルマゲドンがなければならない、だから、ハルマゲドンを待望しているのではなくて、本当は再臨を待望しているのだ。そのような思いが、あの表題の裏にあるのだと思います。

しかし、核戦争を待望するなどとは、本当は、とんでもない罪ではないかと思います。イエスは、「しかし、わたしはあなたがたに言う。だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。」(マタイ5・28)というのです。

心の中の思いは、外に現れて犯罪となるまでは取り締まることができません。しかし、イエスは、心の中の秘めた思いにも注意を向けています。

さて、われわれは再臨を待望しています。では、ハルマゲドンを待望すべきなのでしょうか。これは避けたいと思います。

では、どうしたらいいのでしょうか。ハルマゲドンは終わったという理解です。もちろん、根本主義者らは、これは間違った聖書解釈というでしょう。しかし、核戦争を待望するというよりも、ハルマゲドンは終わったといった聖書解釈の方が、もし可能であれば、イエスのみこころにかなうのではないでしょうか。

歴史観が問われているのだと思います。聖書的歴史観なのですが、それは一体何なのか、ということも含めて。

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近代の克服

我思う その真理 みな知っている
 思うを思う それも大切

デカルトの「我思う、故に我在り」の真理は、近代のスタートを可能にした真理として知られていますが、それは既にアウグスチヌスに知られていました。そして、トマス・アクィナスもそれを知っていたようです。しかし、トマスは、もう一つの真理に、それを関係づけたようです。そこに近代の克服があるように思います。

「思う」だけでは、「思う」人が罪人てあるという真理は開示されていません。この真理は「思うを思う」に至って、初めて開示されるのだと思います。

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2007年6月27日 (水)

生活法

「人は一度或る善き生活法を採用したならば、終始其処に踏みとどまり、その中へ一切の善き生活法を包摂し、己の生活法は神から受け取ったものであることを専ら注意し、今日はこれ明日はあれと転々せず、「自分の生活法では何かが等閑にされているのではないかしら」などという不安は断乎として払拭しなければならない」
(『神の慰めの書』エックハルト著)

生活法が悪いと生活習慣病になる。そんな人が現代では多い。警告が発せられている。

しかし、生活習慣病そのものを治そうとしても、うまくいかないのである。なぜか。原因はもっと深いところにあるからである。それは魂の問題である。体の異常(病気)は魂の危機を知らせる信号である。魂の問題を解決した時に、知らず知らずのうちに生活習慣病も治っていくと思う。もちろん、病気の意味が、これで尽くされているとは思わないのであるけれど。

それにしても、体の健康だけでなくて、魂の健康について、もっと関心を持ってもいいと思う。

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新生の瞬間

新生の瞬間とは、どういう瞬間なのだろうか。それが人間にとって、重大な時である故、多くの人たちが証言し、また書き残してきた。ブルンナーは、次のように言っている。

「予言者的宗教の歴史認識について語ったとき、われわれは、その認識がけっして理論的認識たりえないと云うことを夙に見た。理論的意識は質的時間について、したがって歴史について、何ごとも知らないしまた知りえない。それはただ時計の時間を、量的で中性的な時間を、識るだけである。歴史意識、伸ばされた非図形的時間の意識は、世界の主としての神の認識とともに、かつそれによって、与えられている。主を主として認めること、それはけっして理論的意識ではなくて、優れた意味における実践的意識である。主の言を主の言として聴くとは、それをただ認識するばかりではなくて、承認することを意味する。而して、この承認は実存的決定である。これによって、わたくしの実存が処理され、わたくしは服従し、わたくし自身をその処理に托せる。この認識は同時に決断である。歴史を認識するとは真実になることを意味する。というのは歴史を認識するとは事象を真面目に受取ることを意味するからである。真面目さは、歴史的時間を時計的時間から区別する性質である。「いまこそ時なれ」--この言葉は一つの命法である。それは決断を要求する。「いまこそ最高[絶好]の時なり」と附言するとき、このことはさらにいっそう明瞭になる。時間が最高[絶好]の時(“hochste Zeit”)として、ウルティムム・テンプス(ultimum tempus)[最高の時を意味するラテン語]として性質づけられるとき、そのとき時間は完全に真面目に受取られており、そのとき人間自身もまた完全に真面目になったのである」
(『人間性の限界』ブルンナー著、有賀鉄太郎訳、アテネ新書51、85-6頁)

福音の宣教とは、こういう瞬間への招待である。

しかし、時間の不思議は、たとえば、キェルケゴール(1813~1855)など昨日の人のようにも思うが、日本で言えば、江戸時代の人なのである。

( hochste のoは、正しくは、oウムラウトです。)

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新生へのみちしるべ

40年くらい前、『新生へのみちしるべ』という小冊子がありました。著者は、ウェスレー研究で著名な野呂芳男氏で、青山学院大学教授でした。紛争のため、優秀なクリスチャン教師たちが他の大学に移られ、野呂教授も、その中の一人でした。

この小冊子を読んで、私は反発を感じていました。私だけではないのではないかと、今も思っています。保守的な信仰者なら、何か感じるでしょう。しかし、新生への「みちしるべ」というなら、一つの考え方として、それでいいのかも知れません。実存的決断としての信仰がなければ新生もないのですから。

しかし、今は、それをきっかけにして、議論が起きればいいではないか、という別の気持ちもあります。議論が起きないということの方にも危機感を感じるのです。

野呂氏は、この小冊子の主張を、今も自分の見解と考えておられるかどうか、それは知りません。もし、「今は違う」というのであれば、公開は控えなければなりません。そういう連絡がいただければ、いつでも、応じようと思います。しかし、一つの信仰論議として、まだ信仰について考えている若い人たちには、あるいは有意義かも知れないとも、思います。

小冊子には、こんな個所がありました。

「私はキリスト教というものは、人々が自分で聖書を読んでこれが正しいと思うことを信じてよい宗教であり、そのような自由が許されているものがキリスト教の本質的な性格の一つだと思う」

歴史的には、正統と異端の論争がありました。正しいと自分では思っても、異端とされてしまうかも知れません。しかし、論争が起きたということは、その中で、人々は何かを学ぶかも知れません。その意味で、著者の言う自由を大切にしたいと思います。

「イエスが処女マリアから生れたことが科学的に証明できなくても、それはキリスト教にとって本質的に重要な事柄ではない。それは科学の問題であってキリスト教の問題ではない」

聖書の無謬性、無誤性の主張者は反発するかも知れません。

放送大学で、関根清三氏が、聖書の直解主義を批判していました。直解主義とは、耳慣れない言葉でしたが、文字通りの解釈という意味らしい。根本主義的聖書解釈への批判なのでしょう。創世記の記述を、そのまま「歴史的事実」と受け取ると、進化論と矛盾します。米国では、そんな議論が長く続いています。私は、直解主義を避けても、信仰を維持できると思います。逆に避けなければならない記事も聖書には多いと思います。しかし、解釈の中では、聖書の真意を受け止めているという認識がなければならないとも思います。

「キリスト教の信仰は自由なものである」

この自由をどう解釈すべきでしょうか。実存の中で、信仰を「構成」していく自由があるのだ、という意味なのでしようか。客観的真理が自分の外にあって、それを学ぶことがキリスト教なのではなくて、もちろん、それが出発点としてあるでしょうが、そのあとは、信仰を自分なりに構成していく自由が与えられている、ということなら、プロテスタントの歴史の中では、みな、そうしてきたと思います。聖化の前の自由であれば話にならなくとも、聖化の過程での自由であれば、それが認められてきた、それが教派を形成したのであろうと思います。

「キリスト教の信仰は、世界や自然を眺めて神を見出すことの出来るものでもなく、過去の人類の歴史のうちに神の業の跡を見出すことによって、神を信ずるものでもない」

カントの純粋理性批判で、純粋理性の限界が語られ、これは信仰への確実な道ではないというのですが、私も、そう思います。

「信仰の生き方は、神の愛の証拠を求め、証拠によって生きるのではなくして、人生はちょっと見た所無意味であり、確かに又、私は人生に反抗するには弱すぎる。けれども私の心の中には何かに頼って清く生きたい。そういう人間の本質からしぼりでる願いが生れる時に、あなたは現在弱く汚れているが、それでもなお絶望せずに、あなたの生存は実にかけがえのないものだから--神がイエス・キリストを十字架にかけねばならなかったほど--あなたは現在のままで生きていってもよい、生き抜きなさい、とキリスト教は人々に呼びかけているのである。その時に他の誰でもなくてこの自分が、「はい」というのが信仰なのである。それゆえに信仰とは何か手につかに、目に見えるものに頼って生きるのではなくして、魂の内側を深く探ってみて、自分は汚れていて生きていては申し訳ない、太宰治のように「生きて来てすみません」と言わざるをえないような時に、そのままで生きなさい、神は十字架にその独子をかけるほどあなたを愛しているのだから、どんなに汚れにまみれ不健康であっても生きていてよいのだ、という根源的な肯定に対して、そうだ生きようと答えることが信仰なのである。信仰とはそれ以外の何者でもないのである」

これが新生の前段階でしょう。しかし、新生の説明ではないように思います。

「復活とはイエス・キリストにおいて表わされた神の愛に対して、どのような態度をとるかということであって奇跡ではない」

奇跡という言葉の定義が必要かも知れません。復活は科学的な事実として言われているのではないと思います。科学的に事実であれば、誰もが信ずるでしょうが、現実は皆が信じているのではないからです。

復活とは、新生の原因を尋ねていく中での「信仰の原点」とでも言うべきものではないでしょうか。新生は聖霊が与えられて成就するものです。聖霊が来られるということは、イエスが復活したからで、復活が原因です。新生が確実であれば、復活も確実です。そういう論理ではないかと思います。

「聖餐式は神の国が来た時、再びイエスと共に食することができるものとして、即ち、もう一度、イエスが地上に来たるときる時、共に神の国での饗宴につくことができるという希望をあらわしたものである」

もっと、現在的な面もあるのではないかと思います。聖化の前進という意味です。栄化の喜びは将来のこと、聖化の前進は今のことです。

「自分がどのように自分を生かしきるかということが最も重大なことであり、自分の死後のこと、天国のことなどをこせこせと考えることは間違いである」

死後のこと、天国のことを考えることが、自分を生かしきることとつながっていると思います。

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再臨信仰

再臨は いつか分からぬ 信仰は
 明日と思って 歴史再編

再臨の日を特定することは禁じられている。しかし、再臨信仰においては、それは明日である。そして、そのような歴史観を形成しなければならない。

後千年王国、前千年王国、無千年王国など、再臨と千年王国の関係では諸説がある。どれが真理か迷うのである。あるいは、そういう問いが間違っているのかも知れない。

実存の中で歴史観を選択する。そういう自由があるのかも知れない。それがベルジャーエフの創造活動なのかも知れない。

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2007年6月26日 (火)

正常と異常

変人は異常者という印象の表現である。しかし、正常も異常も相対的であり、比較の問題である。

『天才の心理学』の中で、著者のE.クレッチュマーは、こう言っている。

「精神的に健全なものは、生物学的にばかりでなく、社会的にも、非健全なものに比してつねに優位にあるという謬見が一般の人の間にある」

「精神健全者とは、概念的には正常人、通常人に通じる。とにかく、均衡状態にあって自ら足りているものは精神的に健全であると称することができる。しかし心情の静謐、無事快適は、むかしから決して偉大な行為への拍車とはならなかった」

「「天才は狂気なり」と言いきることができるであろうか。われわれはそれを欲しない。むしろわれわれは「天才は純生物学的に見て、人類中の稀有にしてかつ極端なる変種である」と言いたい」

一般的には、誰もが健全、正常、通常を願い、求めているのではないだろうか。しかし、その中で、少しみんなと違った人がいる。彼が変人のままで終わるか、それとも天才に変貌するかは、どこで決まるのだろう。

天才とは、こういう存在とのことらしい。

「「天才」とは、積極的の価値感情を、広い範囲の人々の間に永続的に、しかもまれに見るほど強くよびおこすことのできる人格である」

「天才とは、単に「価値を持ち来る者」ではなくて、「価値を創り出す者」である。しかも同時に天才はまた一個の偉大な人格の構造それ自体、すなわちあらゆる内的緊張と外的葛藤とを克服した究極の風格に満ちた完成品であり、特に後世に対してあたかも偉大な記念碑のような影響を与えるもの、また高揚した精神として独自の価値をもつものである」

ジャン・クリストフを生み出したロマン・ロランも、天才であったと思う。天才は決して少なくはない。われわれは天才たちのおかげを日々、受けているのである。

「あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることはできない。また、灯をともしたとき、それをますの下に置く人はいない。燭台の上に置く。こうすれば、それは家の中のすべての人々のために輝く。このように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい」(マタイ5・14-16、フランシスコ会訳)

もし、あなたが信ずるなら、あなたも天才たちの仲間入りをするであろう、とも言えると思う。

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千年王国論

千年王国の記述は、ヨハネ黙示録の20章に出てきます。

『イエス・キリストの再臨』(ルネ・パーシュ著、いのちのことば社)という古い本があります。そこには、千年王国が千年期として説明されています。そして、「千年期後再臨説」と「無千年期説」は支持されないと述べています。これがプロテスタントの福音派の一般的な立場なのかも知れません。

しかし、プロテスタントの中でも、改革派は無千年期説で、カトリックも無の立場だそうです。カトリックと言っても、アウグスチヌスの説でもあります。「アウグスティヌスは、メシアの未来における統治を信じた後、千年間は霊的意味に取らなければならないと教えはじめた」(432-3頁)と書いています。

カトリックでは、フランシスコ会聖書研究所訳注の『新約聖書』で、この部分の詳しい注が載っています。

「ダニエル7・9,22,27,一コリント6・2参照。「生き返り…一千年の間、統治する」は、イザヤ26・19とエゼキエル37・1~6と同じく、象徴的に解釈するのが適切であろう。したがって、殉教者の復活は、ローマ時代の大迫害の後、教会が自由となり、新生することを象徴するものである。一千年間、統治するということは、地上における神の国に適用して、ローマの大迫害の終わりの時から、この世の終わりにおけるキリストの再臨の時までの期間を指すものであろう」(963頁)

私は千年王国というものは、未来に待ち望むものと思っていました。しかし、無千年王国説では、もう既に始まっているのです。では、いつから。ローマの迫害のあとです。キリスト教が公認となり、国教となっていく、その過程で千年王国が始まったという解釈なのだと思います。

ただ、この注では、再臨までが千年王国といいます。しかし、聖書では、その前に「一千年の期間が満ちると、サタンはその牢獄から解き放される」(7節)と書かれています。

だから、一千年が終わり、そのあとサタンの解放の時期があり、そして再臨がくる、と聖書では読めるのです。

そのサタン解放の時期はいつなのでしょうか。私は、それが近世・近代ではないのだろうかと思うのです。そして、近代はあの苦難の世界戦争と共に終焉したと思うのです。

無千年王国説では、ここまでは言わないのではないかと思います。以前書いた「中世千年王国説」というものは、従って、無千年王国説の一つのバリエーションです。

一つの解釈の可能性について述べてみただけです。当然、反論はあるでしょう。

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生活作法

迷惑と 恥を避けよと 教えられ
 スマートに生く 俳優のごと

「人の迷惑となるようなことはしてはいけません」
「恥ずかしい生き方はしてはいけません」

迷惑と恥をさけよ、とは、かつては親が子に教えてきたことなのだろうが、今でも日本に漂っているエートスのような気がする。

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2007年6月25日 (月)

超越

「超越とは能動的な動的な過程であり、人間がカタストロフィを通ってそのうちに生き、深淵を潜って運ばれ、彼の実存のうちに断絶を体験し、外在化されずして内在化される人間の内面的な体験である」
(『奴隷と自由』ベルジャエフ著)

ここで言われているのは、救い、新生、回心の描写なのだろう。信ずるということは、こういうことなのだろう。しかし、洗礼が一回だけであるように、新生も一回限りである。その表現とも言えるが、あるいは反復される超越の表現かも知れない。一般に実存主義では、超越は反復されると教えられると思うが、厳密には一回限りと思う。反復される超越に関しては、もう少し考察が必要である。

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思惟の矛盾

「社会生活に関するわたくしの思惟に含まれている根本的な矛盾は、わたくしの内部に二つの要素が並んで存在していることと結び合っている--すなわち、人格の自由と創造に関する貴族主義的な解釈と、各人の尊厳、最もとるに足りない人間の尊厳さえも主張し、生活における彼の権利を保証せよという社会主義的な要求とである。これは高き世界に対する熱烈な愛、至高なものに対する愛が、このより低き世界、苦悩の世界に対する憐憫と衝突することである」(『奴隷と自由』ベルジャエフ著)

前者がエロース、後者がアガペーなのだろうか。高きものに心がひかれ、また低いところにも関心がある。それは人格の分裂を意味しているのだろうか。いや、逆に健全さを意味しているのかも知れない。

呼吸は吐くと吸うの逆の動作の繰り返しで、それで生命が維持されている。吐くでけでも、吸うだけでも、一つの動作だけでは、人は生きられないのである。

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輪廻転生

輪廻転生については、聖母文庫『カトリックの終末論』はカトリック信仰において、はっきりと否定しているのであるが、『キリスト教とは何か』(カール・ラーナー著、エンデルレ書店)では、可能性を指摘している。こう言われている。

