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2007年6月13日 (水)

続・洗礼

アウグスティヌスは7歳から生まれ故郷のタガステの初級学校に通ったが、その時、一時、洗礼を志願したことがあったという。原因は胃痛のため。母は乗り気でなく、父は息子の将来を考えて反対。そのため、アウグスティヌスは受洗を思いなおしたが、胃痛がなくなると、受洗決意も忘れてしまったという。

講談社学術文庫『アウグスティヌス』(宮谷宣史著)には、こんなふうに書かれている。

「遊びにあけくれていたアウグスティヌスはある日、突然激しい胃の痛みに襲われた。死を恐れた彼は母に受洗を申し出た。しかし、モニカはあまり乗り気ではなかった。そのころのアフリカの社会では、洗礼はできるだけ延ばし、死の直前に受ける習慣があった。洗礼後に犯す罪を恐れたからである。四世紀ごろには、洗礼の意味がまだ十分理解されておらず、またのちのローマ。カトリック教会にみられる告解制度も十分に確立されていなかった。したがってモニカが子どもの受洗を望みながら、それを積極的にすすめなかったのも無理はない」(71頁)

なにか不思議な思いがする。洗礼の「効果」が、当時は強く意識されていたのかも知れない。

キリスト教迫害の終止符を打つことになったコンスタンティヌス大帝の、夢による「回心」は有名で、その示唆により闘いに勝利したということだが、彼の受洗は晩年だったということを、どこかで読んだ。

しかし、アウグスティヌスの場合、子どもの胃痛が受洗の理由ということに、母は躊躇したのではないだろうか。「それは信仰ではない!」と。しかし、別の説明がされている。「洗礼後に犯す罪を恐れたから」という記述には、洗礼によって、実際に原罪が洗い清められるという理解があるように思う。死の直前に、洗礼を受ければ、受洗後の罪の可能性はないのだから、安心できるという思いもあったのかも知れない。

ただ、著者は、当時は「洗礼の意味がまだ十分理解されておらず」と書いて、そのような理解への批判をにおわせているのは、「わさびが効いている」ような感じでもある。

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