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2007年6月15日 (金)

死後の註釈

「使徒的霊感はキリストによる彼御自身の事業の死後註釈である。十字架の真理を語ったのは使徒であった。イエス御自身はこれに就て、充全に語ることは出来ず、ただこれを行い給うことが出来るだけであった。自己の死に就てのキリストの思想は、行為に於てでなければ言表し得ないものであった」
(『神の痛みの神学』北森嘉蔵著)

死後註釈は事実であることを主張しようとしているのだろうか。事実であれば、万人が承認するであろう。そして、信仰は必要なくなるであろう。

主張しようとしていることは、事実ではなくて、真実ではないかと思う。だから信ずる人もいれば、信じない人もいる。真実は事実ではないからである。しかし、真実はウソではなく、ホントウという主張である。

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