「ここでさらにもう一つの問題を指摘しておきたい、すなわち、いわゆる「中間の状態」に関するカトリックの、ひとまずは非常に古風な想像の仕方が、ひょっとすれば次のような可能性のための出発点になりうるかもしれないということである。それは東洋の諸文化において普及しており、当然のようにみなされている、いわゆる「魂の変容」、「生れ変わり」に関する教えを、よりよく積極的に取り入れるという可能性である(訳注・ラーナーは東洋宗教への好意から、輪廻思想の積極的解釈が有りうることを暗示している。東洋における比較宗教学・神学の今後の課題であろう)。ただし、そこで前提となっているのは、少なくともそのような「生れ変わり」が、あたかも永遠にとどまることなく、時間的に継続される人間の宿命であるかのように理解されてはならぬ、ということである」(581頁)

これは「いわゆる「煉獄」の教え」の項目の中での文であり、煉獄と輪廻転生との関係を考察するのも無意味ではないという示唆であろう。しかし、輪廻転生が永遠に続くという見解に対しては反対している。

要するに、この世で新生に至らなかった魂も、死後、別の世で救いを得るというのではなくて、この世に転生し、この世で新生を得る機会を与えられるという想像の妥当性であろうと思う。

ところで、内村鑑三は、「死後の救い」の可能性を考えていたという指摘もある。これは『改革派教理学教本』(岡田稔著、新教出版社)の中の「非信仰的な死後観」の項目の中にあるもので、次のように書かれている。

「再試験説あるいは死後入信可能説である。内村鑑三もこの説をとっていたらしい。これによると、死後にも現在と同様に何らかの形で福音に接する機会がありまた信仰をえるチャンスがあると見るのである。これが極端に異教化すれば来世を輪廻的に現実界と変わらぬ経験的世界とすることになろう。日本人の長い異教的思想の慣れからこうした考えが浮かび出るのではなかろうか」(499頁)

内村のどの文章を指しているのかは確認していませんが、気持ちとしては分かるような気がしています。

洗礼を受けていない、信仰告白していない人は、日本に大勢います。「なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである」(ローマ10・10)が救いの道、条件であるなら、大多数の日本人は死後、どうなるのでしょうか。

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置換神学

新約時代にあって、キリスト教とユダヤ教との関係をめぐり、ユダヤ民族に対する神の恩恵は、ユダヤ民族のイエス拒否という罪の故に、ユダヤ民族からキリスト教会が相続したという理解がある。伝統的に、そう考えられてきた。置換神学という。

私のかつての上司は、一言、そんな立場を語ったことがあった。ユダヤ人の使命はキリストの誕生のためであり、そのあとは教会が、その祝福を継続している、と。ブルトマンも、そんな立場らしい。

しかし、ユダヤ人への神の約束、回復預言はまだ有効であるという理解もあり、置換神学批判を言う人もいる。

特に、民族回復預言はパウロの言葉として聖書の中にあり、聖書の霊感説によって、それを支持するとなると、どう解釈するのか、という問題となる。ユダヤ人の聖地帰還が聖書の終末預言の成就という見方もあり、内村の理解も、そういう線上にあった。バルトはユダヤ民族への神の約束は続いている、と考えている。

さて、ハルナックは、どう考えていたのだろうか。岩波文庫『基督教の本質』(山谷省吾訳)には、こういう個所がある。

「原始基督教史に於けるパウロの画期的意義を叙述する場合、彼が猶ほその存続を許したユダヤ教からの解放に関し蒙っていた制限をも挙げる必要があった。それは第一に彼は基督教的ユダヤ人が律法を持ち続けることは当然だと考え、もしくはそれを許したこと、第二にイスラエル国民に与えられた約束は、彼等に特に充たされるだろうと考えたこと、第三に何時かは全くイスラエルが救われるだろうという確かな希望を宣言したこと、である。基督教がユダヤ教から全く解放されたのは、パウロの後、無名の人々の手によってである」(298頁、第十講の注)

これによれば、ハルナックは「置換神学」支持者であり、ユダヤ人の特別な地位というものを、キリスト教の中では認めていないと考えられる。しかし、そういう解釈は聖書霊感説の中で許されるのだろうか。

この問題はディスペンセーショナリズムの聖書解釈とも関連する。そこではユダヤ民族と神との約束が中心で、キリスト教会の立場は「つけたし」になる。反置換神学的立場と言えるかも知れない。

ところで、最近は統一教会の立場もある。そこでは、やはり、キリスト教会から統一教会への置換神学が語られているのだと思う。少なくとも、私の印象では、そうなのである。

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眺望

「私たちは、キリストにある神の愛を十分に理解することができないかもしれない。しかし、高く登るほど、いっそう多くのものを見ることができる。聖別された生涯の最高峰は、無限に広がる沃野を十分に見おろすことができるのである」(『信仰の高嶺めざして』F.B.マイヤー著)

司馬遼太郎さんはキリスト者ではなかったが、歴史の眺望を求めているといった思いを、どこかで語られていたように思う。

キェルケゴールの出発点には共感するけれど、その歩みを続ける中で、ヘーゲル的な人類史の眺望が与えられればと思う。

眺望は歴史観、世界観であり、そんな観は、人が生きるに必要だと思う。

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思惟の対象

人間の尊厳とは何であろうか。

パスカルは「人間は考える葦」といった。またデカルトは「我思う。故に我あり」といった。

「考える」とか思惟というものが、そこで語られている。

アウグスチヌスは「神が人間を神の像と似姿にしたがって創ったというのは、人間の思惟のことである。神の像であるのは、人間の思惟にほかならない」(アウグスチヌス「信仰と信条論」1・2、ジルソン「中世哲学の精神」下、19頁)ともいっている。

人間の他の動物と違うところは、思惟能力である。

であれば、思惟は人間の本質ともいえる。

ということは思惟を失った人間は人間の本質を失っているということかも知れない。脳死が人の死という論拠は、ここにあるのだろうか。

では、思惟とは何であろうか。

思惟には対象が必要である。対象は外界のことであり、感覚で捉えられるものだ。ここに科学的思惟の前提がある。

しかし、思惟の対象は外界にとどまらない。われわれの心の中で日々刻々行われている変化もまた対象となりうるものだ。その因果関係を理解することは難しい。あるいは理解できないのかも知れない。

しかし、この消息は、いろいろな人によって既に多く語られている。それらを頼りに、対話を進めていくことで、あるいは、遅々としてではあっても、人間の心の内側の理解が進むかも知れない。

そのような自己探求の姿勢が必要である。宗教と、その問いに応えるものであり、逆に宗教とその信徒に、そのような問いを促すものでなくてはならないのではないだろうか。

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2007年6月24日 (日)

聖者国家

安全の 保障聖者に 求めるは
 理解できるか 多くの人に

聖者国家という言葉を聞いたのは、元明治学院院長の故武藤富男氏からであった。「結論を言えば、造るべき国家は、強盗国家、やくざ国家の時代を脱し、商人国家から紳士国家へ、紳士国家から聖者国家へと進化して行くべしということである」と著書『社説三十年 第一部』(キリスト新聞社、39頁)で書いている。

戦後の日本に対しては、商人国家という印象を持っていたようだが、紳士国家への移行を感じとったかどうかは、知らない。しかし、最終的には聖者国家という国家の目標を見ておられた。

実は、この聖者が国家を救うのである。こんな指摘がされている。

「もし、城壁の中に10人の正しい者が見つかっていたなら、町全部が救われていたのである。不敬虔な人たちは、自分たちが、彼らの間にいる神の子たちにどのように負うところが大きいか、ほとんど知っていない。彼らは、とうの昔に神の怒りの洪水によって、ひとり残らず押し流されていたことであろう。しかし、彼らの間に正しい者がいるかぎり、神は何ごともなすことがおできならないため、さばきは保留になっているのである。気の早いしもべたちは、しばしば、毒麦を刈り集めたいと申し出る。しかし義であられる主は、「いや、毒麦を集めようとして、麦も一緒に抜くかもしれない」と答えられる。ああ、なんと世の人たちは、世の腐敗を食い止める塩であり、混乱と暗黒の再支配をとどめるための光である聖徒たちに、どのように大きな負い目があるかということを知っていないことか!」(『信仰の高嶺めざして』F.B.マイヤー著)

神は旧約聖書で、アブラハムに対しても、同じようなことを語っている。

従って、聖者を生み出すことが、その国にとっての本当の安全保障なのである。しかし、多くの人たちには、そのことが分からない。

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カルヴァンの資格

「宗教改革の指導者の多くは、カトリック教会にいた時に教職の任職を受けていました。カルヴァンの場合は、任職を受けた証拠がありません。彼は信徒の知識人で、信徒グループの指導者に立てられて、聖書と教理を教えましたが、そのままプロテスタント教会の牧師になりました。彼はジュネーヴで働き始めた時、「講師」という名で聖書講義を担当しました。これは市当局に任命されたのであります。その後、まもなくカルヴァンは牧師の仕事を始めていますが、教会的任職を受けた記録はありません。それは記録が失われたのではなく、任職式がなかったらしいのです。カルヴァンは按手礼を受けておりません。後になって、任職式をし直すということもありませんでした。それでは、カルヴァンは本当の牧師ではなく、モグリの説教者ではないかと言われるかも知れません。しかし彼自身は召しを確信していました。彼の同僚たる牧師たちも、彼の説教を聞く教会員も彼が召しを受けた説教者であることを疑っていないのです。儀式がなかっただけであります」(『カルヴァンの「キリスト教綱要」を読む』渡辺信夫著、新教出版社、228頁)

カルヴァンは一人の信徒であった、ということ。そして、牧師としての按手礼は受けていなかったということ。しかし、それでも神の召命はあったのだということ。

カトリックの秘蹟的観点からカルヴァンの活動を見れば、これは信徒使徒職の最大限の展開と見えるであろうか。

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2007年6月23日 (土)

巡礼

「同行二人」を常に思いつつ、巡礼者は行く。巡礼者の白装束は、この世に対する死の表現。巡礼とは人生という旅、同行二人とは、「私と聖霊」。

キリスト教の中にも、巡礼観念はある。『信仰の高嶺めざして』(F.B.マイヤー著)には、こんな言葉があった。

「人類の歴史を貫いて、小さな群れがいる。彼らは神聖な、とぎれることのない伝統を保ち、自分たちは地上にあっては巡礼者または旅びとであると告白してきた」

「巡礼者は、あらゆる時代を通じてよく踏み固められた、定められたコースを、急いで通過して、自分自身のホームに着く--それ以外に、なんらの願望ももたない」

巡礼というのは、自分にとっては、まず一つの外的現象であるが、それを通して、その跳ね返りの中で、自分の生を問うという意味をも持っている。

(『聖書之研究』のバックナンバーを見ていた時、そこに、F.B.マイヤーの名前を見つけたことがある)

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カトリック神学

「目を転じてカトリックを見ると、カトリックの神学者はカトリック神学者としての自己確認をアウグスティヌス研究か、トマス・アクィナス研究によってしているようです。この二つは実はかなり違うように私は思うし、実際、それに養われて形成される神学の骨格も違います。それでも、この二つの領域で神学を身に付けることによって、カトリック神学者としての自己確認ができ、カトリック神学者らしさを備えるのです」
(『カルヴァンの「キリスト教綱要」を読む』渡辺信夫著、新教出版社、41頁)

著者はカルビンの研究者としては著名な人です。ここでは、挿入的に書かれた言葉ですが、カトリック神学にとって、アウグスティヌスとトマス・アクィナスはやはりベースなのだろうと思います。この二つ神学の違いは、エチエンヌ・ジルソンも指摘していますが、また関係も書いています。この二人について研究書が続々と出てくるようであれば、未来が開けてくるように思います。

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浅い日本人

「日本人は浅い民である。彼は喜ぶに浅くある。怒るに浅くある。…彼らの中より、偉大と称すべき何ものも起こらない。…人は何びとも、エホバの神に深くしていただくまでは浅い民である」

「日本人はまだ偉大ということを教えられないのである。ゆえに、たまたま偉大なる者が、その内に起っても、これを認めることはできない。実に情ない次第である。今日の日本人を相手にしていれば、人はだんだん小さくなるばかりである」

上記引用は、『日本のキリスト教』(北森嘉蔵著)にあった。内村鑑三の文章であろう。昔のキリスト者は、日本を掌中のものと見ていた。考え方が度外れていた。たまには、こんな人が出てもいいのである。

ところで、この本には、こんな言葉もあった。

「神は、教会と信徒とを、「歴史形成」に召し給う」

歴史形成には、歴史観が必要である。しかし、今の教会に、また信徒に、歴史観があるのだろうか。ないだろうと思う。だから、まだ神の召しを待っている状態なのではないだろうか。

こんな言葉もあった。

「<恩寵もサクラメントを通して信者の魂にそそがれる準物質的(セミフィジカル)なもので、プロテスタンティズムに於ける如き父なる神の人格的恩顧(フェヴォアー)ではない> これはカトリシズムについて述べられた文章であるが、カトリシズムの恩寵観に対する批判としては、ほとんど完璧にちかい」

コメントは著者の言葉であろう。準物質的の言葉は聖体を意識しているのかも知れない。しかし、恩寵は聖霊の実感の中にあるのだと思う。

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ヤスパース回想

カール・ヤスパースについては、もっと関心を持ってよかったと、今では思う。ベルジャーエフに心を奪われていた時、その劇的な人生を背景にした書き方に対して、ヤスパースは、やはり、どこか観想的であった。もちろん、書いている内容は「実存」に関してなのであるけれど。

彼の自伝に『哲学的自伝』(ヤスパース著)がある。ベルジャーエフには「哲学的自叙伝の試み」という自伝がある。英語では「夢と現実」という題であった。それと比較して、ヤスパースの自伝に、少し失望したことがあった。しかし、今は、ヤスパースは、もっと丁寧に読まなければと思っている。

『哲学的自伝』には、こんな記述があった。

「子供のときから私は病身でした」

「それ自身で進行性ではないが、慢性の疾病状態にあると、健康を愛する気持がどれほど亢進するか一驚に価します」

ヤスパースが最初に向かったのは医学であった。その背景には、自身の健康が関係したのであろうか。

「私の青年時代につきましてせいぜいふれうることは、私の内面的生活史であります」

今の言葉で言えば、自分史なのだろうか。自分史を書くことは、周囲の人々に迷惑をかけるかも知れない。島崎藤村は、それを顧慮せずに、告白の小説としての自分史を書いているが、小人としては、ここでためらいを覚えるのである。

「私の眼にうつったところによれば、職業哲学者たる教授連が説く講壇哲学は、決して本来の哲学ではなく、科学たろうとの要求をもってする、われわれの生きることにとって重要ならざる物事の論究に、例外なく尽きるものでありました」

ベルジャーエフも、講壇哲学に批判的であった。しかし一般に哲学の名で呼ばれているものは、この講壇哲学なのかも知れない。そして、このヤスパースの批判に対しては、私も全く同感である。このような講壇哲学が今も大学の哲学の主流であるかどうかは知らないが。

「個人の自由な活動を許すのが我慢ならない者は、自由と同時に創造力と大学の精神をも、破壊せずにはおかぬでありましょう」

大学紛争の時、いくらか、このようなことを感じた。大学の精神というものは、個人の自発的問いを圧殺するのではなくて、それらに柔軟に対応できるものでありたいと思った。

「1933年以降は、予想もされぬことどもを、否おうなく経験させられました。人間が恐るべき状況のせいでいかなるものに変貌しうるか、精神的に才能ある者が妄想のせいで、見掛けは善良そうな市民が不誠実のせいで、見掛けは品行方正な人間が悪意のせいで、多くの人間が無思慮のせいで、利己的近視的受け身の態度のせいで、何に変わりうるか、こうしたことは、人間に関する知が一変されざるをえぬ程度で、現実として経験させられたのであります」

これは15年戦争の時にあたる。世界史においても、大変な、激動の時期だったのだろう。そして原爆。将来の人類史に対する「神話」が生まれてもよさそうな時代であった。

さてもヤスパースは、哲学をどう考えていたのだろうか。

「《哲学すること》の根本操作の課題はいついかなるときでも、単なる対象的なものを越えて、対象的なものがそこから発する根源であると同時に、対象に向けられた主観の思惟もそこから発するところの根源へと超越することなのであります。対象(客観)でも思惟作用(主観)でもなく、かえって両者を自己のうちに包んでいるもの、これを私は包括者と名づけました」

根源を求めての問い、それが哲学的精神であろう。

「私は他人の眼には神学的と思われる物事を神学者として論じているのではなく、私は哲学しているのだ、ということはまぎれもない事実でした」

確かに、キリスト教に関心を持つ人たちは、ヤスパースにも関心を持つだろう。それは対象が重なっているからである。そして、言う。

「高度の意味での哲学とは予言的哲学である」

これはベルジャーエフと同じ。しかし、ヤスパースの自己理解は。

「哲学者は予言者ではありません」

預言者は歴史をやらなければならない。そして、やはり、実存哲学は歴史を対象にしなければと思う。

しかし、それでもわれわれはヤスパースに多くのものを負っている。それは彼が書いたからである。

「書くことが私には楽しみなのです。書いていると考えていることが自分にはっきりしてくるのです。それに終わりにもうひとついえば、ひょっとして将来革命でもおこったとき、私は手ぶらで突っ立っていたくはないのです」

書くこと、記録すること、あるいはブログを書くことは、やがて他の人々に益を与えるかも知れない。

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中世千年王国説

中世に 千年間の 王国を
 見てもよいのか 無の説の中

「千年の王国」は「千年王国」のこと。「無の説」とは「無千年王国」のこと。

近代の超克思想の行く先には、こういう可能性もあるのではないかと思います。

だいたい、千年王国は将来のこととして、待っているのが一般的な理解と思いますが、「中世千年王国説」だと、もう終わってしまっているのです。そのあとの混乱期が近世・近代という理解です。

