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2007年6月 6日 (水)

アウグスチヌスの二面性

「アウグスチヌスはプロテスタント側からは宗教改革思想の先駆者の一人と見られている。それは、ご自身の選びたもうた者を必ず救いたもう神の絶対主権による恵みの結果として、人間が原罪から救われるということを強調しているからである。しかし、人間がどういうふうに救われるかについての議論について、アウグスチヌスは 、見える制度としての教会と、その信条と礼典と伝道とをあまりにも強調しているので、ローマ教会はかれをローマ・カトリック主義の父と見ている。かれがこのように強調したのは、一方には、ペラギウス派の主張を、他方にはドナトゥス派の主張を破るためであったことを心に留めるべきであろう。聖書の部分を解釈するのに聖書全体の主張を考慮しなければならないというかれの主張は、教会にとって永久的価値のある権利となっている。
 これらの永久的功績があるにも拘らず、アウグスチヌスはキリスト教の思潮のなかへ、いくつかの過誤を持ち込んだ。かれは煉獄の教義と、それにともなうすべての害悪とを発展させるのに力があった。バプテスマと聖餐式との二礼典の価値を重んじたかれの見方の論理的な結果として、バプテスマによる更生と聖餐式による恵みとが強調された。
 アウグスチヌスのこうした強調のゆえに、キリスト教会にとってのかれの重要性を無視すべきではない。パウロとルターとの間において、教会には、アウグスチヌス以上に偉大な道徳上および精神上の人物はいないのである」
(『基督教全史』E.E.ケァンズ著)

アウグスチヌスの一面を強調してプロテスタントが、他の一面を強調してカトリックがあるのだとしたら、その両面を統合しているアウグスチヌスの人格の秘密中に、教会一致の運動は関心を持たざるを得ないのではないだろうか。

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コメント

アウグスチヌスのペラギウス論争の成果の中でプロテスタント教会が、またドナティスト論争の成果の中で、カトリック教会が形成されていったのではないだろうか。

プロテスタントのカトリック批判を読んでいると、時に、その原点にはアウグスチヌスの知られざる「功績」があるのではないかと思える。煉獄、礼典主義など、アウグスチヌスに遡及できるのだという。

ハルナックの『基督教の本質』(岩波文庫)には、「(アウグスチヌスは)同時に堅い教会信者であり、その上に有形的の教会の威厳と権力とを最も多く増進させ、その陣容を最もよく整へたのである」(255頁)とある。

ローマ・カトリック教会の形成に力があったというのである。しかし、彼が予定論の関連で言う「見えない教会」という考え方には、この教会を相対化する視点が含まれているのではないだろうか。

後世から見れば、アウグスチヌスはカトリックとプロテスタントの祖である。なぜ、それが可能であったのだろうか。ハルナックは『基督教の本質』で、「彼にとって如何にして此事が可能であったかは、私はここで詳述することができない」(255頁)というのだが、それは実に興味あるテーマであろうと思う。ただ、ハルナックは、アウグスチヌスにおいて「内的の矛盾がその際伴はれてゐたことは、明かである」(255頁)とだけ記す。

後世のキリスト教史は、その矛盾に耐えられなかったといえるのかも知れない。

ハルナックは、ここで、二つの事実を確かめておこうという。それは次のことである。

「第一に、有形的教会は内的なアウグスティン主義を根絶させることは出来なかったが、益々圧迫し、改変し変形させた。第二に、西欧の教会内で、常に繰り返して、新しい生命を燃やし敬虔を純化し深刻にした凡ての大人物は、直接または間接にアウグスティンから出発し、彼に於て自らを築き上げた」(255頁)

第二の人物の中には、ルターもカルビンもいたし、プロテスタント教会が、そこから生まれたのであった。

投稿: | 2007年6月 6日 (水) 19時17分

「興味深いのは、中世スコラ哲学もアウグスティヌスから学んでいたが、プロテスタントの神学者たちも同じ アウグスティヌスに依拠して宗教改革の信仰を養った点である。対抗宗教改革と呼ばれるカトリックの動き、その中心となったトゥリエント公会議におけるアウグスティヌスに対する評価は肯定と否定の間をさまよっている感じである」(講談社学術文庫『アウグスティヌス』宮谷宣史著、408頁)


「トゥリエント公会議におけるアウグスティヌスに対する評価は肯定と否定の間をさまよっている感じである」という部分が面白い。

投稿: | 2007年6月12日 (火) 19時25分

「十六世紀の宗教改革者たちは、後期の神学的著作からアウグスティヌスに近づいた」」(講談社学術文庫『アウグスティヌス』宮谷宣史著、407頁)という。アウグスティヌスがいなかったなら、宗教改革は起きなかったかも知れない。それくらい、ルターもカルビンも彼に信仰思想を負っている。

投稿: | 2007年6月12日 (火) 19時30分

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