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2007年6月22日 (金)

プロテスタント的見方

「プロテスタント的に考える場合には、ややもすれば歴史を逆に見て、ルッテルによってアウグスチヌスを解し、ルッテル・アウグスチヌスによってパウロを解し、そしてそのパウロの「聖書的」権威によって凡てを審こうとする誘惑にかかり易い。此の様な非歴史的な見方に従えば、オリゲネスの如きはエラスムスと同様の、福音の意味を解せざる一個の合理主義に過ぎなくなるであろう」(『オリゲネス研究』有賀鉄太郎著)

プロテスタント的見方というのは、その通りなのだと思う。著者は、「誘惑にかかり易い」と言うが、それは「凡てを審こう」という誘惑を意味しているのだろう。どこからが誘惑かは、分からない。改革派神学では、「誘惑」ではなく、「当然」という感じ方だろう。そんな路線の中では、著者の言うように、オリゲネスもエラスムスも傍系に見えてくる。関心が起きないのではないだろうか。

著者はプロテスタントなので、なぜ「誘惑」と見たのか、そう見せたものは何であるのか、それに興味がある。根本主義と少し距離をおきたい福音派の心情に近いものが、そこにあるのだろうか。

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