ということは、ローマ帝国の中でキリスト教が国教になった時が千年王国の開始であり、宗教改革で、それが終わったという歴史観です。

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2007年6月22日 (金)

プロテスタント的見方

「プロテスタント的に考える場合には、ややもすれば歴史を逆に見て、ルッテルによってアウグスチヌスを解し、ルッテル・アウグスチヌスによってパウロを解し、そしてそのパウロの「聖書的」権威によって凡てを審こうとする誘惑にかかり易い。此の様な非歴史的な見方に従えば、オリゲネスの如きはエラスムスと同様の、福音の意味を解せざる一個の合理主義に過ぎなくなるであろう」(『オリゲネス研究』有賀鉄太郎著)

プロテスタント的見方というのは、その通りなのだと思う。著者は、「誘惑にかかり易い」と言うが、それは「凡てを審こう」という誘惑を意味しているのだろう。どこからが誘惑かは、分からない。改革派神学では、「誘惑」ではなく、「当然」という感じ方だろう。そんな路線の中では、著者の言うように、オリゲネスもエラスムスも傍系に見えてくる。関心が起きないのではないだろうか。

著者はプロテスタントなので、なぜ「誘惑」と見たのか、そう見せたものは何であるのか、それに興味がある。根本主義と少し距離をおきたい福音派の心情に近いものが、そこにあるのだろうか。

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足もとを見よ

「しかし、われわれは今こう言うことができる。歴史の意味は常に現在にある。そして、現在がキリスト教信仰によって、終末論的現在として理解される時、歴史の意味が実現されるのである、と。「わたしは歴史の意味を見ることができない。だから歴史の中へ織りこまれたわたしの生は無意味である」と不平を言う人は、次のようにいましめられねばならない。あなたのまわりを見まわして普遍史をのぞきこんではならない。あなたは自分自身の個人的な歴史( your own personal history )を見つめなければならない。歴史の意味は常にあなたの現在にあるのであって、あなたはそれを見物人のように見ることはできないので、ただあなたの責任ある決断においてのみに見なければならない。終末論的な瞬間である可能性が凡ゆる瞬間の中にねむっている。あなたはそれを目ざまさなければならない、と」(岩波現代叢書『歴史と終末論』ブルトマン著、201頁)

普遍史をのぞきこんだのがヘーゲルなのだろうか。キェルケゴール的批判が、この文章にはあるのかも知れない。

ところで、ヘーゲル的普遍史においては、アウグスチヌス的二世界論は、どういう取り扱いなのだろうか。弁証法的発展という「ねじれ」の中に、二世界の関係が含意されているのだろうか。

「終末論的な瞬間である可能性が凡ゆる瞬間の中にねむっている。あなたはそれを目ざまさなければならない」というのが宣教への召命なのかも知れない。

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終末論的出来事

「パウロとヨハネによれば、終末論的なできごとは劇的な宇宙的破局として理解されるべきではなくて、イエス・キリストの出現をもって始まり、それにつながって歴史の中で繰返し起る歴史内の事件として理解されるべきであるが、どの歴史家によっても確証され得るようなかの歴史的発展としてではない--ということはキリスト教使信の逆説である。それ<終末論的なできごと>は説教と信仰とにおいて繰返しできごととなる。イエス・キリストは過去の時代の確立された事実として終末論的できごとであるのではなく、繰返し現存するものとして、説教を通してここでいまあなたやわたしに呼びかけるものとして終末論的現在なのである」
(岩波現代叢書『歴史と終末論』R.K.ブルトマン著、196-7頁)

説教が必要というが、証し、証言も、それに含めていいのではないだろうか。説教といっても、聖書を語るだけではなくて、そこに聖霊がおられるという実感がなければならないのだろうと思う。そのことをバルトは重視したのではないかと思う。しかし、バルト批判者たちは、それは聖書の客観的権威を崩すものと解釈したのだろう。だから、バルトが批判された部分は、バルトにおける実存主義的発想なのだと思う。

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アウグスチヌス

デカルトの影もキェルケゴールの影も、アウグスチヌスの中にあるような気がする。

デカルトの、懐疑の中で、懐疑する我の存在は疑えない、という真理契機は、アウグスチヌスも既に知っていたことは、よく知られている。

また、実存主義はキェルケゴールの創始ではなくて、アウグスチヌスにもその痕跡があるのではないだろうか。「私は、神と魂を知りたい。ただそれだけ」という言葉は、実存主義の発想そのものではないだろうか。

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映画「シベリア物語」

昔、ソ連映画「シベリア物語」を見たことがありました。戦争から帰った一音楽家の人生を描いたもので、ロシアの自然が美しく、ひどく感動しました。日本の言葉で言えば、人情もまた感動的であったということでしょうか。ロシア民謡に、それはよく現れています。

映画「シベリア物語」は、大衆と共に歌う中から生まれ出て来た芸術家の姿を、厳しくも雄大なシベリアの自然とそこに訪れた戦後の新しい建設の時代の息吹の中で歌いあげた音楽映画で、戦後ソビエト映画のヒット作と言われています。全編を通じて「バスカル湖のほとり」「シベリアの大地」「流刑人のうた」ほか9曲が歌われています。監督I・プイリエフ、撮影V・パヴロフ、主演V・ドルージニコフ、M・ラドィニナ。ズリナ映画祭グランプリほか。モスフィルム。1947年の作品です。

ラジオ深夜便で、ロシア民謡が流されました。最後の歌が、「バイカル湖のほとり」で、アンカーは、「シベリア物語」という映画にも触れました。この映画のような環境で生きることは、人間にとって最高の幸せである、と今でも思います。

極寒の 地に響く歌 あたたかく
 寒に抗する かのようにして

ロシアという国は、終戦間際の行為によって、日本では悪い印象を持たれているのですが、逆に、その音楽によって、どれだけよい印象を与えているか知れないと思います。悪い印象を越えて余りあるものがあると思います。

作家・五木寛之さんも、ロシアに強い郷愁を感じられたようで、ラジオ深夜便で話されていました。

五木さん ロシア語学科 専攻す
 その理由には 共感覚ゆ

愛憎の アンビバレンス 不思議なり
 ロシアの心 ベ氏が解明

思想犯 過酷な処置に 耐えながら
 地下室描く ド氏の筆力

シベリアの 音楽映画 忘れない
 あの明るさは 世紀を超えて

(注・五木さんとは作家の五木寛之氏で、早稲田大学文学部ロシア語学科で学ばれたとのこと。ベ氏とはベルジャーエフ、ド氏とはドストエフスキーのこと、地下室とは『地下生活者の手記』、音楽映画とは「シベリア物語」のこと)

しかし、分からないことがありました。映画では、最後に、レーニンをたたえ、共産主義社会に希望をつないでいたのですが、民族精神の精華を描いたような、この映画が、どうして唯物主義、無神論の共産主義を賛美しているのか、分かりませんでした。それは時代の要請による「つけたし」部分なのだろうかとも思いました。

シベリアの 映画に見たる 社会主義
 その期待よし 誰も思えど

資本主義 格差を生んで 崩壊す
 マルクス予言 挫折はなぜか

金持ちが 福祉活動 精出して
 想定外の 行動に出て

予想外 無神前提 崩れたり
 勝者の信が 社会救えり

ウ氏は言う 金儲けせよ 金捨てよ
 寄付の心は 信の心ぞ

(注・ウ氏とはウェスレーのこと。「シベリアの 映画」は「シベリア物語」のこと。)

今では、ほとんどマルクスの言葉を聞きません。ソ連の「実験」で、何を学んだのか、それを検証すべきではないでしょうか。

ソ連消え 再生ロシア その民は
 ド氏らの描く あの民なのか

ソ連の消滅を、あのアリス・ハーズ夫人は、どういう思いで迎えたでしょうか。もちろん、夫人は地上の人ではありません。ベトナム戦争反対のために、1965年3月16日、焼身自殺したのが夫人です。82歳でした。

夫人は厳格なクェーカー教徒、平和主義者と言われていました。しかし、晩年、ユニテリアン・ユニバーサリスト教会の一員となったとも言われます。岩波新書『ある平和主義者の思想』(アリス・ハーズ著、芝田進午訳)があります。

訳者はあとがきで、夫人の思想を説明して、こう書いています。

「ともあれ、ハーズ夫人は、ソ連擁護という点でキリスト教徒ないし平和主義者のなかではもっとも急進的な最左翼にぞくしていたといえる。彼女にとっては、地上に「神の国」を実現するとは共産主義者と協力して社会主義を実現することであり、また共産主義者とともに社会主義を実現することは地上に「神の国」を実現することにほかならなかた」(215頁)

ちょうど、その逆の道を選択したのがベルジャーエフでした。今、ロシアの人たちは、ソ連時代をどう回想しているのでしょうか。

ロシアの初代大統領エリツィン氏が死去されました。映像からは教会生活が戻ったようですが、現在のロシアの人たちの我々に対する影響は余り大きいとは言えないでしょう。ドストエフスキーやトルストイ、またベルジャーエフなどの描いたロシアの人たちのイメージはまだ強烈に脳裏に残っているし、映画「シベリア物語」は忘れられないのですが。

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救いの範囲

救いを伝える人間は、救いの範囲をどう考えるか、それは大切な問題であると思う。

ところで、カトリック教会からは全く違う見解が聞かれることがある。「教会以外に救いがない」ということ、そして、この教会はカトリック教会を指しているとして、プロテスタント教会は、これまで批判してきた。カトリック「原理主義者」の間には、この見解の繰り返しがなされているかも知れない。「第二バチカンはとんでもない。他教派、他宗教への妥協などありえない。帰正以外に救いはない」と。

しかし、また別の声も聞かれるのである。

たとえば。

「教会は、たとえ思想信条は異なっても、人がその良心に従って神を求め、善を行うとき、自らに落ち度がない限り、神のみが知る仕方で救いに達すると確信している」

この言葉は、他教派、他宗教、あるいは無神論者であっても救いはあるのだ、と言っているようであり、そう受け止める人もいるかも知れない。

そして、カトリック「原理主義者」の言葉と、後者の言葉は、普通の感覚では矛盾であろう。いや、カトリック「原理主義者」は、破門の警告を受けているのだから、「間違い」なのであり、後者が正しいのだ、という解釈もあるかも知れない。しかし、プロテスタントのカトリック批判は、前者に対してなされてきたのである。

前者もまた、教会の言葉で「見えない教会」を指しているのであれば、プロテスタント教会の信徒も反対はしないであろう。後者に対しては、ではイエス・キリストに対する回心は救いに必要ではないのか、といった疑問が起きるかも知れない。

こういう疑問というものは、語られ、また聞かれるべきものではないだろうか。それによって、真理はより明らかになるのであろう。

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2007年6月21日 (木)

ベルジャエフ人物像

『ベルジャエフ』(田口貞夫著)という本がある。著者はベルジャエフの紹介で名前の出てくる人である。ベルジャエフとは、どういう人物だったのだろうか。この本の抜粋(「」内)と私見である。

まず、実存哲学について、彼はこう言っている。

「真の哲学は実存哲学である」

ここまで、ずばりと言われては、と思うかも知れないが、どこか、内村鑑三と同じような率直さが感じられるのである。そして、こういう。

「哲学者の品位は、意見を率直にのべることにある」

彼は、自分の哲学は実存哲学だとは言っても、それは宗教的・キリスト教的なもので、無神論的な実存主義には批判的であった。こう言う。

「ベルジャエフは、キリスト教的実存主義の立場にたつ。ハイディガーやサルトルを、無神論的なものとして、批判した。ヤスパースの方が、両者よりはよいとしている」

このような人生の選択を、彼は青年時代になしたという。それは意味への問いを自らに課したというのである。

「わたしは、青年時代に、意味(神)と、永遠(救い)とを、探究しようと決心した。この探究こそ、わたしの回心ともいうべきであり、哲学への召命であった」

こうして、彼は神を見い出したのである。

「宗教にもつずいてこそ、真の生活があり、真の哲学があり、正しい社会がある。宗教こそ、真の生活技術である。宗教は、すべてのものに意味をあたえ、人間の眼を、真に、開かせる」

「人が、神を見失うときには、また、充実した生活を、見失ってしまう」

彼の性格について、ここで一瞥しておこう。

「つねに、環境にさからう傾向の人がいるがね、わたしも、その一人であり、いかなるものにも頭を下げることができなかった。わたしは社会に適応しなかった。社会において、地位をしめることを、わずらわしくおもった」

「かれが、職業的革命家とならずに、もっぱら実践面よりも、精神面において努力したことは、現実の面には不向きな、かれの性格の一端をしめしていると、考えてよかろう」

「かれは、圧迫された世界には、絶対に満足しなかった。生涯が、実に、危機の連続であったともいえるが、このような状態を解決するために、決然として、超越へむかって、たち上がったのである」

「かれは、生涯を通じて、孤独、苦悶、あわれみ、不安、自由などの諸感覚を意識したといっている」

「ベルジャエフは、現実の、社会、歴史、人間を肯定することのできない、激しい性格であり、終生に亘って、苦悶、不安、あわれみ、自由などの諸感覚を、意識した。つねに、終末への期待があった」

こういう彼の性格からして、彼は独学であったと言ってもいい。

「かれは、多読で、博学であった」

彼の思考は、プラトンに負うものがあったようだ。また、神秘主義的にものもあった。

「ベルジャエフによれば、思考や認識は、元来、情熱的なものであり、知性だけの働きではなく、意志や感情の働きでもあった」

「プラトンのイデア論は、アリストテレスの哲学よりも高く評価しうる。しかし、プラトンのイデアの世界は、畢竟、静的な、存在論的な概念であって、非人格主義的な性格のものである」

「ベルジャエフは、神秘主義を、静的な型と、動的な型の二つにわけているが、かれ自身の神秘主義は、活動的な神秘主義といってよいであろう。かれは印度型の、沈思によって自己を滅却し、この世界の呪縛からのがれようとする、冥想的な神秘主義には、あきたりなかった。神がかり的に、恍惚状態になって、忘我をのぞみ、自己の安心をえようとする、退嬰的な神秘主義を嫌った。こうした、静的な神秘主義は、人間を、真に、解放し、人間の自由を覚醒させる方法ではないと、考えていた」

しかし、ベルジャエフの関心は歴史に向けられていたようである。歴史哲学に関して、彼は書いている。その歴史はヘブライ的・キリスト教的な歴史観であった。

「歴史哲学はメシア主義なしには考えられない」

「「終末論の形而上学」の中でも、かれは、「私は、すべてを、終末の光にてらして考えてみたい」と、のべているが、彼の全思想は、終末をめざす闘いであったということもできよう」

「全歴史が終末へむかって進行している」

「現世を肯定することのできない精神は、伝統的にヘブライ人のものである」

哲学というものは、聖化の前と限定する必要はないのである。聖化の過程においても、人には哲学の可能性が与えられているのである。ベルジャエフは、そのことを教えているように、私には思える。

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2007年6月20日 (水)

証言

「信仰が創造的忠実さであるかぎりにおいて信仰の本領は、それが不断の証言であるという点にある。「証言」という思想はここに位する。「証言」は、この語の強い意味において実存的であるのみならず、およそ実存哲学という名に真に値する哲学ならば必ずこれを基礎にして作られねばならないところの中心的な予件の一つである」(『神の死と人間』ガブリエル・マルセル著)

マルセルは昭和40年代の前半、来日したことがある。一度、講演を聞いたことがあったが、余りよく分からなかった。本も、わたしにとっては少し難解だった。

この個所は理解できた。ウェスレーの始めた運動では体験が重視されていて、それは「証言」として表現される。これは、信徒であれば、誰でも出来ることである。ウェスレー神学の研究者が、実存論的神学という名前を使ったが、互いの関係を考えれば理解できることだ。

キリスト教の「武器」は、この証言である。証言を忘れた信徒は、どこかで信仰の危機を、自分で招いているのではないかと思う。

マルセルはカトリック信徒であったが、「神に向かう実存主義者」と言われていた。

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異教思想

「基督教はユダヤ教の如く異邦人を民族性の故に嫌悪しなかったが、異教思想の故にはどこまでも排撃して止まなかった。殊にそれが教会に潜入するや異端排撃は峻烈を極めた」(『基督教』岡田稔著)

例えば、アウグスチヌスにおける新プラトン主義、トマス・アクィナスにおけるアリストテレスは、どうなのだろうか。彼らは、異教思想に修正を加えているが、そういう作業があっても、異教思想は否定されるべきなのだろうか。異教で行けるところは異教で、そのあとは啓示によってという具合に、段階的に考えてもいいのではないだろうか。ギリシャの学問がなければ、キリスト教神学も、そもそも不可能である、と思う。

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カトリック教会化

「基督教のカトリック教会化は要するに基督教のユダヤ化、ギリシャ化、ローマ化であって、一面外部の異教的世俗的なものを取入れた結果であり、他面内部の本質的なものを注ぎ出してしまった結果でもある」
(『基督教』岡田稔著)

例えば、「武士道に接ぎ木されたキリスト教」を内村鑑三は提唱した。その時、内村の中に、「キリスト教の武士道化」という言葉が浮かんだであろうか。それと同じような語感を「基督教のユダヤ化、ギリシャ化、ローマ化」に感じるのだが。

「他面内部の本質的なものを注ぎ出してしまった結果でもある」と言われるが、トマス・アクィナスにおいて、キリスト教の根本信仰・思想は貫かれていると思う。トマスはアウグスチヌスの恩寵論を正しく継承しているというりが私の理解。だから、引用部分には、具体的には何を指しているか、なお説明が必要と思う。

