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2007年6月 2日 (土)

「アウグスチヌスはマニ教の影響で、「悪は実体である」と永年考えていて、この考えから脱却することが出来ず、苦しみました。プロティノスの「悪は実体ではなく、善の欠如である」という思想によって、この迷妄から脱することができました」

「「ミラノの庭園における回心」については、これが本当にキリスト教的神体験であるか、あるいは単に新プラトン的体験であるか(と言いますのは、この後しばらくしてアウグスチヌスが書いたいくつかの作品は、新プラトン主義的色彩が強いものですから)ということが昔から色々議論されております」

(以上、『聖アウグスチヌス「告白録」講義』高橋亘著)

アウグスチヌスの回心における新プラトン主義の影響への指摘はカトリックのカール・アダムにもあったように思う。悪とは何か。悪とは善の欠如といったおとなしいものではなくて、そこにサタンという実体による脅威を感じるべきではないか、という議論もあるのかも知れない。

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