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2007年6月 2日 (土)

貧を愛す

富裕層 我に縁なき 衆生らよ
 金も心も 貧こそ幸と

「心の貧しい人々は、幸いである、/天の国はその人たちのものである」(新共同訳マタイ5・3)

「さて、イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。「貧しい人々は、幸いである、/神の国はあなたがたのものである」(新共同訳ルカ6・20)

貧は心の希求の激しさのことか、それとも金のないことか。しかし、その貧は貧困ではないと思う。必要なわずかのもので生きること、その中で神を、心に、生活に、第一とすること。その中に本当の豊かさがあるのだろう。

司馬遼太郎さんは、モンゴルは天に近いと言った。大相撲に二人の横綱が生まれた。いずれもモンゴルの人たちだ。モンゴルの豊かさに、日本人の目が向けば、と思う。物はなくとも、執着せず、大自然の中で、大自然と共に生きる彼らは、日本人の知らない豊かさを知っていると思う。

しかし、それにしても、ウェーバーの描く、禁欲的プロテスタントの人たちは、どうして富を求めたのだろうか。そして、富が救いの確証と、どうして思ったのだろうか。問いは、突きつけられている。

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