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堕罪の結果

「人は最初創造せられた時には意志の自由を具有していた。と言うことと、その意志の自由が、アダムの最初の犯罪に於て喪はれたと言うこと。これが聖書の教える主要な真実である」(『基督教』岡田稔著)

堕罪前のアダムにおいては、恵みを保持する自由と失う自由があったけれど、堕罪後には、その自由がなくなった、ということが著者の言いたいことなのだろう。絶対他力、アウグスチヌスの恩寵論から、そういえると思う。

しかし、受け止めようによっては、堕罪後に人間には自由意志がないということになり、それでも人間といえるのか、という議論になる可能性もある。

「意志の自由」を自由意志と考えると、それは堕罪前、堕罪後ともに人にはある、という反論。自由意志のない人間を人間というのか、という議論。人間である以上、誰にでも自由意志はあるという主張。

このあたりは丁寧に議論しないと、誤解が生まれてくると思う。

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生涯学習

ネット見よ 放大もあり 深夜便
 その気になれば 選択無限

ネットはインターネット、放大は放送大学、深夜便はNHKラジオ深夜便。

生涯学習の手段は、身近に転がっている。あとは動機の問題。動機がなければ、何も始まらない。

若者に「自分の生きる意味が分からない」という人がいるという。こういう人は、きっと将来、大物になるだろう。あなたは哲学者である。

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2007年6月19日 (火)

覚醒への呼びかけ

「おお、長き平和よ、その実の何と甘く、その結果の何としぶきことよ! われわれが武器を手にしていた間は、われわれは勇敢にして信心深き国民であった。さていまや、われわれが幸福な安らいのうちに、われわれの祝福された祖国の数々の収穫をとりいれ得る時に至って、われわれは放縦にして臆病な国民となってしまっている。同胞諸氏よ、われわれをしてこの死のねむりからめざめしめよ、われわれの足下に開いているこの深淵をのぞかしめよ」(『悩みと光』ヒルティ著)

これは戦後60年余り経た、現在の日本に対して言われたことではありません。しかし、今の日本の状況にもあてはまる言葉ではないかと思います。

もちろん、平和は大切です。しかし、平和の中で失われているものがあるのではないか。それに気づこうという呼びかけと思います。

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輪廻転生

以前、『転生の秘密』(ジナ・サーミナラ著、たま出版)という本を読んだことがある。面白かったし、説得的でもあった。ウェスレー神学研究者の野呂芳男氏が、輪廻に共感していること資料に接したこともある。詳しくは知らないけれど。

D.L.ムーデーは、『神への道』の中で、こう言っている。

「墓の中に入っても悔改めることはあり得ると言う人もあります。けれども聖書にそう書かれてあるのを見たことはありません。注意して聖書を読んで見ましたが、ついに人が救われるのに、次の世即ち第二の世界に機会があるということを見出す事は出来ませんでした」

一応、輪廻思想の否定を言っているのだろうか。

これは煉獄の否定も指摘しているのだ、というと、カトリックは、煉獄の中にも救いがあるとは言っていないと思う。煉獄に行く人たちは、既に救われた人たちである。

ところで、救いが何であるかは聖書が語っている。しかし、現実は、その定義によれば、救われていない人たちが圧倒的に多い。その人たちを地獄に落とすという理解を持つべきなのだろうか。それは酷ではないか。しかし、カルビン系の信仰では、酷ではないと言い切るのである。

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救霊の火

『救霊の火』という本があった。著者はJ.R.ライスという牧師であった。この人の本で最初に読んだのは『祈の驚異』という厚い本だった。昭和38年の暮れころ、横浜の本牧に救霊伝道隊という米国人の宣教師が主宰していた全寮制の学校があり、そこで学んでいたSさんの読んでいた本が『祈の驚異』だった。その時、初めて、J.R.ライスという人物を知った。

ライスの信仰は根本主義と言われていて、ビリー・グラハムの協力伝道にも批判的であった。救霊伝道隊の主宰者もボブ・ジョンズ大学という米国の根本主義系の大学を卒業した方と聞いた。

講義の中で、「聖書はバーバル・インスピレーション」という言葉を聞いて、「原語霊感」のことかと思ったが、「言語霊感」のことと知った。同じような言葉として、福音派の中では、「逐語霊感」という言葉もあったが、それを避けて、一般には「十全霊感」という言葉が使われていた。

『救霊の火』の中には、こんな言葉もあった。

「救霊者は、数多くの聖句を暗記によって学ぶべきである」
⇒そのための本もあるように思う。

「私は伝道者の数が多すぎるとは考えていない、むしろ充分ではないと思っている。伝道者の数は少ないのである」
⇒信徒全員が伝道者になればいいのである。もし、心に証しがあるのであれば、その証しを語ることによって、明日からでも伝道者になれるのではないだろうか。現代はインターネットの時代である。

「エレミヤは、生まれる前から既に伝道者の召命を受けていた」
⇒おそらく、この召命の従おうという意志が、エレミヤの明日を見せてくれたのだろう。遺伝子みたいなもので、人間にはどうしようもないことがある。

「クリスチャンにとっての唯一の安全は絶えず救霊の業に励む事にある」
⇒いま、危険地域にいるクリスチャンは多いのではないかと思う。

「箇々の絆を救霊の為に用いる事を明らかに神は意図し給う」
⇒身近から始めればよい。しかし賢くやらねばならぬ。

「地獄にいる人々は、地上の救われない兄弟たちに警告が与えられる為、誰かが遣わされん事を乞い求めつつ絶叫している」
⇒根本主義的信仰には脅迫的要素があるかも知れない。彼らにとっては、当たり前なのだろうけれど。

「説教している時に、説教者が立ったり座ったり、泣いたり笑ったり、時には歌ったりしてはならないという法がどこにあろう」
⇒日本に、こんな説教者がいるのだろうか。

「天国にある救われし者は、地上に於ける我々の馳場に深い関心を示している」
⇒こういう認識は、どこから得たのだろうか。

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あなたの勝手

「私は誰に向っても、信じて下さいなどと、ねだりたくはない。彼らが信じようが、信じまいが、私は一向に構わない」(『恩寵溢る』ジョン・バンヤン著)

伝道者は、福音を伝える責任を持っているが、福音を伝えられた人が信じて救われなければならないという責任まで負っているのではない。

福音を伝えるということは、救いと裁きが起きるということであり、実に厳粛なことである。すべてを救うというわけにはいかない。

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ウェスレー語録

ウェスレーは、後世、有名になった言葉をいくつか残している。『説教』(ジョン・ウェスレー著作集)には、次のような言葉を見い出すことができる。

「私をして一書の人たらしめよ」

「あなたは、魂を救うこと以外、何もする必要がない」

「私は、私自身が空中を飛ぶ矢のように生を通り抜ける、束の間の被造物である、と考えてきた」

そして、また、次のような文もあった。

「「信仰による救い」が世界に宣言される時にはいつでも、神の敵は非常に荒れ狂う。それは神の敵が、信仰のみが彼の王国の土台を転覆することができると知っていたからである」

「「その手に葦をもつ小さな子供が立ち向かって来ることによって,高慢な、強い、武装した大人がじゃまされ、蔑視されるなら、それはその大人をどんなに怒らせることか。」とくにその小さな子供が、たしかに彼を転覆させ、踏みつけることを、彼が知っているのだから。ちょうどこのようなののが主イエスである。あなたは、生まれて間もない幼児のように無力で弱いが、あの強い大人はあなたの前に立つことはできないだろう」

「あなたがたに向かってだれかが、非常に率直に語るという必要が、まったくあるのである。それは、とくに、今の時に、必要なのである。なぜなら、これが最後の時でないなどとだれが知っているか」

「すべての真実に良い行為は、義認の後に従がうものである。神が欲しまた命じておられるごとくになされないすべての行為は良いものではない。しかしながら、義認以前になされたすべての行為は、神が欲しまた命じておられるごとくになされていない。それゆえに義認以前になされているすべての行為は良いものではない」

ルター、カルビン、ウェスレーと並べてみると、やはりウェスレーの語録が有名であるし、今でも繰り返し語られているように思う。

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2007年6月18日 (月)

ウェスレーの運動

ジョン・ウェスレーに関する本は現在、種々出版されている。以前、小冊子のようなものが出ていたが、なかなか迫力のあるものであった。こんな内容であった。

「もし神が何かの御目的のためにウェスレイを起ち上らせ給うたとすれば、それは霊的基督教を復興させんが為でありました。その霊的基督教とは即ち信仰による義認と御霊の証及び全き潔めということでありました」

ここでは三つ挙げられている。「信仰による義認」「御霊の証」「全き潔め」である。あとの二つは「聖化」に関するもので、最初の一つは文字通り「義認」に関するものである。要するに、義認(新生)と聖化について、彼は語ったということである。ウェスレーの信仰を継承する教会は、だいたい、この二つは高く掲げていると思う。

しかし、この主張をしていく中で、この世は、それをありがたく受け入れたのではなかった。強烈な反対が起きたというのである。

「私たちは到る処で狂犬のように取扱われた。説教にも、新聞にも、種々なる小冊子の中にも、私たちは前代未聞の怪物として描かれていた。然しそうした事も私たちを動揺させるには足らなかった。私たちは凡ての階級の人々に信仰による救を証しつつ進撃した。私達は自分達の信仰の勝利によって平和を得るまでは自らの命を惜しまぬ輩であった」

普通の人間的な安全感覚からすれば、こんな状況は避けるであろう。平和に、そして仲良く暮らすことを心がけるのではないだろうか。宗教はまず、そのように教えるのではないだろうか。しかし、ウェスレーは、そんな平和の中で、魂が失われていくことに耐えられなかったに違いない。

「諸君は霊魂を救うことのほか、是非為さねばならぬことは何一つとしてないのである。それ故、此の働のために凡てを費し、且つ費されるものとなりなさい」

ただ一つのことを、ウェスレーは追求していった。それは、きっと彼のうちで、燃えるものがあったからに違いない。

「凡ての人に諸君が心中耐え難く思っている所の事を告げなさい、さもなければ、それはやがて諸君の心の中で激痛となるに至るでしょう。諸君の胸中の火を急いで投げ出してしまいなさい」

ウェスレーにとって、語るということは、きっと、この火を投げ出すということを意味したのであろう。そうしなければ、その火は彼を焼き尽くしてしまうことを知っていたからである。その火は、自分の罪を、そして人々の罪を焼き滅ぼすために投じられたのである。

福音というものは確かに救う力を持っているが、救いは自分ひとりのためのものではなく、伝播していく。人々は、それを待ち望んでいるのだから。

こうして、ウェスレーらによる運動は広がっていった。

「ああ、神を讃美する声を疾風の如くに地の端々までも行かしめよ」(ジョン・フレッチャー)

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創造活動

ベルジャーエフは、創造活動をせよというのであるが、その内容は何であろうか。

創造というから「無からの創造」を考えるなら、それは人間には無理なことである。では何を指しているのだろうか。

人間は「神の像」であり、また「神の像+似姿」である。前者は一般の人々、後者はキリスト者と考えている。

その時、創造活動の主体は、この神の像なのかも知れない。いや、神の似姿なのかも知れない。ベルジャーエフは、似姿における活動を考えているのである。

『カント』(岩崎武雄著)には、こんなふうに書かれている。

「主観が対象に従うのではなく、むしろ逆に対象が主観に従うという考え方は神の認識というものを考えれば、そこに何等の無理もなく成り立ち得るであろうことは明らかである。神の場合にはその主観的思惟によって、同時に対象が創造されてゆくと考えることができる。すなわち、対象が神の思惟によって存在せしめられるのである。この場合には対象は主観に従うのである」(61頁)

「認識論的主観主義という思想は神の場合には容易に考え得ても、有限なる人間の場合には本来解決困難な問題を含んでいるのではないであろうか」(62頁)

創造の原点は主観の中にある。神の場合はいいけれど、人間の場合には問題がある、と著者はいう。

しかし、人間はやはり何事かを生み出していく。それは「神の像」の力なのかも知れない。しかし、そこには、きっと「追い詰められている意識」があり、それが「創造」へと駆り立てるのだろう。だから、歪んだものが生まれてくる。それを調整するのが「神の像+似姿」を主体とする教会の活動なのかも知れない。

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人間の条件

「天賦の資質を恵まれた稀にして高貴な人間は、すべてが許されるというような人間ではない。反対に、彼は何物も許されない人間である。すべてが許されるのは、愚者とつまらぬ人間である。真の貴族的性質は、天才の性質のごとく、社会において特定の位置を占めるものではない。それは社会内に特定のいかなる位置をも占めることの不可能性を意味する。すなわち客体化の不可能性を意味するのである」(『奴隷と自由』ベルジャエフ著)

人間が時空存在である限り、客体化を避けることはできないと思う。しかし、ここでいう社会とは「我とそれ」の関係の空間を意味しているのだろう。この空間は厳然として存在していて、なくすことはできない。ただ、その中にいても、「我と汝」の関係を作り出す可能性は残されている。そういう関係を極大化に、「我とそれ」による客体化を極小化に、そういう努力をせよ、という意味にしか、とれないと思う。

人間の眼前には許されている分野が広がっているように見える。可能性の領域は広い。しかし、できない。なぜか。端的に言えば、動機がないからである。それは遺伝子によるものなのだろうか。

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エキュメニズム

エキュメニズム(教会一致運動)とは、主に西方教会内の秩序づけの課題であろう。

秩序づけとは存在者における統合の問題であり、基礎づけとは存在者と存在との間の関係づけのこと。

そう考えれば、エキュメニズムは見える教会の中における秩序づけといえるのではないだろうか。

しかし、見える教会は見えない教会に基礎づけられている。その関係を是認すれば、見えない教会の方を見ているものが、ソボルノーチスであり、無教会であろう。

無には無限の吸収力がある。エキュメニズムが、この無を見い出す時、その課題は進むのではないかと思う。

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2007年6月17日 (日)

綜合と再形成

「キリスト教思想史は、われわれが綜合と再形成とよんでいる二つの傾向の間を、交代して一定のリズムの中で進行して来た。綜合とは、キリスト教とその他から引き出された素材を結合して、キリスト教とキリスト教が入って行く精神文化の世界とを出来得るかぎり一つに融合させるように、その環境にキリスト教を調整する傾向を指す。再形成とは、キリスト教の特殊な性格があきらかにせられるように、キリスト教を他のあらゆるものから出来るだけ鋭く区別して、それを純粋な形で示そうとする傾向を指すのである」(『アガペーとエロース』ニーグレン著)

中世は綜合の時代、近世(宗教改革)は再形成の時代と、著者は言いたいのだと思う。私も以前は、著者と同じように考えてきた。しかし、今は、少し違う。

綜合の時代としての中世に対して、「環境にキリスト教を調整する」という言葉の中で、純粋なキリスト教から変質したという意味が示唆されているとしたら、違うのではないかと思う。以前は、この「違うのではないかと思う」という言葉が出てこなかった。しかし、トマスを読んで、そう思わざるを得なくなった。

と、言っても、著者の言うような面もあったのだろうと思う。しかし、それはトマスではないのである。そして、そうでなければ近世の出現は理解できなくなるからである。

この二つの言葉を使って表現するのであれば、「中世は確かに綜合の時代であった。しかし、それは再形成の真理契機を忘れたわけでもなく、それを中心にすえていたのである」ということになる。

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ウェスレーの言葉

ウェスレーの言葉として、よく知られているものに「世界は我が教区なり」がある。その意味について、彼は、こう説明している。

「わたしは全世界をわたしの教区とみなしています。その意味は、次のようなことを言っているのです。わたしが世界のどこにいようとも、救いのよろこびのおとずれをよろこんできこうとするすべての人にそれを伝えることを、ふさわしいことであり、正しいことであり、わたしのなさねばならない義務であると判断しているということです。これこそ、神がそのためにわたしをお召しになった仕事であるとわたしは知っています。そして、わたしは神の祝福が、それに伴うものであると確信しています」(『ウェスレーの神学』野呂芳男他訳)

伝道者は、みな、このウェスレーの言葉に生きなければならないのではないかと思う。

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村田蔵六

長州に 村田蔵六 出でざれば
 日本の歴史 いかになるらん

村田蔵六はのち、大村益次郎と名前を変えました。

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客体化

客体化 時空存在 必然で
 我が客体に 抗す創造

客体に ならずば不能 伝達に
 救いの知らせ その中にあり

人間は時空存在であるという存在形式をなくすわけにはいかない。その限りで、どんな人間でも、客体化を免れるわけにはいかない。時々、自分の時空限定を考えてみるのもいいかも知れません。

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2007年6月16日 (土)

ギリシャとは何か

「教理は、その概念と発展について見る時、福音の土壌の上になされたギリシャ精神の労作である。(A.von Harnack:History of Dogma)」(『アガペーとエロス』ニグレン著)

近世は企画はヘブライとギリシャの分離であった。ギリシャの「内容」を認めることによって、中世の総合が福音の変質をもたらしたのではないかという嫌疑があった。しかし、ギリシャの「形式」なくしては、そもそも「学」が成り立たないのではないだろうか。その「学」の中には、「神学」も含まれているのである。

そんなことを思いつつ、ギリシャの普遍性に理解が進む時、新たな「総合」としての「新しき中世」の企画も意味があるのではないかと思う。

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東條英機の死

近くの書店で、文春文庫『祖父東條英機「一切語るなかれ」』(東條由布子著)を見ていた。明治学院の武藤学院長という文字が飛び込んできた(230頁)。著者は東條英機の孫で、明治学院に入学したことがあり、その時、武藤学院長との出会いがあったのだという。この部分に興味を持って、本を購入した。しかし、余り多くは書かれていなかった。

