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2007年6月29日 (金)

ブースの精神と活動

救世軍の創始者、ウィリアム・ブースという人物は、最初はメソジスト教会の巡回伝道者であった。その活動が盛んになり、メソジスト教会から離れ、別の団体をつくることになった。それが救世軍である。ブースの活動を見た時、彼は、単なる巡回伝道者というより、リバイバリストとしての面が強いように思う。

『ウィリアム・ブース伝』(山室軍平著)の伝えるブース像が、今でも一番、感銘深いのではないだろうか。

その精神の一端を見ると--。

「救霊の大熱は、私の血液の中に煮返り、今も尚私の血管中に沸騰して居る」

「私共の叫声はどこ迄も「霊魂! 霊魂! 霊魂!」ということである」

伝道活動の内容を「救霊」という。要するに、「新生」への招きへの執拗さなのである。

かつて、故長谷川中将の夫人の伝道説教が麻布小隊で行われた時、会館入り口で、小柄な女性士官に、一度聞くようにと、執拗に食い下がられた覚えがある。

亡くなられた某日本司令官の伝道説教で、恵みの座への招きが繰り返し繰り返し行われ、いつ終わるかと思ったこともある。

このような救霊への執拗な姿勢は救世軍が一番強いのではないだろうか。

ブースは、このような団体を組織するに当って、ウェスレーから学んだのであろう。救われた人々を、救いの活動のために組織化すること、である。

「ウェスレーは、ホイットフィールドの如き雄弁と、磁石力と、又熱血とを有せず、寧ろ平淡なる人物であった。しかし乍ら彼は、少く共一個の大なる長所を有って居った。即ち彼は団体の必要を認めて居ったのである。ウェスレーは一時、人心に感動を与ふることを以て足れりとせず、一人の回心者を得れば、直ちに之を新兵として編入して居った。彼は自ら其の指導者としての責任を感じ、治者たる職権を行うことを、憚らなかったのである」

救いに体験があれば、次の瞬間から伝道者なのである。

「彼は救われると直に、他人を救う為に働かんことを熱望した」

「思うに救われた者が、進んで人を救うべきことは、救主基督の要求にして、亦神の御命令である」

そして、この活動は、全生活に及んでいるのである。

「活ける神を知り得たるを、私共の生活、談話、献身の上に証拠せよ」

しかし、ただ意欲だけではなくて、冷静に計画的であることを求める一面もあった。

「彼の名著「軍令及び軍律、戦場士官の巻」に、凡て救世軍士官たる者は機会のある時、地理学を学び、又世界各国の国情と、之に救を伝播する上に関係ありと覚しき特種の事情とを研究すべしと、申し進めた条がある。ブース大将は宗教家に、地理学の必要を認める人である。疑もなく、自ら亦、折々は世界の地図を眺めて、「御国の来らんことを」と、祈祷して居るに相違ない」

時には反対も起きる。

「私共は世の反対を恐れてはならぬ。反対のないことは、即ち今日の基督教会の最も悪しき徴候である」

ここには、「今日の基督教会」という言葉もあるが、ブースの時にもあったのかも知れない。そして、今の日本でも、その通りではないだろうか。

「凡て困難、失望、迫害の矢面に立ちつつ、よく其の神と人とに対する職分を一貫する者は、是即ち殉教者の精神を有するものである」

「若し義しいことを行うて、生きて暮が立てられずば、死んでも宜しい」

やはり、覚悟が違う。

「ブース大将に取っては、此の世の中は一個の活戦場である。而して人生は、又不断の戦争、奮闘である」

彼は失敗を恐れるな、とも言う。

「失敗とか、無論私共は失敗する。此の世の中に、誰か失敗の経験を有せざる者があろう。殊に正義を拡め、世を益する奉仕をなさんと欲する者に於ては、幾度となく、失敗の苦き経験を積むべき筈のものである。私は日々に失敗して居る」

「失敗とか、然り、誰か失敗を免かるることを得る者があろう。唯彼の懶惰にして為す所なき者にみ、失敗の経験を有せぬものである。さり乍ら斯る人々は、軈て此の世の旅路を終え、神の御前に出ずる時、其の生涯が即ち、一個の大失敗であったことを、悔む時があるに相違ない」

最後、力の秘訣をこう語っている。

「私共が世に対して有する力は、全く私共がどれ程、神を握り居るかということによって決する」

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