本には、武藤氏の二男である直路氏のことも触れてあった(250-251頁)。ラジオ短波でのアルバイトの時の、著者の上司だったのだという。直路氏には、父・富男氏の葬儀に時に、明治学院の礼拝堂で一回、お会いしただけだけれど、その文章を読む機会があり、名文家との印象を持っている。

東條英機の死(絞首刑)は昭和23年12月23日午前0時1分という。それは武藤富男氏にとっても、人生の転機であった。

その葬儀は、昭和23年12月25日に行われたが、その時の模様を、武藤は回顧録で、こう記している。

「葬儀には婦人が多かった。東条全盛時代にとり巻いていた朝野の名士の顔は見えなかった。
 東条の葬儀に参じた時は私自身も彼とともに絞首刑を受けた思いであった。私は一旦死んで、新たなる人生に出発しようとの意志をこの時固める結果となった。恩師ウェーンライトの「伝道者になりなさい」とのことばは、この時、私のうちに成就された」(『社説三十年 第1部』武藤富男著、キリスト新聞社、116頁)

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アウグスチヌスの多面性

「教会を神の国と同一視し、教会の歴史的観念を、神の国の終末的観念と同一視することは、聖アウグスチヌスに由来するが、また客体化された意識から産れる幻想の一つである」
(『奴隷と自由』ベルジャエフ著)

無千年王国説や事効論はアウグスチヌスに由来して、それらは「教会と神の国と同一視」に影響を与えたかも知れないが、一方で、「見える教会」と「見えない教会」の区別もアウグスチヌスに由来することを考えれば、アウグスチヌスの一面を見ただけで、彼のすべてを語るわけにはいかないのではないだろうか。

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一人一教会

 内村鑑三は、若き日に「洗礼・晩餐廃止論」を書きました。これは言ってみれば、無教会マニフェストとも言うべきものでしょう。そこでは、洗礼・晩餐(聖餐)における、教会形成の「手段」「道具」的意味が捨象されてしまったとも考えられます。

 内村の信仰には精神の強調があり、ルターの信仰義認という、直接、神に向かう魂の姿勢、その継続の必要を感じ取っていたと思います。その意味で、彼は、無教会こそ、宗教改革の徹底、第二の宗教改革と言ったのかも知れません。それは同時に、内村において、体制化するプロテスタント教会への批判となって現れたのかも知れません。

 内村は、「一人一教会」ということを、その生涯の最後に言いました。彼の出していた信仰個人雑誌『聖書之研究』の最終号(昭和五年四月号)にその言葉があるのです(九頁)。その意味では、遺言とも言うべき言葉、「一人一教会」においては、あの「洗礼・晩餐廃止論」の結論が語られているのかも知れません。その考えを発展させていったのは内村の弟子の塚本虎二でした。

 しかし、それが無教会の表道とすると、裏線は、別の示唆を与えるものになっていると思います。

 内村は、いわゆる「洗礼・晩餐廃止論」に固執しなかったのです。実際、パミリー女史との論争の起きた直前の一九二七年十一月十四日には一少女に洗礼を授けていますし、また聖餐式もたびたび行っています。そのコンテキストを洞察する時、また別の理解も生まれるのではないでしょうか。それは一つなる教会への歩み寄りです。

 この「一人一教会」と同じような発想が仏教側にもあるようです。

 井上球二さんが始められた「一人一寺 心の寺」運動は、純然たる仏教運動なのですが、キリスト教では内村鑑三の始めた無教会運動と類似しているようにと思います。因果関係は分かりませんが、井上さんは、特に指摘していないようです。「一人一寺」という言葉に「一人一教会」という言葉が、かつて無教会の中で語られていたことを思い出しました。

『一人一寺 心の寺』(井上球二著、春秋社、1988年)という本があり、『朝日新聞』(94年2月22日)にも記事があります。月刊雑誌『現代』8月号(?年)に、吉田敏弘氏(ルポライター)が「教祖なし、お布施なし、宗派も自由──じわり広がる『一人一寺  心の寺』運動」という記事を載せています。「一人一寺」は「いちにんいちじ」と読むそうです。

 この運動の創始者は78歳で亡くなった仏教画家の故・井上球二(きゅうじ)さんです。この仏教運動は1981年(昭和56年)6月に始まり、一人一人が、心の中に無形の寺を建てて、いつも仏と共にいることを実感して、信仰生活の支えにしようというのが、その狙いです。ただ、一つの約束事があって、それは「延命十句観音経」を毎日唱えること。こうして、15年間で995番まで「心の寺」が建てられているというのです。

 井上さんは「心の寺」が宗派を超えたものであることを指摘していますが、無教会も、内村の心の中では、教派を超えたものであり、一教派という枠付けを与えられることには非常な抵抗があったのです。

 ただ、無教会の場合には、集会の指導者に対して独立伝道者という言葉を使い、牧師という言葉を使いません。独立伝道者でない無教会信者もいるのですから、この点は、「心の寺」の方が、もっと徹底しているかも知れません。

 類似点としては、「紙上の教会」(『無教会』誌第一号、明治三十四年三月)という理解があるかも知れません。無教会は機関誌の発行をしていますが、「心の寺」も、機関誌の発行で相互の交わりを維持しています。このような形態は、宗教の活性化につながるのではないでしょうか。

 人に死がある限り、人は宗教的であることから逃れられないと思います。宗教的関心というものは、既成教団から離れても、法人化していない活動に寄せられていくと思います。宗教的関心が人からなくなることはないと思います。

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2007年6月15日 (金)

アウグスチヌス批判

「アウグスチヌスの倫理が幸福思想によって支配され、倫理の根源として自己愛が肯定されていた事に関しては、カール・ホルがその卓抜なる論文「アウグスティンの内的発展」(Augustinus inners Entwicklung)に於て明した。「神への愛と隣人への愛との中間に絶えず自己への愛が書き込まれる」「隣人愛の規準は自己愛から規定される」。ホルがアウグスチヌスをば「基督教倫理を堕落させた者」と呼ぶ所以である」
(『神の痛みの神学』北森嘉蔵著)

プロテスタント神学はアウグスチヌスに負うところが大きいのだけれど、また批判もされている。

しかし、最終的に、アウグスチヌスの倫理をペラギウス主義、セミ・ペラギウス主義への対極にいるアウグスチヌス「主義」に秩序づけるのであれば、批判を乗り越えることができるのではないだろうか。

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一人一教会

リバイバル新聞5月6日号に「レボリューション」日本語訳発売の記事があった。その中に、次のような、著者、ジョージ・バーナ氏の言葉が紹介されてあった。

「革命とは私たちが教会に『行く』ために召されているのではないことを確認することである。一人ひとりが教会に『なる』ために召されているのである」

内村鑑三の最後の言葉「一人一教会」という言葉を思った。

昭和5年の、内村の洞察が、いま、海の向こうで実現する環境が生まれているのだろうか。

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クリスチャントゥデイ問題

今、日本のキリスト教系新聞で、クリスチャントゥデイ問題が取り上げられている。クリスチャントゥデイは、現在はインターネット上の電子版のキリスト教新聞といったものである。以前は紙の新聞も作ったことがあるらしいし、私も見たような記憶がある。しかし、すぐに、紙の新聞の発行はやめたようだ。

突然、問題が現れてきたようであるが、以前からあったようである。

疑惑は、この「新聞」の背景に統一教会がからんでいるかどうかというものだが、追及の急先鋒である救世軍の山谷少佐の個人ブログには詳細な情報が満載されている。

私は、この件では二つのことを思う。

一つは、電子版「キリスト教新聞」の出現である。これは日本のキリスト教界では画期的なことではないだろうか。そして、やがては、こちらの方が主流になるのではないだろうか。そんな思いを抱いている。

戦後間もなく、賀川豊彦の意志により、週刊の新聞が登場した。戦禍で隣の教会がどうなっているか分からないから、新聞を出して、教会に奉仕するのだ。そんな動機もあったようだ。

それから福音派が日本福音同盟を結成し、その「陣営」にも新聞が出来た。カリスマ運動が盛んになってきて、その交わりの中からも、新たな新聞が出来た。

しかし、電子版の新聞は、とうとう現れなかった。既存のキリスト教メディアの中で、そんな取り組みがあったのだろうか。

かつて、パソコンが一般に浸透し始めたころ、ニューメディア研究会というもので、新しいメディアの時代に、教会はどう対応したらいいか、有志で考えようという取り組みはあった。しかし、今はない。

日本のキリスト教系新聞は多くは週刊である。しかし、クリスチャントゥデイは毎日、更新されている。速さでは、週刊と日刊の違いで、どうしてもかなわない。やがて、このようなメディアに集約されていくのではないだろうか。もし、それが逆転しない趨勢であるのなら、自分たちで電子版を作成することを、日本のキリスト者たちも考えなければならないと思う。

リバイバルを求める声、信徒1%の壁を破ろうという掛け声はあっても、クリスチャントゥデイが現実に提起している「明日のメディア」への取り組みがなければ、夢は実現しないであろう。

もう一つは、再臨の問題である。統一教会の創始者、文鮮明氏は再臨主という「信仰」が信者の間であるらしいが、それだけでは、何を言っているのか分からないのである。

キリスト教会は再臨で何を信じているのか、統一教会は何を信じているのか。教義の問題であれば、論じる場があると思う。イエスは雲に乗って再臨すると言われても、ある時、突然、空中の一角に、雲の中に人が現れるということを意味しているのだろうか。

再臨で教会は何を信じているのか。そのような取り上げ方をすれば、教会側にとっても、信仰の自覚・確認・検証に、よい機会となるのではないだろうか。

以上の二点を感想として、私は今、持っている。

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死後の註釈

「使徒的霊感はキリストによる彼御自身の事業の死後註釈である。十字架の真理を語ったのは使徒であった。イエス御自身はこれに就て、充全に語ることは出来ず、ただこれを行い給うことが出来るだけであった。自己の死に就てのキリストの思想は、行為に於てでなければ言表し得ないものであった」
(『神の痛みの神学』北森嘉蔵著)

死後註釈は事実であることを主張しようとしているのだろうか。事実であれば、万人が承認するであろう。そして、信仰は必要なくなるであろう。

主張しようとしていることは、事実ではなくて、真実ではないかと思う。だから信ずる人もいれば、信じない人もいる。真実は事実ではないからである。しかし、真実はウソではなく、ホントウという主張である。

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神学の方法

「しかし神学は預言者職でも使徒職でもない。神学は神の言葉をただ間接的に、つまり聖書証言という鏡と共鳴においてのみ知りうるのであるから、神学の神の言葉に対する関係は、聖書の証人たちの神の言葉に対する関係になぞらえるわけにはいかないのである。したがって神学の場所は、あの最初の証人たちと並ぶ同じ高さとか、類似の高さにあるわけではない。神学が人間として神の言葉に応答するということは、もちろん常に神の言葉を問うことにおいても成り立つであろう。だが神学はこの応答ということを、神の言葉への何らかの直接性において果たそうと欲することは不可能でもあり、また許されてもいないのである。神学は、その場に居あわせることが大切だったあの場所に、居あわせてはいなかったのである」
(『福音主義神学入門』カール・バルト著作集10、新教出版社、230頁)

ここでの「神の言葉」は、むしろ「神の言」と言い換えた方がいいのかも知れない。バルトは、「神の言葉」で聖書のことを言っているのではなくて、もっと、その奥にある根源的な出来事を指しているのだと思う。

しかし、別のところで、バルトは、こうも言っている。

「聖霊の交わりにおける人間の実存から教会教義学を形成する可能性がある」(『バルトとの対話』ゴッドシー著)

と言うことは、彼の「教会教義学」は、「聖霊の交わりにおける人間の実存から」から書かれたものではないという意味なのかも知れない。そして、それは預言者職の現代的展開になるのではないだろうか。説教が力を帯びるとは、預言者職を内包している時である。

この言葉を見ていて、ベルジャーエフは、常にこの前提の中で思索していたのだと思った。もっとも、彼は教義学者ではなかったけれど。だから、体系を作ることはしないであろうが。

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主観・客観の彼方

「意味は、認識の中に這入って来る客観の中にあるのでもなく、又自分の世界を組立てる主観の中にあるのでもなくして、唯だ客観的でも主観的でもない第三の世界、即ち霊の世界、霊的生の中にある。そこではすべてが活動、霊的活動である。従ってそこでは、存在が認識によって把握されると言う事は、存在の中で意味が活動的に啓示されると言う事を意味する。それは存在の闇の中に光がともる事である。従ってこの見地よりすれば、認識それ自身が霊的生である。認識は存在の運動又は存在の変化、或は又存在の中に起る内的出来事である」(『神秘主義・象徴主義』)

ベルジャーエフの方法は、なお我々に語りかけている。

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2007年6月14日 (木)

我らの住家

「死とはわれわれに背中を向けているところの、われわれによっては照明せられない生の面である。(生と死との)両方の、区画立てられない領域を住家として、両方の領域から無限に養なわれているわれらの存在の最大意識を作るようにわれわれは努めなければならない」(『神秘主義・象徴主義』)

我々の住家は、生と死を超越しつつ、両方に豊かに養われるものでなければならない。そういう意味なのだろう。その家では、死もまた受容していくことを通して、意味を持つことができるのである。

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直感の超越性

「直感とは、一つの形象と一つの奇蹟との神秘な統合のことである。それは奇蹟的な形象である。人が絶望した囚われの状態に居るとき、一本の光の線がそこに差し込んで、地面の上に鍵を見つけさせる」
(『神秘主義・象徴主義』)

これは直感の預言的性格を意味している。それはまた直感の創造的性格も意味している。

日常生活の中で飛び込んでくる直感を大切にしよう。

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神秘主義者と詩人

「人が対象の実相として直観したところのものを表現しようとするとき人は必然に現し難いものに触れて沈黙する。そして万物の実相を神的なものとして観ずる宗教的ミスティカー(たとえばヤーコブ・ベーメ、フランソワ・ド・サールのような)は、フランソワ・ド・サールのいわゆる「魂のうちふるう絶点」に於いて無言のままである。然し、詩人の立場はそこで一つの必然的矛盾につきあたる。詩人は、黙ることが最上の条件であるらしく見えるような魂の瞬間に、その瞬間を言語で表現することを使命とする人間である。詩人の象徴的方法は、その根本的な矛盾なシチュエーションから必然的に出て来る道である」
(『神秘主義・象徴主義』)

詩人は神秘主義者でなければならぬ。神秘主義者は詩人でなければならぬ。

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神学と哲学

神学の対象は限定されているが、哲学の対象は限定されていない。

対象が限定されている神学の研究アプローチには時に合理的・科学的方法が採用されることがあり、対象が限定されていない哲学の研究アプローチでは、純粋理性も批判され、その奥が目指される。

もっぱら理論理性を使うのみの神学と、聖化の段階の認識を求める哲学とでは、どちらが優位にあるのか。

ベルジャーエフは、そんな問いを我々に投げかけているのかも知れない。

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現代の理解

今、資本主義社会に我々は生きている。ところで、資本主義とは何か。

「資本主義の精神とは一口に言ってどういうものかといえば、利潤(金もうけ)が一の自己目的となっていて、何のため--たとえばぜいたくのためとか子孫に遺すためとか--というのではなく、ただ「貨幣のために貨幣を追求」する、しかもそれが倫理的にみて善きことと考えられ、日常生活を専らその目的のために合理化し組織する、といった精神なのである」(『宗教改革と近代社会』大塚久雄著)

要するに、「物神」の支配下に我々は生きている、ということらしい。この「物神」誕生の由来にキリスト教が関係したというのである。ウェーバーの名著が、それを指摘している。

「「プロテスタンティズムと資本主義の精神」という問題は、かなり古くから論究せられ、一連の研究史を形造りつつ、現在なお論ぜられつづけているが、そのうち画期的なまた事実上研究史の出発点をなしたのは、有名なマックス・ウェーバー(Max Weber)の「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」(Die protestanische Etihik und der Geist des Kapitalismus)という論文であった」(『宗教改革と近代社会』大塚久雄著)

「ウェーバーはプロテスタントの倫理そのものが何らかの仕方で資本主義の精神に化したなどと言っているのではない。彼の考えに従っても、プロテスタンティズムと資本主義の精神とは本質において別物であり、一方がいわば神中心であるに対し他方は富中心である。それにもかかわらず、ある時期においてはこの両者が相互に関連し合い、絡み合って現われ、そのさいにプロテスタンティズムが「資本主義の精神」の形成に対して決定的な、促進的影響を与えたと彼は言うのである」(『宗教改革と近代社会』大塚久雄著)

今の日本に資本主義の精神はある。しかし、プロテスタンティズムの倫理はないかも知れない。資本主義の精神をプロテスタンティズムの倫理で基礎づけるという試みもないだろう。

ただ環境問題が、資本主義の精神の限界を強力にアピールしているような気がする。その意味では、環境問題は、近代を超える試みなのかも知れない。

しかし、それでも、かつての近代の魅力というものは、プロテスタンティズムの魅力と重なっていたように思う。

「ヨーロッパの到る所プロテスタント的信仰が汎くかつ深く根を下ろして行ったのは健実な中産社会層であった。のみならず、近世に入ってよりめきめき国力が増進し来ったイギリスおよびオランダにあって、この国運の隆盛を双肩に担ったのはこのプロテスタント的中産社会層であった。プロテスタント的信仰の汎くかつ深く根を下ろすところ国運の隆昌を見たのは決して偶然ではなかった」(『宗教改革と近代社会』大塚久雄著)

近代日本は、やはりプロテスタンティズムに魅力を感じていたのだと思う。

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ベルジャエフの哲学

私はベルジャエフの宗教・哲学思想を紹介したいという願いを持っている。最近、行路社からベルジャエフ全集の企画があるということで期待していたが、どうやら、中止ということになったらしい。残念である。あの昭和40年代の白水社の著作集以来の快挙かと思っていた。しかし、数少ない彼の本、また紹介の本においても、その独自性と意義を知ることはできる。そのような紹介の本の中でも、『神秘主義・象徴主義』は心に残るものであった。

「ニコライ・ベルジャエフ(Nikolai Berdiajew)の哲学思想は、現代哲学の中に於て最も特色があり、最も深刻にして且つ最も意味あるものの一つである」

「ベルジャエフの哲学は、イエス・キリストの啓示から出て又イエス・キリストの啓示に終る所の新しい宗教的哲学と言う事が出来よう」

『神秘主義・象徴主義』には、こんな言葉があった。全く、同感である。ベルジャエフの衣鉢を継ぐ人が、日本にも続々と現れて欲しいと願うばかりである。

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2007年6月13日 (水)

噂は、当初は常に我々の遠くにある。我々はその存在をさえ知らないことが多い。この遠いものが我々に密接に関係してくることがある。しかも、この関係はつかむことの出来ない偶然の集合である。我々の存在は無数の目に見えない偶然の糸によって、いずことも知れぬところにつながれている。

あらゆる噂の根源が不安であるというのは、真理を含んでいる。人は誰でも生来、不安を覚えている。これは罪のためである。そして、やがて神の怒りが注がれ、滅ぼされることを薄々感じている。

それ故に、噂は悪い方に、悪い方にと伝わり、全くとてつもない結論になってしまう。人間の不安は噂を全く悪質なものにしてしまう。その動機は、仲間を増やして、来たるべき神の怒りに備えようとしているかの如く。

目に見えない勢力、これこそ噂である。つかみどころがなく、誰を攻撃して良いか分からぬ、ただ忍耐して時の過ぎゆくのを待つだけ。これが噂に対する対処法である。

主なる神、イスラエルの聖者はこう言われた、
「あなたがたは立ち返って、落ち着いているならば救われ、穏やかにして信頼しているならば力を得る」。
(口語訳、イザヤ30・15)

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寂しさ

寂しさはどこから来るのだろうか。なにが寂しさを引き起こすのだろうか。

人間は一時的に孤独を慰めることができるかもしれない。パスカルが気晴らしといったものだ。

書物に夢中になり、学問に没頭しても、本の中に、彼の求めていたものはなく、学問の中にもない。人間の心が、本の中に宿っているとはいえ、心の奥底にまでは届かず、また、頭の中の体系にすぎない。

あなたはその耐え難い寂しさをどこで満たそうとするのか。それは人間以外にはない。人間こそあなたの要求に応じられる。

人間は人格である。そして人格には人格が必要である。人格以外のものでは満足できない。その人格が与えられていない時、人間は寂しさを感じる。孤独を感じるのだ。人格の交流の中に幸福感がある。

しかし、幸福の絶頂にも、なお不安の影が宿っている。この幸福はいつまでも続かないだろうという不安。

やがて、人との交わりに絶対の幸福を見いだすことはできないことを悟る。人の心の中には、罪、暗い影があり、それを見た時、あなたは幻滅を感じる。

探求の終点は神である。人格としての神である。神のみがあなたの要求に応じることができる。これ以外に道はない。あなたが必要としているのは、この神である。

知識は人間の虚栄かもしれない。人間は生存のために、何かしらの主義・主張を要するが、永遠の前では、知識もまた消え去る。残るのは命なる神。彼のみ永遠であり、彼のみがいつまでも残る。

神が共にいること、それが人間にとって一番良いことである。

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カリタスについて

カリタスで総合されたアガペーとエロスとの分離を意図したことにルターの功績を考えることもできる。それがニーグレンの『アガペーとエロス』の主張であるのかも知れない。

『ルターからキェルケゴールまで』(J・ペリカン著、聖文舎)にも、この主張にそったような評価が現れている。

「聖アウグスティヌスの<愛>(カリタス)がエロースとアガペーのあの総合を象徴するように、中世思想家の<大全>(Summae)の多くは、中世においては著名な神学者がみな同時に何ほどか哲学者であったし、またその逆もいえるという事実を証ししている。ジルソンはわれわれに、われわれがこの事実をもよく理解すべきことを教えてくれた。しかしジルソンが指摘していないことは--そしてそれはローマ・カトリック教徒としての彼が指摘するとは期待できないことなのであるが--中世における信仰と理性の壮麗な結合が信仰の犠牲においてなされたということ、そしてキリストの十字架の中に示された神的アガペーの力があまりにもしばしば中世の教会のカリタス的総合においては弱められてしまったということである」(3-4頁)

中世的総合への批判である。その批判の中から生まれた近世・近代は、どうなのだろうか。ポストモダンと言われる現代である。

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ミネルヴァのふくろう

ミネルヴァの ふくろう何処 飛び立ちの
 時が来たよと 告げる声あり

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続・洗礼

アウグスティヌスは7歳から生まれ故郷のタガステの初級学校に通ったが、その時、一時、洗礼を志願したことがあったという。原因は胃痛のため。母は乗り気でなく、父は息子の将来を考えて反対。そのため、アウグスティヌスは受洗を思いなおしたが、胃痛がなくなると、受洗決意も忘れてしまったという。

講談社学術文庫『アウグスティヌス』(宮谷宣史著)には、こんなふうに書かれている。

「遊びにあけくれていたアウグスティヌスはある日、突然激しい胃の痛みに襲われた。死を恐れた彼は母に受洗を申し出た。しかし、モニカはあまり乗り気ではなかった。そのころのアフリカの社会では、洗礼はできるだけ延ばし、死の直前に受ける習慣があった。洗礼後に犯す罪を恐れたからである。四世紀ごろには、洗礼の意味がまだ十分理解されておらず、またのちのローマ。カトリック教会にみられる告解制度も十分に確立されていなかった。したがってモニカが子どもの受洗を望みながら、それを積極的にすすめなかったのも無理はない」(71頁)

なにか不思議な思いがする。洗礼の「効果」が、当時は強く意識されていたのかも知れない。

キリスト教迫害の終止符を打つことになったコンスタンティヌス大帝の、夢による「回心」は有名で、その示唆により闘いに勝利したということだが、彼の受洗は晩年だったということを、どこかで読んだ。

しかし、アウグスティヌスの場合、子どもの胃痛が受洗の理由ということに、母は躊躇したのではないだろうか。「それは信仰ではない!」と。しかし、別の説明がされている。「洗礼後に犯す罪を恐れたから」という記述には、洗礼によって、実際に原罪が洗い清められるという理解があるように思う。死の直前に、洗礼を受ければ、受洗後の罪の可能性はないのだから、安心できるという思いもあったのかも知れない。

ただ、著者は、当時は「洗礼の意味がまだ十分理解されておらず」と書いて、そのような理解への批判をにおわせているのは、「わさびが効いている」ような感じでもある。

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2007年6月12日 (火)

洗礼

洗礼を受けないで救われるか。そういう問題がある。

無教会では、原則として洗礼と聖餐をしない。内村鑑三に「洗礼晩餐廃止論」がある。内村の学友であった新渡戸稲造が所属したクエーカーも儀式はしない。それに救世軍も洗礼・聖餐をしない。

もし、洗礼が救いに必要であったら、無教会もクエーカーも救世軍も、立場が悪くなるだろう。しかし、今、これらの団体はキリスト教の団体として、「教会」として認められていると思う。ということは、洗礼を受けないと救われないとは、今日では、なかなか言えない事態があるということかも知れない。

内村の弟子の塚本虎二の本を読むと、この疑問にこだわりを持っていたことが分かる。

昔、『カトリックとは何ぞや』(チャールス・ホッヂ著)という小冊子を読んだことがある。著者は長老派系の米国の著名な神学者であった。これはカトリック批判の本であり、そこに、こんなことが書かれていた。

「救いの約束はユダヤ人、或いはどの様なものであれ、外形的組織体の会員に限られたものではない事」

「神の御霊が宿っている凡ての真の信者は、彼らがどの様な教会組織と結合していようと、或いは全然その様な結合を持っていなくとも、キリストの体なる教会の一員である。十字架上の強盗は如何なる外形的教会の会員でなかったけれども、救われた」

「真の教会の会員となる条件は如何なる組織された団体に結ばれることでもなくて、イエス・キリストを信じる信仰である」

「人が外形的団体の一員となる事によって神の子となり、永遠の生命を嗣ぐものとなるという教理は福音の根底そのものをくつがえし、新しい救の方法を導き入れるものである。然もこれこそは、ロマ・カトリック主義の全体系が依拠している教理なのである。すべて洗礼を受けぬ人は永遠の生命を得られぬ、と云うのがロマ教会の教義である」

「我々がキリストを人々の前で口にて言いあらわす様に、又兄弟を愛するようにと命ぜられたと同じように、洗礼を受ける事を命ぜられていることは確かである。しかし此等は信仰によって服従する義務であって、救の手段ではない」

「洗礼の儀式がなくしては誰も救われず、洗礼によって人は神の子とされ、天国の世嗣となる、というような事を教える者は非キリストであり、「今や非キリスト多く起」って居る」

さて、どう考えたらいいのだろうか。

①まず、カトリック教会には、水の洗礼と共に「望みの洗礼」もある。しかし、ホッヂは洗礼の言葉で「水の洗礼」を考えているのだろう。

②418年5月1日、200人以上の司教がカルタゴで教会会議を開いて、ペラギウス主義に対するカトリック教会の立場を明確にしたが、その中で、原罪に関連して、幼児にも原罪はあると言い、こんなことを言っている。「洗礼なしには永遠の生命を受けられない。これらの考えを否定するものは異端である」

③ロマ・カトリック主義といっても、教会の長い歴史の中で生まれてきた結果であって、それらの経緯を調べてみなければ、真相は分からないと思う。今では、ラーナーの「無名のキリスト者」とか、「善意の人々」の理解によっては、あるいは別の批判が出てくるかも知れない。

④教会の事効論的理解が批判されているようだけれど、これはアウグスチヌスの立場であり、アウグスチヌス主義の著者の立場からは、当然、「なぜ」という問いが起きる事態であろうと思う。

⑤洗礼というものは「不可見的教会」への参入の「しるし」とみた時、「不可見的教会への参入」は、人の救いに「絶対」必要ではないだろうか。洗礼というものは、そういうものと理解すべきではないのだろうか。

⑥著者は、どんな外形的教会組織の会員であっても、またなくとも、と言うが、著者の所属するカルビン主義教会は他の教会に対して強力な批判的精神を有しているように思う。そこでは「どんな」ではない、別の判断が働いている。

⑦洗礼は「救の手段ではない」と言いつつ、「信仰によって服従する義務」と言うが、それは要するに、水の洗礼なくとも救われる、という意味なのだろうか。おそらく、そうだろう。であれば、服従義務の放棄も赦されるのではないだろうか。

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憲法改正

日本が母性社会であることは
今、困難な観察ではない

あるいは母性社会で
あったというべきかも知れない
   
なぜ、こうなったのかと問えば
戦後社会の功罪を問うことになる
   
そこでは、父性原理は日米安保条約で
母性原理は平和憲法である
   
戦前は安保が憲法の中にあった一体型
だから、戦前、日本は父性原理的社会であった

今、憲法改正を論議しようとしているが
安保とセットで論議しようとする人はいない
   
そうしなければ
本当に憲法を論議したことにはならないだろうに

しかし、誰も
そうしようとはしない

米国も日本も
安保に依存しているから
   
日本では、安保がなければ、
平和憲法は維持できないだろう

逆に、安保を破棄したら
日本はいっぺんに父性社会になるだろう

父性は社会には
やはり必要である

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2007年6月11日 (月)

蔦田家之墓

Rimg0168 東京・豊島区の雑司が谷霊園の中で、ケーベルの墓とは道一つ隔てた、すぐ前に、「蔦田家之墓」という墓(写真)がある。墓石の上に十字架があるので、キリスト教の信仰者の家なのだろう。

蔦田という名前で知っているのは、イムマヌエル教会の指導者であった蔦田二雄(つぎお)牧師である。個人的に話をしたことはなかったが、日本福音同盟など、イムマヌエル教会を超えたところでも活躍された牧師という印象は残っている。しかし、あの蔦田氏なのだろうか。そんな思いを持ちながら、なんとなく気になっていた。

今年、6月10日、ケーベル博士の墓参をしたあと、あの「蔦田家之墓」を見たら、下の方に、亡くなった人たちの名前があった。その中に「蔦田二雄」の名前もあった。あの蔦田牧師なのだろうか。

蔦田二雄氏の略歴をインターネットで調べ、次のようなことが分かった。

蔦田二雄牧師は山本岩次郎氏、大橋武雄氏らと共に、1945年10月、イムマヌエル綜合伝道団(通称「インマヌエル教団」)を創立。同年、初代総理に。1967年、ビリー・グラハム国際大会の実行委員長、また、日本福音同盟の発足にも貢献した。1971年7月25日に召天。

あの墓碑には、1971年7月25日永眠、とある。これで同じ人物と確定した。墓碑からは、家族が多かったことが分かる。

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二重予定説

二重予定説はカルビンの説として知られているが、実はアウグスチヌスに遡ることができる。

彼は、ペラギウス論争で恩恵論の確立に貢献したが、その後、セミ・ペラギウス論争も始まった。この論争は529年、オランジュ公会議で決着、アウグスチヌスを擁護したプロスペルが勝った。ここまではよかった。

そのアウグスチヌス恩恵論を継承するものとしての、ゴットシャルクの二重予定説、ヤンセニウス主義者の恩恵論など、いずれも異端として判定されたのだという。

カルビン主義はアウグスチヌス恩恵論の継承なのだろうが、ゴットシャルクやヤンセニウス主義者に対する判定がどうであったのか、一般信徒には、それは余り知られていないのではないだろうか。しかし、やはり知らなければ、真相が分からないかも知れない。

アウグスチヌス恩恵論の継承がなぜ認められなかったのか。

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竹久夢二

Rimg0157 まだ10代だったころ、「モンパルナスの灯」という映画を見た。モジリアニが主人公で、何か暗い映画だったという印象が残っている。独特な美人画で知られた画家であった。

竹久夢二もまた、美人画でしられた日本の画家。雑司が谷霊園に墓がある(写真)。石に「竹久夢二を埋む」という文字が彫られていた。小さな墓碑だ。左隣に、略歴を書いた紹介文があった。

竹久夢二は、どこかでキリスト教と関わっている思う。そんな記事を読んだことがあり、その時は、意外に思ったことがある。

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瞬間

瞬間は、神の時なり 時満ちて
 人為にあらず 自由の招き

時間と反復というのが実存主義の形成原理である。しかし、瞬間といっても新生の瞬間と聖化の過程の瞬間とは質的に違うだろうと思う。反復できるのは聖化の過程においてのみであり、新生の瞬間は反復できない。

世俗的実存主義は、時間を人為の範囲内に置くのではないか。しかし瞬間は神から来るのであって、人の自由の中にはない。

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2007年6月10日 (日)

ドイツ観念論

カントから ヘーゲルまでの その流れ
 自律理性が 神の光に

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自殺志願者に告ぐ

肉体の 死を願う君 我は告ぐ
 十字架の死に 死に場所を得よ

罪は呼ぶ 死の思い呼ぶ 因の罪
 十字架はそを 除くものなり

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2007年6月 9日 (土)

もしも

もしも、トマス・アクィナスが現代に生きていたら、彼は、近世・近代思想に精通していることだろう。歴史的トマスにおける「アリストテレス」が、「現代の」トマスにおいては「近世・近代思想」に当るのではないかと思う。

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「正しく考える」から

「正しく考えるとき、我々は神の中にある。正しく生きるとき、神が我々の中にある」
(『省察と箴言』アウグスチヌス)

思想は生活になる、いやならざるを得ない。しかし、最初は、やはり正しく考えることから始めなければならない。

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矛盾

「我々は、確実な真理に到達しさえすれば、文法学者たちの笞打を恐れない」
(『省察と箴言』アウグスチヌス)

内村鑑三も矛盾の人と言われたことがあった。しかし、その言論には説得力があった。

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2007年6月 8日 (金)

パン五つと魚二匹

聖書には、パン五つと魚二匹で五千人が満腹したという記事があります(マタイ14・13-21)。これはマタイだけでなく、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書にもあります。大切な記事なのでしょう。

しかし、これを、その通りに解釈しなければならないのでしょうか。それは物理的に可能なことでしょうか。もちろん、その通りに解釈する人もいると思いますが、おそらく、どうしてそれが可能であるのか説明できないと思います。

しかし、そこでは何が言われているのかを考えることも大切と思います。そのような詮索は無用という姿勢もあるいはあるのかも知れませんが。もちろん、文字通りの解釈と、その意味とを共に伝えることもあると思いますし、説教では、そうなるのかも知れません。しかし、今、文字通りの解釈、すなわち奇跡としか言えないことを、ただ信じることが求められているのでしょうか。

大切なことは、その意味、すなわち解釈なのではないでしょうか。その解釈の探求をしてみようとする時、アウグスチヌスは興味深いことを語っています。

「言語には一大脅威がある。即ち、食物を供するときには、食物は食うものの数に従って減少するが、演説するときには、その部分は分割されず、一人でも全体を聞き、二人でも亦全体を聞く。総ての人を充たし、各人皆その全体を得るのである。汝の耳が聞こうとしても、汝の隣人の耳はそれを奪うわない。さて、人間の言語についてもこのようであるなら、全能の言に至っては、如何なる力を有することであろう。しかし知性は言語とも異っている。知性は私の内部に止まって、私の内部を去ることなしに、(言語によって)汝にまで移行する。神の御許にある言についても同様に考えなければならない」(『省察と箴言』アウグスチヌス)

このアウグスチヌスの言葉と、あの「パンと魚の奇跡」とを重ねてみると、聖書の解釈に一つのヒントが、そこにありそうです。なぜ、パン五つと魚二匹で五千人に満腹感を与えることが出来たかの回答です。

聖書の記事が、自然科学の法則を破る形で、現実に起きたのだ、と言わなくても、その解釈の真実性を主張することは出来ます。そして、その解釈の真実性を失う時、聖書は謎と化してしまうと思います。

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ミュラーの信仰

信仰によって、多くの孤児院を設立・運営していったジョージ・ミュラーの本を読んだことがありました。

そこには、「神の恵みは分けることによって増し加えられ、これを利己のものとすることによって失うという不思議な法則がある」とありました。霊界の法則とでもいうのでしょうか。

確かに、福音というものは伝えなければ、自分を破壊するかも知れないという性質を持っているかも知れません。もちろん、そこには信仰の拒否という決断があるのです。

恵みが満ち溢れて、外に流れ出ようとしている時、そこに道管がないならば、耐えられないとの思いがするかも知れません。確か、フィニーの回心記には、そんな個所がありました。

しかし、恵みの流れが滞る時、信仰の拒否の時が来るかも知れません。そこに、どんな理屈があろうとも、それは、恐ろしい、また危険なことであり、それを通して自分のアイデンティティが失われてしまいます。

ということは、福音というものは伝播しないではいない、という根本的な性質を持っているのだと思います。

だから、教会というものは閉鎖的性格を持つものではなくて、限りなく開放的なものなのでしょう。敷居が高いとか、閉鎖的とか言われる教会の印象は、福音の本来の性質とは違うものかも知れません。

「すべて得たところのものはまたこれを与えよ。そは、神はその御子をも与えた給うたから」ともありました。

得たところのものを与えることが、得た人の安全につながる。そんな関係が福音の受領にはあるようです。

「人を導びこうとする者はみづからが絶えず導かれている者であり、人に教えようとする者はみづからがつねに学ぶ者でなければならない」ともいうのです。教えることによって、学ぶ意欲が出てきます。教師論が盛んですが、本当に教える人は、学ぶ人でもあるのでしょう。そして、この循環の中に、真の成長があるのだと思います。

こうして、その人は恵みの高嶺に引上げられていきます。最初は、ちっちゃな信仰でも、霊界の法則に従い、福音を与えることに徹底していく時、いつのまにか大きな仕事をしていることに気づくのだと思います。

そして、こんな問答の紹介もあります。

問「汝は余り高く挙げられるところの危険性を持つ」
答「私は現在においてもその危険を持っているが、しかし主の保護において謙遜に保たれておる。私はこの恐れによって前進を妨げられてはならない。むしろ主に祈って私謙遜な心を与え、主のみが受けるべき栄光を決して奪わないようになし給えと願うべきである」

信仰の高嶺にある時には落下の危険があります。逆に低地におれば、落下の危険はなく、その点、その地の方が「安全」という錯覚に陥るかも知れません。

しかし、真実は、信仰の高嶺において、落下の危険を避けていく生き方の中に、その人にとっての、真の「安全」があるのだと思います。

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時代は変わった

かつて、故松村克己氏(元関西学院大教授)が中世思想を専攻したいという希望を語った時、恩師の故波多野精一氏から、あれはカトリックの分野なので、プロテスタントの信仰を持つ人にとっては難しい、と制止されたという。恩師の気持ち、分からないでもない。

それから長い年月が過ぎて、世紀末、カトリックとルター派の中で、信仰義認に関して合意ができた。これは、言ってみれば最初の一歩かも知れない。

中世にトマス・アクィナスという人物がいた。カトリックの中では重んじられている聖人である。そのトマスに、プロテスタントの印具徹氏が挑戦して、その思想を紹介している。トマスの信仰思想にプロテスタントの信仰と対話できる面を発見している。

「恩寵は自然を破壊せず、完成する」というトマスの言葉は有名である。

カトリック側では、自然と超自然との連続面を言おうとするかも知れない。しかし、プロテスタント側では、断絶面を強調してきた。そして、トマスの言葉は、実は両方を表現しているのである。巧みな仕方で。

あの言葉の背後に、「自然は絶対他力的恩寵なしには完成しない」という言葉が隠されているのを知れば、プロテスタントも同意するのではないだろうか。神の像は変わらないが、神の似姿は失われ、また無償で与えられる。

堕罪と救いに関して、トマスはプロテスタントと対立しているよりは一致しているのである。神人協力説にしても、救いの一点に関して、それが語られているのではない。

かつて、中世思想専攻を表明したプロテスタント学徒に対して、それを制止した恩師の思いは、今、もしおられたら、同じ思いであろうか。いや、トマス研究を勧めるかも知れないと思う。なぜなら、トマスはプロテスタント信仰の根本と一致しているからである。そして、この一致点を見い出すことは、さして困難ではない。こうして、カトリック者が、トマスを引用する時も、ともすれば偏見をもって、それを聞いてきたであろうプロテスタント側に、前理解の中に、逆に共感があれば、教会の相互理解は進むであろう。今は、そんな時代ではないかと思う。

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2007年6月 7日 (木)

喧騒

喧騒の 街のコーヒー 一人飲む
 心騒げど 芯は静寂

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聖者の死

日本の聖者と言えば、内村鑑三と賀川豊彦であろうか。

内村は昭和5年に世を去り、日本は翌6年から満州事変で15年戦争の滅亡の道を走り出した。

賀川は昭和30年に世を去り、翌年1961年から、世界的信仰の地すべり現象が起きたといわれている。J.A.T.ロビンソンが指摘している。

これらは偶然か、たぶん、そうだろう。しかし、ユングの同時性の考え方には、その因果を示唆するものが含まれているかも知れない。

旧約聖書には聖者が社会を救うとある。アブラハムへの神の約束である。少数でもいい。信仰があれば町は滅亡を免れる。信じる人は、このことも考えて、自分だけの救いではないのだということを心に留めるべきである。

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生きるとは

生きようと 思うわずらい 打ち捨てて
 風の吹くまま ただ身を委ね

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2007年6月 6日 (水)

新しい人

インターネットは巨大な頭脳のようだ
しかし、頭脳は体の一部で全体ではない
   
体には手もあり、足もある
それらは頭脳ではなく、頭脳にもなれない
   
インターネットが巨大な頭脳なら
手足は何だろうか
   
インターネットが巨大な頭脳なら
宗教心はどこにあるのだろうか
   
けれど、見えない人が見えてきそうだ
その人が近づいてくる
   
その人の名は
新しい人
   
人間のようだが、人間ではなく
人間でないようだが、人間である

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義認理解

インターネットのキリスト教の「新聞」である「クリスチャントゥデイ」の社説「世界的に進む教会の一致、日本教界の進むべき道は?」(2006年9月14日)に、カトリックとルーテル世界連盟が1999年10月31日に署名した「義認教義に関する共同宣言文」が取り上げられている。

その中に、「今回の共同宣言では、カトリック側は「信仰」に「愛」と「希望」が共存する事実は認めながらも、「信仰による義認」は決して「聖化(愛と希望)」に依存しないという立場を表明し既存の主張を譲歩した」と記されている。

少し、疑問に思ったのは、「既存の主張を譲歩した」というくだりである。カトリック教会は、最初から、そう言っていたのではないだろうか。洗礼があって、聖体拝領(聖餐)があるのであって、その逆ではないからである。「譲歩」というのは、相互に誤解があったという意味にしか取れないのである。それとも、当方がおかしいのだろうか。

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アウグスチヌスの二面性

「アウグスチヌスはプロテスタント側からは宗教改革思想の先駆者の一人と見られている。それは、ご自身の選びたもうた者を必ず救いたもう神の絶対主権による恵みの結果として、人間が原罪から救われるということを強調しているからである。しかし、人間がどういうふうに救われるかについての議論について、アウグスチヌスは 、見える制度としての教会と、その信条と礼典と伝道とをあまりにも強調しているので、ローマ教会はかれをローマ・カトリック主義の父と見ている。かれがこのように強調したのは、一方には、ペラギウス派の主張を、他方にはドナトゥス派の主張を破るためであったことを心に留めるべきであろう。聖書の部分を解釈するのに聖書全体の主張を考慮しなければならないというかれの主張は、教会にとって永久的価値のある権利となっている。
 これらの永久的功績があるにも拘らず、アウグスチヌスはキリスト教の思潮のなかへ、いくつかの過誤を持ち込んだ。かれは煉獄の教義と、それにともなうすべての害悪とを発展させるのに力があった。バプテスマと聖餐式との二礼典の価値を重んじたかれの見方の論理的な結果として、バプテスマによる更生と聖餐式による恵みとが強調された。
 アウグスチヌスのこうした強調のゆえに、キリスト教会にとってのかれの重要性を無視すべきではない。パウロとルターとの間において、教会には、アウグスチヌス以上に偉大な道徳上および精神上の人物はいないのである」
(『基督教全史』E.E.ケァンズ著)

アウグスチヌスの一面を強調してプロテスタントが、他の一面を強調してカトリックがあるのだとしたら、その両面を統合しているアウグスチヌスの人格の秘密中に、教会一致の運動は関心を持たざるを得ないのではないだろうか。

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聖徒の保持

『パウロ』(山谷省吾著)に「パウロは罪を犯した信徒も、一度救われた以上、滅亡に陥ることはないと信じていた」という言葉があった。これは、カルビン主義の「聖徒の保持」の教えを裏書するような個所であり、気になっていた。ただし保持ではなく、堅忍という言葉も使われていると思う。

聖徒の保持というのは、カルビン主義体系の五つの教義の一つである。「カルビン主義の五特質」というのは、全的無能力、無条件的選択、制限的贖罪、不可抗的恩恵、聖徒の保持で、英語の頭文字を取り出して、TULIP(チューリップ)と言われている。

これはカルビンの思想というよりも、アルミニウス主義者の反論に対して、応える形でまとめたもので、よく知られたものである。

聖徒の保持に関しては、ウェストミンスター信仰告白に、こういう個所(17・1)がある。

「神が彼の愛するものにおいて受け入れ、彼の霊によってきよめたもうものたちは、決して恩恵の状態から全面的にも最後的にも堕落し得ず、最後に至るまでそこに確実に固くとどまらしめられ、永遠に救いに入らしめられる」

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見えない教会

「見える教会と見えない教会との区別は、その起源を中世に、既にアウグスティンに発している。真の教会を「予定された者の多数」であると定義する人は、教会を以って見えないものとせざる得なかった」(岩波文庫『基督教の本質』ハルナック著、266-7頁)

真実の教会は見えない教会であり、見える教会は、見えない教会にあずかるという意味で教会である。そういう理解の中では、教会一致は既に「ある」。追求すべき課題にはならない。だから、エキュメニズムに「なぜ」という人もいる。

では、この「見えない教会」という言葉がどこから出てきたのか。実は、アウグスチヌスにあるという。その背後には予定論がある。

西方教会というのは、アウグスチヌスの教会なのだと、つくづくと思う。カトリックとプロテスタントの土台にはアウグスチヌスがいる。

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2007年6月 5日 (火)

カリタス

「「カリタス」は「エロース」でもなくまた「アガペー」でもないが、またそのどちらでもあるという。両者の複雑な統合による新しい創造物である。ニーグレン博士の言葉をかりるならば、「アウグスチヌスは、二つの別な宗教の世界の前線に生きる。ギリシャのエロースの世界と、古代キリスト教のアガペーの世界の前線である。そして、彼の重大性は、二つの世界が、実際に彼の人格の中で会合して一つの霊的統合を形成している事実の中にあるのである。」だから、アウグスチヌスは「エロース」と「アガペー」の統合者と言うことができよう」(『アガペーとエロース』ニーグレン著)

あの有名な『アガペーとエロース』を以前、読んだことがある。もちろん日本語で。

その中に「カリタス」という言葉があった。カトリックに「カリタス・ジャパン」という団体があるが、プロテスタントでは聞かない言葉である。気になったのは、カリタスはアガペーではないという引用個所の指摘であった。その個所は、著者ではなく、訳者の言葉かも知れない。

この書物は、アガペーとエロースの分離を目的としていると思った。アガペーはエロースではない、カリタスでもない、純粋なアガペーを浮き彫りにしよう、と、そんな意図を感じた。

その背景には、中世は、カリタスの時代で、それはアガペーとエロースの「複雑な統合による新しい創造物」の時代であったという認識があったのだろう。

しかし、宗教改革は、その分離をもたらした。カリタスから純粋なアガペーが抽出された。純粋なキリスト教のユダヤ的伝統に立ち返ったのだ。著者に、そんな意図を感じていた。

最近の放送大学で「愛」をテーマにした講義があった。そこで、この書物も紹介された。その中では、本来の、高貴なるエロースの姿を評価する言葉が語られた。アガペーとエロース、両方とも必要、そしてその出会いが大切と、私は聞いた。これは中世の思想ではないかと思った。ここにも中世思想を評価する証人はいるのだと思った。

もちろん、私は中世の統合が破れて近世・近代が生まれ、そこでの歴史を無視する人間ではない。しかし、エロースのみの近代主義の限界に至って、現代人には新しい展望が必要ではないかと思う。

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近代思想

近代の 終末の今 放大は
 近代思想 執着強く

放送大学では、デカルト、カント、ヘーゲルなどの講義が繰り返されています。近代思想の学びが熱心に続いています。

ポストモダンとは近代のあとの意味でしょう。しかし、それが何か、よく分かりません。いろいろな立場があるようです。

自分なりのポストモダンの立場から近代思想を回顧した時、また新しい発見があるかも知れません。

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哲学者気質

「もともと疑わしいもの、言わば「異郷的なもの(das Unheimische)」を、あえて問題にし、思索しようとする者が哲学者である」(『パスカルとニーチェ』吉沢伝三郎著)

哲学者気質というものは、いってみれば業のようなものかも知れない。

聖書では、空しい哲学を避けよ、勧告されている。

「あなたがたは、むなしいだましごとの哲学で、人のとりこにされないように、気をつけなさい。それはキリストに従わず、世のもろもろの霊力に従う人間の言伝えに基くものにすぎない。」 (コロサイ2・8)

この言葉があるために、哲学専攻を批判する聖書信仰の保守的キリスト者もいるかも知れないが、それは「むなしいだましごとの哲学」を指しているので、哲学一般とか、「有益な」哲学を指しているのではないと思う。

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神の摂理的統治

「人の子たちに対する[神の]摂理的統治には区別があります。ある敬虔な著者は、神の摂理には三重の輪がある、と言っています。一番外側の輪というのは、人類すべて、すなわち異教徒、マホメット教徒、ユダヤ教徒、そしてキリスト者を網羅するものです。神は、かれらすべての上に太陽をのぼらせ、雨と稔りの季節とを与え、無数のよきものを注いで彼らの心を食物と喜びとで飽き足らして下さいます。その内側の輪をもって、神は、すべてキリストの御名を呼ぶ見ゆるキリスト教会全体を包含し給うのです。神はこの教会に対して、さらに特別の配慮を加え、その福祉のために親しい注意を向けて下さいます。しかし、神の摂理の一番内側の輪は、見えざるキリストの教会だけを包んでいます。それは、地上のあらゆる隅々に散らされているすべての真のキリスト者のことであり、(どの教派に属していようと)霊とまことともって神を拝するすべての人々のことです。神はこのような人々を目のひとみのように大切にして守ってくれます。そして、その御翼の陰にかくし給うのです。「あなたがたの頭の毛までも、みな数えられている」と主が言われたのは、特にこの人々に関してなのです」
(『ウェスレーの神学』野呂芳男他訳)

霊的巡礼とは霊的登山であり、それは、この三重の輪の中心に向かって進むことを意味する。自分は、今、どのへんにいるのだろうか。

このモデルを見ていると、全世界が一つの共同体のように思える。中心にいる人たちの動向は、世界全体に影響を与えることができる。なぜなら、全世界は、その中心に秩序づけられているからである。

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命名職

命名は 理解のしるし 支配因
 人の仕事で より単純に

単純化 理解を誤解 矛盾出て
 探求進む 包括原理

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弁証法神学批判

「理性的な神認識を説くカトリックの教理は、弁証法神学者の唱える神の極端な超越性の説と全く相反するものである。更に又人間を本能的に悪化されたものとする証法神学の見解も、カトリック的立場からは根本的な誤謬として斥けられねばならない。人間は罪深きものであるという厳粛な事実に対しては、カトリックの教えと雖も決して之を寛大に見るものではない。人間はその本性に従へば悉く悪化され、又罪に汚染しているものでもない。人間は善意の神に創られているものであって、本来その本質は善である。たとえ人祖の堕落によって人間の心に悪への傾向が植付けられたと言っても、人間の本性はあくまでも善である。かの人祖の堕落は、神の掟を蹂躙して傲慢と不従順の罪を犯した人間のきままな行為に起因している。人祖の堕落以来人間性に悪への傾向が芽生えたとしても、根本的な善の性質は決して消えたのではない」
(『近代思想と基督教』ハインリヒ・デュモリン著、264-265頁)

著者はカトリックの神学者というよりも哲学者であった。余り多くの著書はないが、いくらかはあった。『近代思想と基督教』は一般の書店にはなかったろうし、従って、余り、人の目に触れることはなかったかも知れない。しかし、弁証法神学に対して、カトリックの側で、どんな印象が持たれていたか、そのための、ある意味では貴重な資料かも知れない。

おそらく、弁証法神学に熱中している人たちからは、このような批判に対して、「ナイン!」(違う!)といった応答があるのではないだろうか。

魂はいかにして救われるのか、その時、人の側には何か頼れるものがあるのか、そういった問題意識に弁証法神学の関心は特化していたのである。だから、その時に、いや、人間の側にも「能力」があるといったニュアンスの応答は、「自然神学!」として拒否されてのではないだろうか。

弁証法神学の、いやバルトの神学は、親鸞同様の絶対他力信仰である。しかし、トマス神学も、その意味では絶対他力であり、トマスを重視するカトリック信仰も、その意味では絶対他力なのである。

堕罪後の人間は、それでも善である。それが著者の言いたいことのようである。しかし、その善は、人間に安心を与えてくれる善ではない。「神の像」の善が、そこで語られていても、真の安心を得るために、「神の似姿」の善に目を向けるべきではないのか。それが弁証法神学者たちの言いたいことなのではないだろうか。

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2007年6月 4日 (月)

先生の面影

「人は先生を呼んで柏木の聖者といった。然し私は普通の語義に従う限り聖者という語は先生にふさわしくないと思う。神に酔う円満無碍な心境は決して先生のものではなかったであろう。先生は主我的な人である。私は先生ほど純粋に痛切に霊界を慕い求めた人を多く知らない」

「具体的に語れば、先生は一切の現世的栄誉を断念することを天国への欠くべからざる準備となし、此の世に於て輝くことを彼の世への道を暗くする所以と考えられた。
 もともと先生はいわゆる円満な高徳者ではない。主我の人である。激情の人である。私は先生を精神的英雄と、詩人的天才的英雄と、否、端的に詩人と呼びたい。然し、聖者と呼ぶにちゅうちょする所以なのである」

「先生を一個の勇敢なる内面的戦士として見ることは私の一私見たるに止まる。これに反して社会的戦士としての先生は一世の承認した事実に属する。人生はまことに戦いである。何人の生涯か戦にあらざるし生涯があろう。然しながら先生の生涯は言葉の遙かに狭い、遙かに深い意味に於て戦争そのものであったと言えると思う」

「先生は氷にあらざれば火、暗黒にあらざれば光明という性格であった。なまぬるい中途半端は断じて先生のものでなかった。烈しい光は単なる光と思われ易い、然しそれは強い影が消された所に成立する。光のみを見て影を見ざる人も、影のみを知って光を認め能わざる人も共にものの一面を捉えたに過ぎない。先生は強烈な光である為にその影も濃かった」

「何が見当違いだといって、先生の如き天才的詩人的宗教家に於て、円満なる性格を見出さんとするが如きはないであろう。一般に天才者を生むことは人類の冒険である。平穏安易な事柄ではない。尋常平凡な規準をもって天才者を批判せんとするのは一種の冒涜というべきであろう」

以上、『忘れえぬ人々』(天野貞祐著)から

先生とは内村鑑三のことである。彼は「サムライ・クリスチャン」以上の人物であったと思う。

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教会のかたち

「わたし自身の判断によれば、わたしは依然として『教会政治では監督制度が、聖書的であり、また使徒的である』と信じています。しかし、わたしはそれが聖書の中に絶対なものとして命令されているということを信じません」(『ウェスレーの神学』野呂芳男他訳)

監督制というのは英国教会の制度を指しているのだろう。そこでは使徒継承を主張している。それを「使徒的」といったのではないだろうか。ウェスレーの教会観は、高教会的であったと、読んだことがあった。そこではカトリック的教会観に近いのである。

しかし、それは聖書には語られていない。その信仰、二ケア信条が生まれたのは、のちのことである。それが後半の意味なのだろう。そして、この解釈の中から、メソジスト教会が誕生したのではないだろうか。だから、メソジスト教会も監督制なのだけれど、ウェスレーが考えていた監督制とは外形は似ていても、内実は違うものであったのではないだろうか。それは「使徒的」の意味の相違が両者の間にあるのではないだろうか、という意味である。

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サムライ・クリスチャン

そりやそうだ 武士はサムライ だけどなお
 ニュアンス違う 武士は偉いと

宗教学者の山折哲雄氏が、『文藝春秋SPECIAL』2007季刊夏号に「『善』と『悪』」という文章を寄稿されています。含蓄に富むものです。その中に、「サムライ・クリスチャン(内村鑑三)のいう無教会の無」という文がありました。

サムライという言葉に、あの「ギター・サムライ」を思いました。ニュアンスが少し違うと思いました。内村はサムライという言葉を使ったことがあるのだろうか。

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溶鉱炉

無の一字 日本文化の 溶鉱炉
 西洋文化 こなごなになる

『文藝春秋SPECIAL』2007季刊夏号に、宗教学者の山折哲雄氏が寄稿している「『善』と『悪』」に考えさせられました。日本文化における「無」の意味について書いておられます。

西田哲学の「絶対無」、無我・無心の無、無分別の無、無一物無尽蔵の無、東洋的無の無、無教会の無、小林秀雄の「無私の精神」の無、と、無の「分列行進」、無マンダラのようだと言っています。

そういえば、小津安二郎監督の墓にあるのは「無」の一字です。

山折氏は、そこで、「無宗教」と「無の宗教」の比較に誘われます。「無宗教」は軽い、否定的な言葉、しかし、「無の宗教」は、もっと重い、何かの主張を持った言葉と思います。

最後に、こう言われます。

「わが国における哲学的頭脳はたえずこの日本的風土から立ちのぼる宗教的感覚、すなわちの無宗教的感覚に脅かされつづけてきた。脅かされ、足元をくずされ、最後にそう湿った土壌のなかに埋没する不安から脱出することができなかったような気がするのである。
 無の感覚、である。無の感覚の恐るべき浸透力である」

この無の感覚をどう捉えるか、その回答なくして、日本の宗教に明日はないのではないでしょうか。その点、無教会は、その問題提起において、今でも多くの日本人の関心を集めているのだと思います。

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全的堕落

「人間はその自然的能力によっては全く神認識に到達し得ないという弁証法神学者の主張は、神が単に人間から絶対に超越しているという理由からくるばかりではなく、また人間は本質的に悪化されたものであるということにもよっているのである。かく人間の本性を絶対に悪とする考えは、宗教改革者就中カルヴィンから発している思想であって、弁証法神学の根本的思想の一つである。是に依ると人間の本性は堕落しているので、決して善ではあり得ない。啻に人間の個々の行動並びに意思の態度に罪があるばかりでなく、人間はその本質まで悪に汚染されて、人間性そのものまで悪であるとする」(『近代思想と基督教』ハインリヒ・デュモリン著、258頁)

しかし、現実はどうなのだろうか。そんなに悪だろうか。そうは思えない。信徒でなくとも善良な人は多いではないか。どう説明するのか。一般恩寵がある。

引用は、カルビン主義の全的堕落を指しているかも知れない。それは特別恩寵に関するもので、現実をそれだけで説明していないのである。また、説明できないのだと思う。それでも、一番大切なことは、特別恩寵を受けることであるが故に、そこに力点を置いているのだと思う。

著者はカトリックの立場から、反論している。

「カトリック者にとっては、弁証法神学と異なり、人間から神へ至る道が存在しているのである。被造物と神との間の唯一の関係は、決してゴーガルテンが、その著『信仰と啓示』の中で述べているような絶対的否定の関係ではない。神から創られた人間は、その最も内なる本質において、神に達することを意図されて作られたものなのである」(前同、261頁)

「人間はその自然的能力を以て神を求め神を見出すことができ、又かくすることを神は欲しているのである」(前同、262頁)

「人間の理性は確実に被造物から、或いはその運動と秩序から、創られた神を認識することができるのである」(前同、263頁)

「カトリックの教えの方からみて人間の自然的能力、就中人間の理性と自由意志は大いに尊重されるべきものである」(前同、264頁)

これらはすべて、著者は一般恩寵論を知らないということを印象づけるのではないだろうか。しかし、同時に、自然的能力で、人間にとって必要な神知識のすべてに到達できるというのがカトリックの教えということになると、それは問題ではないだろうか。そのような自然神学の神は、人を救ってはくれないと思う。自然神学は、神知識のある部分までは到達できる。しかし、それだけでは、人を救うのには十分ではない、と言うべきではないだろうか。その十分ではないという点に集中したのが宗教改革者であり、弁証法神学者であった、と理解すべきではないのだろうか。

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2007年6月 3日 (日)

宣教の幻

「今日世界には、ただ二つのグループがあるのみです。すなわち神のみまえにおける有罪の者と無罪の者、救われた者と失われている者、罪人と聖徒の二つのグループです。あなたもわたしも、どちらかのグループに属しています。あなたはクリスチャンであるか、そうでないかのどちらかです」
(『道は二つしかない』オズワルド・J・スミス)

戦後の日本にあって、外国人による福音宣教で一番の功労者はビリー・グラハムであったろう。オズワルド・J・スミスという名前は、グラハムほどの知名度はもっていないが、何冊かの本を読んで、宣教に対する情熱というか、迫力はグラハムにも劣らないと思った。そのいくつかの本の中に、全人類を二分する見方が述べられていて、びっくりした。

これは水の洗礼による線引きではなく、線引きは新生であるかも知れない。しかし、水の洗礼は、この新生に何らかのかたちで結び付けられているのだと思う。

言葉は余りにも率直という批評があるかも知れない。しかし、何事の起きなければ失敗と言っているのがスミスである。批評、反論など歓迎かも知れない。

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弁証法神学

「弁証法神学者が、凡べての自由主義的合理主義的体系に対して浴びせかける非難は同じであって、是等の体系は弁証法神学者の言葉をかりれば連続性体系である。而してこの連続性という言葉の中に弁証法神学者の19世紀に対する批判が総括されている」(『近代思想と基督教』ハインリヒ・デュモリン著、252頁)

おおざっぱに言えば、著者の言うようなのかも知れない。しかし、ブルンナーとバルトの論争もあったし、単純ではないとも思う。中でも、バルトが弁証法神学者の典型なのかも知れないが、あの論争では、ブルンナーの言い分にも共鳴できる点があったと思う。

著者は既に故人だが、カトリックの神父で、この本は弁証法神学批判の立場である。今から思えば、トマス的知性が欲しい。論争相手が、相手の欠点を指摘するのはいいけれど、相手の力点を評価する度量も欲しい。

人間の自然的能力は神の何かをつかむことができる(その部分での自然神学を是認する)。しかし、全部はつかめない(啓示の必要を認める)。理性は神の存在を知ることができる。しかし、啓示を自力で知ることはできない。

もっとも、神の存在を知るといっても、それは自然科学的な知り方ではない。そうであれば、神を否定する人はいなくなるだろう。事実が、そうではないといっている。

神の存在の証明という「証明」という言葉に躓いた覚えがある。しかし、それで救いの知識が分かったわけではない。救いの知識については、人間は理性では分からないのである。啓示が必要である。トマスは、そんなことを言っていた。

だから、トマスは対立的に互いを見ている両者を、対立を超えて見ることができるのである。

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2007年6月 2日 (土)

エラスムスの回心

「エラスムスの精神的発展の一特徴は、急激な危機を記録していないということである。あの多くの偉大な人たちが経験した苦しい内的なたたかいに陥った様子が見えない。文学的な問題に対する興味から宗教的な問題の興味へと移っていったいき方は、回心といった性質のものではない。エラスムスの生涯には、パウロのダマスコ途上の回心に比すべきものがない」(『エラスムス』J・ホイジンガ著)

回心があれば、やはり語らざるを得ないでしょう。そして、ルターも満足したかも知れません。その上で、自然と超自然の連続を語れば、宗教改革は別の展開をしたかも知れません。

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「アウグスチヌスはマニ教の影響で、「悪は実体である」と永年考えていて、この考えから脱却することが出来ず、苦しみました。プロティノスの「悪は実体ではなく、善の欠如である」という思想によって、この迷妄から脱することができました」

「「ミラノの庭園における回心」については、これが本当にキリスト教的神体験であるか、あるいは単に新プラトン的体験であるか(と言いますのは、この後しばらくしてアウグスチヌスが書いたいくつかの作品は、新プラトン主義的色彩が強いものですから)ということが昔から色々議論されております」

(以上、『聖アウグスチヌス「告白録」講義』高橋亘著)

アウグスチヌスの回心における新プラトン主義の影響への指摘はカトリックのカール・アダムにもあったように思う。悪とは何か。悪とは善の欠如といったおとなしいものではなくて、そこにサタンという実体による脅威を感じるべきではないか、という議論もあるのかも知れない。

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新生と聖化

「子供は瞬間的に、または少なくとも非常に短い間に女から生まれ、その後かれはだんだんと、ゆっくりと成長し、ついに大人になるのです。同様の仕方において、人は瞬間ではないにしても短い間に神から生まれるのです。しかし、かれが後にキリストの満ちみちた徳の高さにまで成長するのはゆっくりなのです。ですから、われわれの自然的な誕生と成長との間に存在すると同じ関係が、われわれの新生と聖化との間にも存在するのです」
(『ウェスレーの神学』野呂芳男他訳)

誕生した命は成長しなければならない。しかし、教会を離れる人も少なくない時、その成長の段階で何かが足りないのかも知れない。

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貧を愛す

富裕層 我に縁なき 衆生らよ
 金も心も 貧こそ幸と

「心の貧しい人々は、幸いである、/天の国はその人たちのものである」(新共同訳マタイ5・3)

「さて、イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。「貧しい人々は、幸いである、/神の国はあなたがたのものである」(新共同訳ルカ6・20)

貧は心の希求の激しさのことか、それとも金のないことか。しかし、その貧は貧困ではないと思う。必要なわずかのもので生きること、その中で神を、心に、生活に、第一とすること。その中に本当の豊かさがあるのだろう。

司馬遼太郎さんは、モンゴルは天に近いと言った。大相撲に二人の横綱が生まれた。いずれもモンゴルの人たちだ。モンゴルの豊かさに、日本人の目が向けば、と思う。物はなくとも、執着せず、大自然の中で、大自然と共に生きる彼らは、日本人の知らない豊かさを知っていると思う。

しかし、それにしても、ウェーバーの描く、禁欲的プロテスタントの人たちは、どうして富を求めたのだろうか。そして、富が救いの確証と、どうして思ったのだろうか。問いは、突きつけられている。

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ウェスレー回想

ジョン・ウェスレーは、あの回心の時に、信仰の一滴を心に感じたのだろう。

「生きた信仰の一粒は、史的智識の一封度よりも高価なるもので、愛の一滴は科学の大洋に優る」

そして、彼の宣教活動が始まった。それは信仰義認に立ったものであった。

「諸君が義とせられる前に、一層砕けたる心と、一層謙遜なる念ひと、罪の重荷を一層感じ、悲しまなければならないと考へる事は、取りも直さず諸君の砕けたる心、諸君の罪の悲み、諸君の謙遜を、少くともにその一部分を、諸君が義とせられる基礎とせられることであるが故に、それは諸君の義とさせられる障害となる、依てその障害は除かなければならない」

このような余りにも率直な語りかけは、世のクリスチャンの反感を買ったのだろう。

「神よ我をして、また真実に神を訪ね求める凡ての者をして、世にいわゆるクリスチャンの謹慎に称するところのものより救い出し給え」

彼の目には、世の変遷が見え、その無常が見えた。

「世は去り、世はまた来る。視よ、ちょうど木の葉が落ちるように、如何に地はその住民を落としつつあることよ」

その中で、彼は生活を宣教にささげ尽くしていった。

「金は私には溜らない。“Money never stays with me”若し溜まったら、それは私を焼き焦してしまうであろう。金が私の魂に食い入らないうちに、金が入ってくると早速投げ出すのである」

こうして、彼の宣教活動は世界的なものになり、「世界は我が教区なり」という有名に言葉が生まれたのだ。

「自分は全世界を我が教区と見て居る。“I Look upon all the world as my parish” 自分が斯く考える限り、世界何処に於ても、自分の居る処に於て、救の喜音を聴かんとする者に対して、自分が福音を宣伝するのは正しく、且つ重大なる義務なりと確信するものである」

では、彼は何を伝えたのか。彼の臨終の言葉が、それを示唆している。

「The best of all is,God is with us」

(引用は、すべて『ジョン・ウェスレー伝』田中亀之助著から)

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ジャーナリスト内村鑑三

娑婆っ気の 根っからあった 内村は
 娑婆っ気嫌う 無教会の祖

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引きこもり独白

引きこもり 無の宗教の 伝道者
 我を起こすな 至福の外へ

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2007年6月 1日 (金)

「悪は被造物の進展の弁証法的な一要素でありうる、しかし悪は一手段であるがゆえにのみ、悪の反対たる善の顕われることを可能ならしめる。それから地獄やその苦しみの観念はどうかといえば、悪を永劫化し、悪に対する人間の無力を表現せんために用いられえたに過ぎない」(『ベルジャーエフ著作集6 神と人間の実存的弁証法』)

天国とか地獄とかは、人間の死後、行くところとされているが、死後のことを知っている人はいないはずである。と言うことは、生きている人たちに対する何らかのメッセージなのかも知れない。そのメッセージ性を、著者は、後半で解釈しているのかも知れない。

今、ここで生きている人間が一番、大切である。地獄というのは天国があっての地獄である。天国がなければ地獄もない。しかし、生きている今、天国が現れたのである。だから、地獄もあるに違いない。そう解釈してもいいのではないだろうか。

聖霊経験というものは天国の前味なのだから。地獄の苦しみで魂を威嚇するのは、余りよいメッセージとは言えないかも知れない。

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